冷徹秘書のムーンストーン
冷徹なICレコーダーだから、ショックからは割と簡単に立ち直った。どうすれば心を護って過ごせるかにも、すぐに答えが出る。
仕事に徹すればいい。副社長秘書を仕事と割り切って合田の傍にいればいい。それならもういちいち彼の言動に苦しむことはない。別れろというのも一時の気の迷いだ。心の安定や幸せな生活というものは、高井と作り上げていけばいい。
これまで合田に対して過保護だったから、今後私生活に関わる頻度は減らそう。彼は回復して元のように働けるようになる。ただ、まだ完治には時間が掛かる。新作発表会の件は彼を焦らせて悪かったと思う。だからあと一度だけ過保護になろう。そこで彼を護り切えたら心に区切りもつく筈だ。
「何をそんなに一生懸命調べているの?」
長めの有休になったと告げれば、仕事終わりの高井が堀内の部屋までやってくるようになった。恋人がいるというのに調べものを続ける堀内にも彼は寛大だが、流石に鬼気迫るものを感じたのかもしれない。控えめに声を掛けてくる。
「すみません。せっかく来てくれたのにほったらかしで」
「ううん。僕のことはいいんだけどね」
眉を下げて苦笑して、彼は少し離れたソファーで待ってくれる。調べものの中身を見ないようにとの配慮だと分かれば、恋人甲斐のない自分を反省する。
「あと一つやりたいことがあるんです。それが終わったら、ちゃんといい恋人になりますから」
堀内にとっては甘い言葉のつもりだったが、何故か相手の笑顔が哀しげに変わる。
「どうかしました?」
「ううん。それより何か僕に手伝えることはない?」
モニターを見ないようにして近づいた彼が、堀内の頬に触れてくる。
「高井さんを共犯にはできないですよ。俺がやろうとしているのは買収だから」
半分嫌われるのを覚悟で言ったが、彼の態度は変わらなかった。
「そう。じゃあ、罪にならない範囲で協力させて? 僕の父親の力を知っているでしょう? 買収なら相手を選んだ方がいいんじゃない?」
どこまで本気なのか、そんなことを言う彼が意外だった。
「お父さんの力を借りるのは嫌なんじゃないんですか?」
「大事な恋人を護るためならなんだって利用するよ。どう? さっきから誰とコンタクトを取ればいいか悩んでいるんじゃない?」
何も見ていないのに鋭くて敵わないなと思う。だが新作発表会は十日後に迫っている。高井の言う通り交渉相手を間違えれば無駄金を使うだけで終わってしまう。
「……マスコミ関係の人間を探しています。他社の情報操作ができてしまうくらい力のある人間」
「なんだ。思ったよりずっと簡単。それなら父親の配下の人間に頼めばすぐだよ。簡単だから、明日は僕とドライブをしてランチでもどう? 僕もお休みを取ったんだ」
頬を撫でながらねだる恋人に、堀内も漸く笑うことができる。
「朝一で銀行に行きたいんです。それが済んだら高井さんといますから」
「銀行?」
「定期預金を解約したくて」
正直に言えば彼の顔がぱっと明るくなった。
「前の職場に顔を出すのは気が進まないでしょう? 堀内さんが退職したあと入ってきた行員が対応するように上手く予約しておいてあげる。ふふ。よかった。父親の力を借りなくても役に立てることがあった」
そんな風に言ってくれるのがありがたくて、胸にツキリと痛みが走る。
「そうだ。これ」
彼が鞄を探って小さな紙袋を取り出した。
「少し遅くなったけど、恋人になってくれた記念に」
無造作に差し出されるが、その紙袋のロゴは有名宝飾店のものだと分かる。
「開けてみて」
言われるまま中の小箱を取り出してひやりとする。箱の蓋を取ればベロアケースが出てくる。それを開ければ想像以上のものが現れる。
「これ……」
「アクセサリーじゃあの人に敵わないと思ったから。どう? 気に入ってくれると嬉しいんだけど」
文字盤にダイヤが嵌った腕時計だった。秒針が滑らかに時の動きを示している。
「こんな高価なもの、貰える訳がないでしょう?」
「どうして? ちゃんと僕が働いたお金で買ったし、僕たちは恋人でしょう?」
彼の手に戻そうと思うのに、彼は頑として受け取らない。
