冷徹秘書のムーンストーン
単純な言葉の意味が分からない。
「……誰が誰の?」
「堀内さんが僕の」
瞬きを繰り返すうちに理解できたが、できたらできたで更に混乱する羽目になった。
「その手の冗談を言うタイプでしたっけ?」
「冗談じゃなく本気」
即答されれば打つ手なしだ。行員時代から女性の恋人はいらないと言っていた彼だが、まさかこういう意味で、まさか自分が恋愛対象になるとは思わなかった。だとしたら、こんな風に会いに来たことも、思わせぶりで酷い態度だったのだろうか。
「この間と今日のを盾に取るつもりはないから心配しないで。昔のお礼という気持ちもあったし」
先回りしてそう言ってくれるが、それで告白が消える訳ではない。
「神経を使う仕事をしていると思うし、プライベートではリラックスして過ごしてほしいと思って。僕も仕事に余裕が出てきたし、堀内さんを癒してあげられると思う。悪い話ではないと思うんだけど」
悪いどころか、堀内にはお釣りがくるような話だ。
「昔助けてもらった恩を恋愛感情だと勘違いしているんじゃないかな」
「それは違う」
思いがけず強い調子で否定された。
「あの事件の前から、白状すると入行したときから好きだったから」
「どうして」
好かれるような態度を取った覚えはない。初期は寧ろ酷い態度ばかりだった。
「ちゃんと自分の信念を貫いていて、周りに惑わされない。仕事は完璧で、おまけに見た目まで好みなんだから、もう惚れない理由がなかった」
困った。自分としたことが、彼の気持ちに全く気づかなかった。
「あ、でも高井さんは御曹司でしょう? いずれ結婚して跡継ぎを作ったりとか……、うん、ごめん。この言い方は失礼でした」
途中で失言に気づいて詫びる。そんな堀内にも、彼は大らかに笑うだけだ。
「そんな気を遣わなくてもいいのに。自分の性癖なんてとっくに受け入れているし。それに堀内さんに告白しようって決めてから、両親にもちゃんと話したんだ。女性と結婚はできそうにありませんって。うちは兄が会社を継ぐ気満々だから問題ないし、父親の兄弟もいるから好きにしろって言われたよ。母親も、疎遠になるくらいなら同性の恋人を気軽に連れて来てもらった方がいいって言ってくれたし」
ああ、現代的でなんていい家族なんだ。それに高井の意外な行動力に驚いてしまう。
「あの事件でどれだけ自分が未熟だったか思い知った。仕事もそうだけど、人の悪意とか策略に僕は疎すぎた」
「それが高井さんのいいところでしょう?」
「それで好きな人すら護れなかったら意味がないから」
躊躇いもなく好きな人と言われて言葉を失う。会わない間に彼は強くなった。以前は自分が先輩のような感覚でいたのに、今はもう年長者のように感じる。
「すぐに返事をくれなんて言わないから、考えてみて。秘書の仕事のスケジュールをちゃんと尊重するから」
泣きそうな顔で笑うのは反則だ。無理だと突っぱねてしまえなくなる。
「いいお店だったね。また二人で来よう」
今日で終わりにできないように先手を打たれて、レストランを出ることになった。
「せっかくのお休みだし、のんびりもしたいでしょう? 今日はこのまま家に送る」
至れり尽くせりの気遣いに困らせられながら、なんとか顔だけは繕って、パーキングまで歩いていく。しまった。完全に断るタイミングを逃してしまったと思って、いや、自分にとって彼は本当に可能性ゼロなのだろうかと考える。人柄もよくて堀内の仕事に理解もある。見た目だって申し分ない男なのだ。だが自分は、と考えていて、精算機が見えてきたところで、はっと足を止めた。
「どうかした?」
気づいた高井に顔を向けられるが答えられない。精算機の傍を抜けて、背の高い男が歩いてくる。偶然ではない。彼がまっすぐ堀内の前までやってくる。
「呼び出しても来ないと思ったら、こんなところにいたんだな」
「どうしてここが分かったんですか?」
「金を出せば調べられないことはない」
静かな不機嫌は怒って暴れるよりタチが悪い。次の行動が読めないから対策ができない。
「あ、合田巧さんですね」
少し前まで雑誌に載るような有名人だったから、高井もすぐに分かったのだろう。
「初めまして。堀内さんの元同僚の高井といいます。久しぶりに友人同士で過ごさせてもらいました」
彼が堀内を庇うように間に入って頭を下げる。
「お前は俺の秘書じゃないのか? 仕事もしないで男と遊んでいたのか」
