本気の恋は占術不能
「いえ。止めてもらって感謝します」
「……七階まで運ぼうか」
「それしかないですね」
という訳で、二人で荷解きをして運ぶことになった。神崎が三往復で端川が二往復。エレベーターが使える時間だったとことが幸いだが、それでも気力体力をゼロにするには充分な作業だ。
「段ボールの片付けは明日にしよう」
「ですね。ちょっと疲れました」
そんなこんなで漸く退社することができた。疲れたが社会人ならこんな日もあるだろう。怒ることでもない。そう思っていたのに、この椅子が翌日もトラブルを生んでしまう。
翌日、端川と共に十箱分の段ボールを廃棄スペースに運んだあとだった。役員の一人が総務部に礼を言いに来た。相手はもちろん商品を選んだ藤原だ。
「新しい椅子をありがとう。座り心地がとてもいいよ。藤原さんがコストも抑えて選んでくれたんだろう? 流石だね」
よくある労いの言葉だが、今日はどこか遠くでやってくれとヒヤヒヤする。昨日サービス残業をする羽目になった端川を不機嫌にさせるには充分な台詞だ。
『端川さん、昨日はどうも。派遣さんたちに送付票の件でお礼を言われたから、ご飯でも奢るよ』
神崎の席からは端川と藤原の後ろ姿が見える。藤原に不満げな視線を送る彼女に気づいて先手を打った。
『本当は俺が全部運ぶと言えたら格好よかったんだけど、体力がなくてごめん。よければまた占いもするよ』
こんなときはピエロにでもなんでもなればいい。藤原のためではない。神崎は以前いた部署で人間関係の難しさを嫌というほど学んできたのだ。
『ありがとうございます。大丈夫。これくらいの理不尽で怒ったりしませんよ』
勘のいい彼女は、すぐに神崎のメールの意図を理解してくれた。
『でも昨日の報告も文書で上げているんですから、藤原さんから私たちに謝罪があってもいいですよね。朝一言ありがとうと言って済ますなんて。今だって役席の言葉を伝えに来てくれたっていいじゃないですか』
藤原はその辺りに重きを置かない。悪気はないのだが、彼自身褒められることに関心がないから、部下も同じでいいと思っているのだ。本当はこんなときは、大袈裟なくらい謝礼や謝罪をした方がいい。そうすれば相手だって「気にしないでください」と返せるのだ。
『ちょっと分かりにくいけど、感謝はしているし、ちゃんと俺らの仕事は認めているよ』
『だといいですけど』
端川からやれやれと笑う顔文字が返ってきて、ほっと安堵の息を吐く。落ち着いてくれてよかった。さて、ごみ捨てで遅れた分、本来の仕事に集中しよう。そうパソコン画面を切り替えたところで、後ろからすっと正方形の付箋が差し出される。
『ありがとう。助かった』
「……!」
ハッとして振り向けば、にっこり笑った海堂が、唇に人差し指を当てて執務室を出ていくところだった。他部署との打ち合わせで忙しく動き回っているのに、神崎に手書きの言葉をくれた。それより、神崎と端川の苦労を知っていてくれた。こんな一言で人は救われる。
「……宝物にしてやろうか」
小さく呟いて付箋を剥がして、そこで裏側にも文字が書かれていることに気がつく。
『今度二人で出掛けない? 連絡を待っています』
言葉の下に彼のプライベートの連絡先。
「海堂さんのライン……」
水色の付箋を見つめながら、自分は夢でも見ているのだろうかと思った。
「……七階まで運ぼうか」
「それしかないですね」
という訳で、二人で荷解きをして運ぶことになった。神崎が三往復で端川が二往復。エレベーターが使える時間だったとことが幸いだが、それでも気力体力をゼロにするには充分な作業だ。
「段ボールの片付けは明日にしよう」
「ですね。ちょっと疲れました」
そんなこんなで漸く退社することができた。疲れたが社会人ならこんな日もあるだろう。怒ることでもない。そう思っていたのに、この椅子が翌日もトラブルを生んでしまう。
翌日、端川と共に十箱分の段ボールを廃棄スペースに運んだあとだった。役員の一人が総務部に礼を言いに来た。相手はもちろん商品を選んだ藤原だ。
「新しい椅子をありがとう。座り心地がとてもいいよ。藤原さんがコストも抑えて選んでくれたんだろう? 流石だね」
よくある労いの言葉だが、今日はどこか遠くでやってくれとヒヤヒヤする。昨日サービス残業をする羽目になった端川を不機嫌にさせるには充分な台詞だ。
『端川さん、昨日はどうも。派遣さんたちに送付票の件でお礼を言われたから、ご飯でも奢るよ』
神崎の席からは端川と藤原の後ろ姿が見える。藤原に不満げな視線を送る彼女に気づいて先手を打った。
『本当は俺が全部運ぶと言えたら格好よかったんだけど、体力がなくてごめん。よければまた占いもするよ』
こんなときはピエロにでもなんでもなればいい。藤原のためではない。神崎は以前いた部署で人間関係の難しさを嫌というほど学んできたのだ。
『ありがとうございます。大丈夫。これくらいの理不尽で怒ったりしませんよ』
勘のいい彼女は、すぐに神崎のメールの意図を理解してくれた。
『でも昨日の報告も文書で上げているんですから、藤原さんから私たちに謝罪があってもいいですよね。朝一言ありがとうと言って済ますなんて。今だって役席の言葉を伝えに来てくれたっていいじゃないですか』
藤原はその辺りに重きを置かない。悪気はないのだが、彼自身褒められることに関心がないから、部下も同じでいいと思っているのだ。本当はこんなときは、大袈裟なくらい謝礼や謝罪をした方がいい。そうすれば相手だって「気にしないでください」と返せるのだ。
『ちょっと分かりにくいけど、感謝はしているし、ちゃんと俺らの仕事は認めているよ』
『だといいですけど』
端川からやれやれと笑う顔文字が返ってきて、ほっと安堵の息を吐く。落ち着いてくれてよかった。さて、ごみ捨てで遅れた分、本来の仕事に集中しよう。そうパソコン画面を切り替えたところで、後ろからすっと正方形の付箋が差し出される。
『ありがとう。助かった』
「……!」
ハッとして振り向けば、にっこり笑った海堂が、唇に人差し指を当てて執務室を出ていくところだった。他部署との打ち合わせで忙しく動き回っているのに、神崎に手書きの言葉をくれた。それより、神崎と端川の苦労を知っていてくれた。こんな一言で人は救われる。
「……宝物にしてやろうか」
小さく呟いて付箋を剥がして、そこで裏側にも文字が書かれていることに気がつく。
『今度二人で出掛けない? 連絡を待っています』
言葉の下に彼のプライベートの連絡先。
「海堂さんのライン……」
水色の付箋を見つめながら、自分は夢でも見ているのだろうかと思った。