冷徹秘書のムーンストーン

 彼が堀内の背中から腕を入れて抱き寄せてくれた。そこで目を開けて、思いがけず近くにあった顔に驚く。
「あ……」
 驚いているうちに素早く唇を奪われてしまう。メンタルを弱らせて時々子どものような精神になる男。だが今の彼は年相応の落ち着きを見せていて、堀内が逆に幼い子どもになってしまったようだ。波があるのだ。今は心が安定して本当の自分に戻っているのだ。そう思えば、マスコミに騒がれるほどの美しさと才能を持った男に抱かれた事実に、また鼓動が速くなる。美しくて当然だ。今隣にいるのは合田巧だ。
「キスや優しい愛撫に反応するから、経験がないのかなって」
「確かに優しさなんかには縁がなかったかもしれない」
「じゃあ、俺が一番よかった?」
「そういうことにしておきましょうか」
 冗談めかして言ったが、紛れもない本心だった。身体も心も満たされて、欲求のまま眠ってしまいたい。
「俺もよかった」
 そうか、彼も満足してくれたのか。安堵した途端に意識が心地いい世界に落ちていく。後先考えずに眠って、目が覚めたのは明け方だった。ベッドの隣に彼の姿がなくて、まだ暗い部屋を起き上がって歩いていく。
「巧さ……」
 リビングに続くドアを開けたところで息を呑んだのは、銀色のパーツに向かう彼が、現実感がないほどサマになっていたから。堀内を女神と言ったときのふわふわした視線ではなかった。あとからヤットコという名前だと知るが、そのペンチのような工具を使って、チェーンのプレート部分を加工する彼に、背中にゾクリとしたものを感じる。やはりただの男ではない。金属に向かう真摯な視線に、周りに持て囃されて作り上げられたのではない、才能と実力を感じる。
 でき上がったのか、彼が腕を伸ばして作品を掲げる。広い掃き出し窓の外にはまだ月があって、青白い部屋に月明かりが差し込むようだった。月明かりを受けて、その才能を存分に発揮する美しい男。宝石王子が作り上げた新作よりも、彼自身から目が逸らせない。
「瑛?」
 気づいて振り向いたのは彼の方だった。
「起きたんだ。見て。今一つでき上がったんだ」
 手招く彼の傍に向かって、すぐ隣に膝をつく。
「手を出して」
「え、でも」
 作品に素手で触れてもいいのだろうかと案じる堀内の手を取って、彼が手のひらに乗せてくれた。喜平チェーンの先に乳白色の石が下がったセンスのいいネックレスだ。月の光を受けて、その楕円の石が時々気紛れに青白い輝きを見せる。
「ブルームーンストーン。それほど高価な石じゃないけど、純度の高いものは希少価値が高い」
「綺麗」
 宝石についてよく知らない堀内の、ごくシンプルな感想だった。その反応に満足したように、ネックレスを乗せた堀内の手を包むように彼が手を重ねてくる。
「やっぱり女神のお陰。石も高価なものにしたかったけど、でもこれが一番瑛に似合うと思ったから」
 その台詞にはっとする。石もということは、チェーンは高価なものだということだ。材料ケースに目を遣ればベロアケースの蓋が開いている。
「これ、プラチナですか?」
 当時の堀内にはシルバーとプラチナを見分けることができなくて、素直に聞いた。
「うん」
「凄い。だって高価な金属は扱えないって言っていたのに」
 しまった。まだ敬助の知人だと話していないのに、気を悪くするだろうか。そう心配したが特に彼の様子が変わることはない。
「女神のお陰でちゃんと作れた。俺はもう大丈夫。だからこれは瑛にあげる」
 言いながらネックレスを乗せたままの手を握り込まれて、慌てて彼の手から逃れた。
「こんな高価なものを貰える訳がないでしょう? 今夜初めて会ったばかりなのに」
「始めても何も、女神は神出鬼没でしょう?」
 また正気なのかそうでないのか分からない言い方をされてしまう。
「瑛のために作ったものだから、受け取って? 俺はまたいくつも作るから」
 そう言われて断れなかった。また別のものを作るモチベーションになるなら、自分が持っていたいと思う。それに見れば見るほど、プラチナの上品さとブルームーンストーンの妖しげな輝きの虜になってしまう。
「もう行かないと」
 日が昇り始めて、漸く思考が現実へと戻ってきた。敬助と合流する約束をしている。一度ホテルに戻らなければ不審に思われてしまうだろう。
「また会える?」
「ええ。すぐに」
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