「……誰が誰の?」
「堀内さんが僕の」
瞬きを繰り返すうちに理解できたが、できたらできたで更に混乱する羽目になった。
「その手の冗談を言うタイプでしたっけ?」
「冗談じゃなく本気」
即答されれば打つ手なしだ。行員時代から女性の恋人はいらないと言っていた彼だが、まさかこういう意味で、まさか自分が恋愛対象になるとは思わなかった。だとしたら、こんな風に会いに来たことも、思わせぶりで酷い態度だったのだろうか。
「この間と今日のを盾に取るつもりはないから心配しないで。昔のお礼という気持ちもあったし」
先回りしてそう言ってくれるが、それで告白が消える訳ではない。
「神経を使う仕事をしていると思うし、プライベートではリラックスして過ごしてほしいと思って。僕も仕事に余裕が出てきたし、堀内さんを癒してあげられると思う。悪い話ではないと思うんだけど」
悪いどころか、堀内にはお釣りがくるような話だ。
「昔助けてもらった恩を恋愛感情だと勘違いしているんじゃないかな」
「それは違う」
思いがけず強い調子で否定された。
「あの事件の前から、白状すると入行したときから好きだったから」
「どうして」
好かれるような態度を取った覚えはない。初期は寧ろ酷い態度ばかりだった。
「ちゃんと自分の信念を貫いていて、周りに惑わされない。仕事は完璧で、おまけに見た目まで好みなんだから、もう惚れない理由がなかった」
困った。自分としたことが、彼の気持ちに全く気づかなかった。
「あ、でも高井さんは御曹司でしょう? いずれ結婚して跡継ぎを作ったりとか……、うん、ごめん。この言い方は失礼でした」
途中で失言に気づいて詫びる。そんな堀内にも、彼は大らかに笑うだけだ。
「そんな気を遣わなくてもいいのに。自分の性癖なんてとっくに受け入れているし。それに堀内さんに告白しようって決めてから、両親にもちゃんと話したんだ。女性と結婚はできそうにありませんって。うちは兄が会社を継ぐ気満々だから問題ないし、父親の兄弟もいるから好きにしろって言われたよ。母親も、疎遠になるくらいなら同性の恋人を気軽に連れて来てもらった方がいいって言ってくれたし」
ああ、現代的でなんていい家族なんだ。それに高井の意外な行動力に驚いてしまう。
「あの事件でどれだけ自分が未熟だったか思い知った。仕事もそうだけど、人の悪意とか策略に僕は疎すぎた」
「それが高井さんのいいところでしょう?」
「それで好きな人すら護れなかったら意味がないから」
躊躇いもなく好きな人と言われて言葉を失う。会わない間に彼は強くなった。以前は自分が先輩のような感覚でいたのに、今はもう年長者のように感じる。
「すぐに返事をくれなんて言わないから、考えてみて。秘書の仕事のスケジュールをちゃんと尊重するから」
泣きそうな顔で笑うのは反則だ。無理だと突っぱねてしまえなくなる。
「いいお店だったね。また二人で来よう」
今日で終わりにできないように先手を打たれて、レストランを出ることになった。
「せっかくのお休みだし、のんびりもしたいでしょう? 今日はこのまま家に送る」
至れり尽くせりの気遣いに困らせられながら、なんとか顔だけは繕って、パーキングまで歩いていく。しまった。完全に断るタイミングを逃してしまったと思って、いや、自分にとって彼は本当に可能性ゼロなのだろうかと考える。人柄もよくて堀内の仕事に理解もある。見た目だって申し分ない男なのだ。だが自分は、と考えていて、精算機が見えてきたところで、はっと足を止めた。
「どうかした?」
気づいた高井に顔を向けられるが答えられない。精算機の傍を抜けて、背の高い男が歩いてくる。偶然ではない。彼がまっすぐ堀内の前までやってくる。
「呼び出しても来ないと思ったら、こんなところにいたんだな」
「どうしてここが分かったんですか?」
「金を出せば調べられないことはない」
静かな不機嫌は怒って暴れるよりタチが悪い。次の行動が読めないから対策ができない。
「あ、合田巧さんですね」
少し前まで雑誌に載るような有名人だったから、高井もすぐに分かったのだろう。
「初めまして。堀内さんの元同僚の高井といいます。久しぶりに友人同士で過ごさせてもらいました」
彼が堀内を庇うように間に入って頭を下げる。
「お前は俺の秘書じゃないのか? 仕事もしないで男と遊んでいたのか」