本気の恋は占術不能
同じ会社の社員だというのに、海堂を知ったのは彼が本社総務部にやってきた四月のことだった。きちんと上げられた前髪、役席らしいブランドのスーツ、知的な切れ長の目、高い鼻梁。はっきり言って見た目はどストライクだ。その彼に、スペックを鼻に掛けることなく挨拶をされれば神崎などいちころだった。彼は上司だ。職場に余計な感情を持ち込むのはよくない。好きにならないように気をつけよう。それでも初めはそう思っていたのだ。
そんな自制も利かなくなるのにひと月も掛からなかった。部下の細かな作業までよく見ている彼に、神崎のサービス業務の一つを知られてしまったのだ。
元々誰かに頼まれた訳でもないが、なんとなく神崎が担当することになっていた週一の業務だった。郵便サービスの一つで、厚紙で作られた専用封筒で全国一律料金で書類や小物のやりとりができるものがある。土日祝日も配達することを売りにしているサービスだが、逆に言えば土日祝日が休日の会社は、週明け大量に郵便受けに押し込まれることになる。それを早朝に抜いておかないと、あとから配達に来る配達員が困ってしまう。という訳で、週明けだけ神崎が早く来て、一階の郵便受けに入っている配達物を抜いておく。それを抱えて六階の総務部に出勤して、手早く各部署に仕分けをしてしまうという作業を引き受けていた。早朝出勤手当が出る訳でもないが、週に一度の三十分の業務くらい目くじらを立てることでもない。神崎が本社総務部にいるうちは神崎がやればいいと思っていたのだ。それを海堂に見つかってしまった。
「あれ、神崎さん、何をしているの?」
声を掛けられたのは、ぎゅうぎゅうに押し込まれた配達物を抜くのに苦労していたときだった。まさか彼が現れるとは思わないから驚いた。課長ともあろう男が社の郵便受けがある裏口から出勤していることがそもそも意外なのだ。
「……おはようございます、海堂さん。えっと土日の分の配達物が押し込まれているので、週明けだけ朝一で抜いておくんです」
驚いたが別に悪いことをしている訳ではないので素直に答える。
「海堂さん、正面エントランスから出勤しないんですね」
その日もきちんと手入れの行き届いたスーツ姿の彼が眩しい。全部署分の配達物を郵便受けから抜くのも一苦労で、出勤後数分でジャケットを乱している神崎とは大違いだ。
「うん。こっちの入り口に中央監視室があるから、警備員さんと挨拶をして入ってくるんだよ。あ、半分持つよ」
言いながら、神崎の腕から半分よりずっと多くの配達物を奪った彼に、きゅんとしてしまった。そんな言葉が似合う年齢でも柄でもないが、とにかく『きゅん』がしっくりくる感覚だった。雑談の流れで聞いた彼との身長差は十五センチ。その彼が、いいスーツに頓着することなく朝の雑用を手伝ってくれる。それが素直に嬉しくて、彼が素敵だと思ってしまった。
「この荷物運びは毎週神崎さんが早く来てやっているの?」
エレベーターまで歩く間に神崎を気遣ってくれる。
「はい。いつのまにか俺がやるようになっていて」
「交代制にはしないの?」
一瞬、リーダーのくせに仕事の割り振りができていないことを責められたのかと思った。だが顔を見ればそこに優しく労るような表情があって、ああ、心配してくれているのだと分かった。人に大事に気遣われて嬉しくない人間はいない。
「俺、通勤が便利なところに住んでいるし、家族もいないから、別に朝早く来るのは苦じゃないんです」
ただの事実だから自虐に聞こえないように言った。自宅マンションは四路線五駅使えるという便利な場所にあるし、ついでに家族どころか早朝出勤を引き止めてくれるような恋人もいない。
「そっか。うーん、でもプライベートがどうあれ、社員一人に仕事を押しつけていい理由にはならないからね」