「電波時計だから時間はいつも正確だよ。それに、ダイヤモンドの輝きは強くて安定しているから」
仕事に徹すればいい。副社長秘書を仕事と割り切って合田の傍にいればいい。それならもういちいち彼の言動に苦しむことはない。別れろというのも一時の気の迷いだ。心の安定や幸せな生活というものは、高井と作り上げていけばいい。
これまで合田に対して過保護だったから、今後私生活に関わる頻度は減らそう。彼は回復して元のように働けるようになる。ただ、まだ完治には時間が掛かる。新作発表会の件は彼を焦らせて悪かったと思う。だからあと一度だけ過保護になろう。そこで彼を護り切えたら心に区切りもつく筈だ。
「何をそんなに一生懸命調べているの?」
長めの有休になったと告げれば、仕事終わりの高井が堀内の部屋までやってくるようになった。恋人がいるというのに調べものを続ける堀内にも彼は寛大だが、流石に鬼気迫るものを感じたのかもしれない。控えめに声を掛けてくる。
「すみません。せっかく来てくれたのにほったらかしで」
「ううん。僕のことはいいんだけどね」
眉を下げて苦笑して、彼は少し離れたソファーで待ってくれる。調べものの中身を見ないようにとの配慮だと分かれば、恋人甲斐のない自分を反省する。
「あと一つやりたいことがあるんです。それが終わったら、ちゃんといい恋人になりますから」
堀内にとっては甘い言葉のつもりだったが、何故か相手の笑顔が哀しげに変わる。
「どうかしました?」
「ううん。それより何か僕に手伝えることはない?」
モニターを見ないようにして近づいた彼が、堀内の頬に触れてくる。
「高井さんを共犯にはできないですよ。俺がやろうとしているのは買収だから」
半分嫌われるのを覚悟で言ったが、彼の態度は変わらなかった。
「そう。じゃあ、罪にならない範囲で協力させて? 僕の父親の力を知っているでしょう? 買収なら相手を選んだ方がいいんじゃない?」
どこまで本気なのか、そんなことを言う彼が意外だった。
「お父さんの力を借りるのは嫌なんじゃないんですか?」
「大事な恋人を護るためならなんだって利用するよ。どう? さっきから誰とコンタクトを取ればいいか悩んでいるんじゃない?」
何も見ていないのに鋭くて敵わないなと思う。だが新作発表会は十日後に迫っている。高井の言う通り交渉相手を間違えれば無駄金を使うだけで終わってしまう。
「……マスコミ関係の人間を探しています。他社の情報操作ができてしまうくらい力のある人間」
「なんだ。思ったよりずっと簡単。それなら父親の配下の人間に頼めばすぐだよ。簡単だから、明日は僕とドライブをしてランチでもどう? 僕もお休みを取ったんだ」
頬を撫でながらねだる恋人に、堀内も漸く笑うことができる。
「朝一で銀行に行きたいんです。それが済んだら高井さんといますから」
「銀行?」
「定期預金を解約したくて」
正直に言えば彼の顔がぱっと明るくなった。
「前の職場に顔を出すのは気が進まないでしょう? 堀内さんが退職したあと入ってきた行員が対応するように上手く予約しておいてあげる。ふふ。よかった。父親の力を借りなくても役に立てることがあった」
そんな風に言ってくれるのがありがたくて、胸にツキリと痛みが走る。
「そうだ。これ」
彼が鞄を探って小さな紙袋を取り出した。
「少し遅くなったけど、恋人になってくれた記念に」
無造作に差し出されるが、その紙袋のロゴは有名宝飾店のものだと分かる。
「開けてみて」
言われるまま中の小箱を取り出してひやりとする。箱の蓋を取ればベロアケースが出てくる。それを開ければ想像以上のものが現れる。
「これ……」
「アクセサリーじゃあの人に敵わないと思ったから。どう? 気に入ってくれると嬉しいんだけど」
文字盤にダイヤが嵌った腕時計だった。秒針が滑らかに時の動きを示している。
「こんな高価なもの、貰える訳がないでしょう?」
「どうして? ちゃんと僕が働いたお金で買ったし、僕たちは恋人でしょう?」
彼の手に戻そうと思うのに、彼は頑として受け取らない。
「電波時計だから時間はいつも正確だよ。それに、ダイヤモンドの輝きは強くて安定しているから」