冷徹秘書のムーンストーン
少し大袈裟に褒めてやるのは、それが彼の回復に役立つと主治医に聞いているから。だが本心でも、ここ最近で一番の出来に見えた。質のいいシルバーにトパーズを合わせたデザインは、合田巧の名前を出せば売れるだろう。それでも今はまだ、「販売には慎重になった方がいい」という敬助の言葉に賛成だった。合田巧完全復活と騒がれれば、苦しむのは彼自身だ。メンタルを壊してからずっと、彼はダイヤやエメラルドといった高価な宝石と、純金やプラチナを扱うことができない。創作意欲が戻っていることは喜ばしいが、今日もまた、手にした素材はシルバーと天然石なのだ。
「ご飯の用意もしてありますし、もう一人でも問題ありませんね? そろそろ俺は失礼しますよ」
「泊っていけばいいのに」
何度も聞いた台詞は条件反射のようなもので、深い意味はないとわかっている。
「さっきも言いましたけど、秘書を過労死させる気ですか?」
合田金属販売は従業員にきっちり休暇を与えるホワイトな会社だが、副社長秘書にだけ土日祝日が存在しない。
「明日は十時からカウンセリングですから九時に迎えに来ます。ちゃんと起きていてくださいね。あ、お酒を飲んだら先生に叱られますからね」
「……分かっているよ」
拗ねたように言って背を向けたままの彼に苦笑して、見送りもなく玄関を出ることになった。拗ねようとなんだろうと、明日も彼に会わなければならないのだからいちいち気にしていられない。
堀内の部屋はここから徒歩二十分のところにあって、合田の世話をしたあと歩いて帰ろうと思う距離ではなかった。それでもその日はタクシーを捕まえる気にならなくて、大通りに向かって歩いていく。空がゆっくりと夜の色に染まって、何も見えなくなる前に一度足を止めた。
通りに出る前のひっそりとした場所で、胸元からシャツに手を入れる。指に触れたものを引き出せば、現れるのは小指の爪の大きさほどの天然石だ。ブルームーンストーン。プラチナの鎖で首から下げている。多分、女性がつけるものより鎖が長めに作られたネックレス。作ったのはもちろん合田だ。当時既にメンタルを壊していた彼が、なんの気紛れか一度だけ希少なプラチナに手を出したものだ。
月明かりに照らされて、乳白色の宝石が薄青く輝く。それがシラーという現象だと知ったのは、すっかり彼に参ってしまったあとのことだ。思い返せば、今夜もまた一つため息が落ちる。
副社長秘書になって一年。たった一年で弱ってどうする。そう自分を叱咤してまた歩き始める。月が翳ってただの乳白色に戻った石をシャツの中にしまい込んで、タクシーを拾うために、早足で通りに向かうのだった。
「ご飯の用意もしてありますし、もう一人でも問題ありませんね? そろそろ俺は失礼しますよ」
「泊っていけばいいのに」
何度も聞いた台詞は条件反射のようなもので、深い意味はないとわかっている。
「さっきも言いましたけど、秘書を過労死させる気ですか?」
合田金属販売は従業員にきっちり休暇を与えるホワイトな会社だが、副社長秘書にだけ土日祝日が存在しない。
「明日は十時からカウンセリングですから九時に迎えに来ます。ちゃんと起きていてくださいね。あ、お酒を飲んだら先生に叱られますからね」
「……分かっているよ」
拗ねたように言って背を向けたままの彼に苦笑して、見送りもなく玄関を出ることになった。拗ねようとなんだろうと、明日も彼に会わなければならないのだからいちいち気にしていられない。
堀内の部屋はここから徒歩二十分のところにあって、合田の世話をしたあと歩いて帰ろうと思う距離ではなかった。それでもその日はタクシーを捕まえる気にならなくて、大通りに向かって歩いていく。空がゆっくりと夜の色に染まって、何も見えなくなる前に一度足を止めた。
通りに出る前のひっそりとした場所で、胸元からシャツに手を入れる。指に触れたものを引き出せば、現れるのは小指の爪の大きさほどの天然石だ。ブルームーンストーン。プラチナの鎖で首から下げている。多分、女性がつけるものより鎖が長めに作られたネックレス。作ったのはもちろん合田だ。当時既にメンタルを壊していた彼が、なんの気紛れか一度だけ希少なプラチナに手を出したものだ。
月明かりに照らされて、乳白色の宝石が薄青く輝く。それがシラーという現象だと知ったのは、すっかり彼に参ってしまったあとのことだ。思い返せば、今夜もまた一つため息が落ちる。
副社長秘書になって一年。たった一年で弱ってどうする。そう自分を叱咤してまた歩き始める。月が翳ってただの乳白色に戻った石をシャツの中にしまい込んで、タクシーを拾うために、早足で通りに向かうのだった。