まだ朝早くて誰も並んでいないエレベーターで、彼が器用に一瞬片手に荷物を預けてエレベーターのボタンを押してくれる。彼の方が重いのに、「どうぞ」と促されて、そのそつのなさに最早心は恋愛マンガのヒロインモードだった。いや、恋愛マンガなんて読んでいないが、そんな気がしたのだから仕方がない。
そんな自制も利かなくなるのにひと月も掛からなかった。部下の細かな作業までよく見ている彼に、神崎のサービス業務の一つを知られてしまったのだ。
元々誰かに頼まれた訳でもないが、なんとなく神崎が担当することになっていた週一の業務だった。郵便サービスの一つで、厚紙で作られた専用封筒で全国一律料金で書類や小物のやりとりができるものがある。土日祝日も配達することを売りにしているサービスだが、逆に言えば土日祝日が休日の会社は、週明け大量に郵便受けに押し込まれることになる。それを早朝に抜いておかないと、あとから配達に来る配達員が困ってしまう。という訳で、週明けだけ神崎が早く来て、一階の郵便受けに入っている配達物を抜いておく。それを抱えて六階の総務部に出勤して、手早く各部署に仕分けをしてしまうという作業を引き受けていた。早朝出勤手当が出る訳でもないが、週に一度の三十分の業務くらい目くじらを立てることでもない。神崎が本社総務部にいるうちは神崎がやればいいと思っていたのだ。それを海堂に見つかってしまった。
「あれ、神崎さん、何をしているの?」
声を掛けられたのは、ぎゅうぎゅうに押し込まれた配達物を抜くのに苦労していたときだった。まさか彼が現れるとは思わないから驚いた。課長ともあろう男が社の郵便受けがある裏口から出勤していることがそもそも意外なのだ。
「……おはようございます、海堂さん。えっと土日の分の配達物が押し込まれているので、週明けだけ朝一で抜いておくんです」
驚いたが別に悪いことをしている訳ではないので素直に答える。
「海堂さん、正面エントランスから出勤しないんですね」
その日もきちんと手入れの行き届いたスーツ姿の彼が眩しい。全部署分の配達物を郵便受けから抜くのも一苦労で、出勤後数分でジャケットを乱している神崎とは大違いだ。
「うん。こっちの入り口に中央監視室があるから、警備員さんと挨拶をして入ってくるんだよ。あ、半分持つよ」
言いながら、神崎の腕から半分よりずっと多くの配達物を奪った彼に、きゅんとしてしまった。そんな言葉が似合う年齢でも柄でもないが、とにかく『きゅん』がしっくりくる感覚だった。雑談の流れで聞いた彼との身長差は十五センチ。その彼が、いいスーツに頓着することなく朝の雑用を手伝ってくれる。それが素直に嬉しくて、彼が素敵だと思ってしまった。
「この荷物運びは毎週神崎さんが早く来てやっているの?」
エレベーターまで歩く間に神崎を気遣ってくれる。
「はい。いつのまにか俺がやるようになっていて」
「交代制にはしないの?」
一瞬、リーダーのくせに仕事の割り振りができていないことを責められたのかと思った。だが顔を見ればそこに優しく労るような表情があって、ああ、心配してくれているのだと分かった。人に大事に気遣われて嬉しくない人間はいない。
「俺、通勤が便利なところに住んでいるし、家族もいないから、別に朝早く来るのは苦じゃないんです」
ただの事実だから自虐に聞こえないように言った。自宅マンションは四路線五駅使えるという便利な場所にあるし、ついでに家族どころか早朝出勤を引き止めてくれるような恋人もいない。
「そっか。うーん、でもプライベートがどうあれ、社員一人に仕事を押しつけていい理由にはならないからね」
まだ朝早くて誰も並んでいないエレベーターで、彼が器用に一瞬片手に荷物を預けてエレベーターのボタンを押してくれる。彼の方が重いのに、「どうぞ」と促されて、そのそつのなさに最早心は恋愛マンガのヒロインモードだった。いや、恋愛マンガなんて読んでいないが、そんな気がしたのだから仕方がない。