冷徹秘書のムーンストーン

 ショーのあとのインタビューをドタキャンしたことはたいした問題にならなかった。翌日、出演していた女優の婚約発表があって、世間の関心はすっかりそちらに向いてしまったのだ。『合田巧、取材ドタキャン。ショーに登場するも重病説』。そんな報道を恐れた堀内の下手な買収はすぐに敬助の知るところとなって、定期預金を解約して買収相手に払っていたお金も戻ってきた。
「真面目な人間が慣れないことをするものじゃない」
 そう笑って叱られてしまったから、今後は一人で思い詰めるのはやめようと思う。
「巧さん」
 クリニックから出てきた彼に手を振れば、駐車位置を変えた車に彼がすぐに戻ってくる。想いを通わせたあの日から合田はまた少し回復して、メンタルクリニック通いも月に一度でよくなった。以前は薬の説明や会計は堀内が引き受けていたが、それも彼に任せられるようになった。病院に行きたくないと言わなくなったし、禁酒や薬の指示も守るようになった。ということで堀内の仕事は送り迎えだけになったのだ。
「悪いな、土曜なのに」
 そんな気遣いを見せられるのが新鮮で擽ったい。
「これは仕事じゃありませんよ。デートのつもりで来ていますから」
 車を発進させながら言えば、ミラー越しの彼も満足げに目を細める。
「じゃあ、飯でも行こう。その前にうちのショップを見てくるか」
「巧さんの作品なら昨日売れてしまいましたよ。俺の方が情報が早いんですから」
「そうなのか?」
 合田は副社長として働く傍らアクセサリーの制作にも戻って、漸く高価な金属や宝石を扱えるまでに回復した。以前より制作時間は掛かるが、敬助のお許しも出て、出来上がったものを会社が経営するショップで売ることもできるようになった。今はセレクトショップの販売のみだが、彼がデザインしたものが量産されて、一般の宝飾店に出回る日もそう遠くないのではないかと思っている。
「もう少し勘を取り戻したら、瑛にも何か作ろうか?」
 いくつも作るといった言葉が現実になって、秘書としてこれほど嬉しいことはない。だが堀内が新しいものをねだることはない。
「お気持ちだけいただきます。俺にはこれがありますから」
 信号待ちで胸元から慣れたムーンストーンを取り出してみせる。陽の光に照らされて、青白く輝く石が好きだ。妖しげで、その時々で輝きを変える不思議な石。けれどどんな宝石よりも堀内の心を奪う。
「大事にします。生涯ずっと」
「俺の台詞だ」
 そう言って短くキスをくれる彼が堪らなく好きだと思う。肌身離さずつけているムーンストーンと同じだけ傍にいよう。そう心に決めて、恋人の休日のためにアクセルを踏み込むのだった。


✽end✽

→あとがき
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