本気の恋は占術不能

 とにかく任された仕事に集中しよう。そうパソコンに向かったところで、備品の仕事を担当する端川はしかわに声を掛けられた。外線を保留にしているらしい。
「今日来る予定の椅子、四時には届く予定で、藤原さんに納品チェックを頼まれていたんだけど、運送会社が六時過ぎじゃないと来られないって」
「六時?」
 この職場の定時は五時十分だ。どうやら渋滞などではなくそもそものスケジュールが甘かったようだが、今それを責めても仕方がない。
「分かった。じゃあ、できるだけ早く来てくれればいいと伝えて。ビル前に着いたら一本電話を入れてもらって、予定通り七階まで運んでもらいますって」
「分かりました」
 今日の役席研修中に荷解きまでして、明日の朝一で新しい椅子に座りたいという希望なのだ。役席の希望に応えられなければ今後の総務の立場が悪くなる。藤原のコストと商品を見る目は確かでも、販売元と提携している運送会社の仕事ぶりまでは確認できなかったということだ。
「俺が待っておくから、予定があるなら帰っても大丈夫だよ」
 多くの社員が定時で帰ってしまったあと、コピー用紙の補充をしながら待つ端川に言った。端川は結婚出産で一度退職したが、子どもの手が離れてもう一度入社した女性だ。再入社だから契約社員でいいと言っていたのに、能力が認められて会社側から正社員復帰を打診された実力者だ。サバサバとした性格で、年下のリーダーの神崎のことも上手く立ててくれる。例によって占いをするうちに仲よくなった。
「それはこっちの台詞ですよ。備品係でもないのに残業させてしまって。納品チェックだけですから、予定があるなら神崎さんこそ帰ってください」
「うん。ごめん。予定がないんだ。それになんだか嫌な予感がするから荷物が来るまで待っている」
 事実を言っただけなのに、神崎が冗談を言ったと思ったらしい端川がふふと笑う。
「こんなときこそ宅配便の送付票を切り離そうか」
「神崎さん、よくそんな細かい仕事まで把握していますね」
「嬉しい。端川さんに褒められた」
 そんなことを言いながら送付票の束を持ってくる。総務部からパンフレットを発送することがあって、送付票は送り主の欄に会社の住所が印字されたものを依頼している。それが十枚綴りの束でやってくるので、すぐに使えるように切り離しておくのだ。地味に時間が掛かるので、こんなときにはうってつけだ。
「こういうのって、名もなき家事ならぬ名もなき作業っていうんでしょうね。みんな発送物があるとき何気なく籠から送付票を取っていくけど、裏でこうして切り離している人がいるって、知らない人もいるんでしょうね」
「うん。配送会社から切り離されたものが支給されると思っているだろうね。まぁ、でも俺は嫌いじゃないよ、これ。頭を使わなくてもできるし、ミスのしようがないから」
 本音を告げれば、近くの席に移動していた彼女がふっと笑う。
「神崎さんっていい人ですよね。多分いい旦那さんになる」
 ありがたい言葉だが、諸事情から神崎が誰かの旦那になる可能性はゼロだ。
「もしかして端川さん、俺に惚れた?」
 だから軽口で返しておく。
「あら、今更気づいたんですか?」
「気持ちは嬉しいけど、旦那さんがいる人とは付き合えないんだ」
「それは小心者ですね」
 そんな、なんとも思っていない同士だからできるやりとりをしながら、端川と二百枚の送付票を切り離した。そこから更に三十分待ったところで漸く運送業者が到着する。予定より遅い。そして神崎の嫌な予感は的中する。
 二人いた作業員はビルの前で電話するという約束を忘れたあげく、役員室の七階ではなく総務部のある六階に荷物を運んできた。荷解きまでして段ボールや緩衝材を持ち帰るという約束もあっさり反故にされてしまう。
「せめて七階に運んでくれませんか?」
「いやー、俺らも次の予定があるんで。悪いんですけど納品の判子くれませんか?」
「ちょっと、何その態度……」
「端川さん」
 声を上げそうになる彼女を止めて、彼らの希望通り印鑑を押してやった。このご時世、些細な争いがどうネットに書かれるか分からない。それに言い争ったところで、多分この二人はこれ以上の仕事をしないと諦めたのだ。だが念のため、彼らの名札はしっかり確認している。
「ごめん。格好よく彼らを従わせられる威厳があったらよかったんだけど」
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