冷徹秘書のムーンストーン

 最後に本音を見せてくれたことが救いだった。もう一度タクシーに乗って合田の部屋へと向かう。彼はまだ本調子ではないから、長時間多くの人間の中にいるのは難しい。分かっていて無理をさせてしまった。これからはもう焦る必要はない。どれほど時間が掛かろうと彼の復帰を見守っていく。彼の気持ちがどうであれ、もう堀内の気持ちが惑うことはない。
 途中渋滞に嵌って、思った以上に時間が掛かった。心を決めてきたのにインターフォンを押す勇気がなくて、エントランスを勝手に解錠して入ってしまう。部屋の前のチャイムを鳴らせば、すぐに彼が出てきてくれた。そこで彼が手にしているものに驚かされる。
「それ……」
「高井という男が置いていった」
 さっき彼に返したばかりの時計だった。
「『一年は好きでい続けます。その間に苦しめるようなことがあれば、強引にでも僕のところに連れ戻します』ってな」
 堀内がタクシーで渋滞に嵌っている間に、他のルートで先回りしたのだと分かった。彼の行動力に驚く。堀内が思っていた以上に、彼は自分を変えるための努力をしていた。そんな彼に負けられないと思う。
「ダイヤは輝きが安定していて硬度も高いって勉強しました。でも俺はどうしてもこれが手放せない」
 言って胸ポケットからムーンストーンを取り出して、そこで鎖が切れてしまったことを思い出す。
「すみません。大事にしていたつもりだったんですけど壊してしまって」
 思わず握り込んでしまえば、そこに合田の手が触れた。
「来て」
 堀内の手ごと掴んで制作部屋に連れていく。
「これくらいすぐ直せる」
 躊躇いもなく鎖に触れた彼がヤットコを手にする。
「待って、巧さん。それはプラチナ」
「平気」
 振り向いて笑う表情がまた堀内の心を鷲掴みにする。意思の強そうな瞳が、細められたとき堪らなく魅力的になる。ショー用に上げられた髪が少し崩れて男の色気を醸し出す。そんな彼が真摯に金属に向かう。素人には挟むことしかできないように見えるヤットコを、繊細な力加減で操り金属の形を変えてしまう。
「ほら、直った」
 修復されたネックレスを差し出されて、安堵で握りしめずにいられなかった。装飾品に意味はないと思ってきた堀内が、初めて身につけていたいと思った宝物。硬度が低くても輝きが不安定でも、この青白く光る石に魅了される。
「あの夜、女神が去ったあといきなり作れなくなった」
 彼の傍に膝をついたタイミングで、堀内の顔を見ないまま彼が言った。別荘で過ごした夜のことだ。
「これから沢山作ると言ったくせに、プラチナにも純金にも触れられない自分に戻って、こんなんじゃもう女神に会えないって思った。それなのに翌朝瑛が現れて、どうしようもなくて酷い態度を取った」
 ああ、そういうことかと思った。堀内に自分の病気と脆さを見せたくなかった。それで悩ませてしまっていたとしたら、悪いことをしたと思う。
「こっちに戻ると決めたのも空調のせいなんかじゃない。ちゃんと治して、もう一度女神に会いたいと思った。それなのに秘書になった瑛が現れて、嬉しいのに、一進一退の自分がもどかしくて……っ」
 告白の途中で耐えきれず彼を抱きしめていた。堀内をいらないと思っていた訳ではない。完治して元のように働く自分でなければ、気持ちを告げてはいけないと思っていた。だがそんな気遣いは不要だ。どんな彼でも好きだと、今なら自信を持って言える。
「ゆっくりでいいんです。十年でも二十年でも病院にいって回復を待てばいい。不機嫌になっても、金属に触れたり触れられなくなったりを繰り返しても、俺はあなたの傍にいます」
「瑛」
 堀内の言葉を信じてくれたらしい彼が、抱き返して身体を押し倒す。
「……っ」
 放ってあったヤットコを肩の下になって、痛みに顔を顰める。
「悪い。ここじゃダメだな」
「……ええ。あなたの聖域ですから」
「言うことが女神だ」
 そう言って彼が堀内の身体を抱え上げる。体格と腕力は敵わないから、大人しく彼の首にしがみついて運ばれていった。
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