本気の恋は占術不能

 本社総務部への異動を告げられたとき、ショックで泣き出した社員がいるという。本社勤務に喜ぶよりも、支店で実績を積み上げてきた自分が、何故生産性のない総務部に行かなければならないのだという気持ちが勝るらしい。
 そんな訳で特に男性社員から嫌われている
貴山金属
たかやまきんぞく
(株)総務部員だが、神崎かんざきはそこでの日々が気に入っていた。三年から五年で異動のルールだが、人気のない部署だから特例で定年まで働かせてくれないだろうかと、割と本気で思っている。
「研修会の連絡終わりました。繋がらなかった店舗は午後にまた電話します」
「ありがとう。ごめんね、任せてしまって」
 広い窓を背に配置されたデスクに報告に行けば、課長の海堂かいどうがにっこり笑って労ってくれた。海堂立真かいどうたつま。四月に総務部にやってきたばかりで、本社最年少で課長になった切れ者だ。きっちり上げられた前髪の下の切れ長の目。高い鼻梁。一八〇近い長身にすらりとした身体つき。擦れ違った人が思わず振り向いてしまうような容姿だが、課長に抜擢されたのは決して見た目の力ではないと、就任四ヵ月でみな認めている。神崎も彼を慕う部下の一人で、ついでに密かに恋していたりする。成就する可能性はゼロだから、墓場まで持っていくつもりの気持ちなのだが。
「美容部門は相変わらず忙しそうだね」
「はい。ざっと各支店の予約状況表を見てから午後の連絡を入れます」
 貴山金属(株)は元は貴金属品の製造販売会社だったが、不況の煽りで一時倒産寸前まで追い込まれた。そのときダメ元で売り出した純金美容ローラーがヒットして持ち直し、商売の方向転換をしたのだ。美容ローラーの姉妹品で売り上げを伸ばして、その勢いのまま美容グッズ販売とエステ店経営に乗り出した。今は暗黒期に耐えた貴金属部門五支店と、美容部門二十支店を展開。美容部門はショップやエステスペースを備えて、二階に事務所を持たせて自由に企画営業できるようにしている。支店間の売り上げ競争も当然ある訳で、そんな刺激的な場にいた人間が総務に来たくないと思う気持ちも分からないではない。
「繋がらなかった店舗のリストを預かるよ。折電が入れば対応しておくし」
「ではお言葉に甘えて。事前メールは済んでいますので」
 その日急遽引き受けることになったのは、美容部門のスタッフ研修会の電話連絡だった。チーフクラスが集まることになっていて、日程調整をして漸く日時が決まったのだ。手配も連絡も本社総務部の仕事。多忙な支店はメールを見逃すことが多いから、うっかりVIPの予約を入れたりする前に電話連絡しておく必要があるのだ。
「仕事が早いね。急なお休みが出ても神崎さんがいれば安心」
「光栄です」
「ふふ。神崎さんの言葉遣い好きだな」
 では恋人になりましょうか? という返しは冗談が過ぎるから自重する。今日は元々この仕事の担当だった主任の藤原ふじわらが、体調不良で午前休を取ることになった。藤原とは仲がいいから、彼にとっても他の社員より神崎が仕事を引き受ける方が気楽でよかっただろう。総務ももう三年目だから、これくらいのイレギュラーはどうってことない。
「いい時間。じゃあ、神崎さんはお昼に行ってきて」
「はい。ではお先に」
「ごゆっくり」
 海堂に見送られて、一度デスクに戻って片付けをしてから執務室の出口に向かう。そこで出勤してきた藤原と出会でくわした。
「あ、おはよう。体調どう?」
「うん。もう平気。柔な身体で嫌になる」
 うんざりという調子で言って、それから「午前休、すみませんでした」と執務室全体に言ってデスクに着いてしまう。座った一分後には業務を始めている。喘息というハンデはあるが、藤原はそんなものに引き摺られない実力者なのだ。仕事の準備に無駄な時間を掛けたりしない。
「あ、藤原さんだ」
 離れた席の派遣社員が声を上げる。欠勤だと思っていた彼が現れて嬉しいのだろう。猫目に色素の薄いグレー系の瞳と髪。仕事ができるだけでなく、藤原は人目を引くほど綺麗な男なのだ。彼が現れただけで、オフィスに一輪花が咲いたようになる。
「こらこら、礼儀がなってないね。課長の僕に挨拶はなし?」
1/64ページ
スキ