冷徹秘書のムーンストーン

 甘えるように触れてくる手を払って厳しく追及する。仕事中はきっちり髪を上げる彼のために、好みのブランドのヘアスプレーまで用意していたのに、彼の髪はシャワーを浴びたままだ。その前髪の間から覗く目に意思の強そうな眉。黙っていても男の色気を感じさせる厚めの唇。堀内との約束を全て破って仕事を一つ失いかけているというのに、その姿が滅多に拝めないような美丈夫だということが腹立たしい。
「そもそも仕事の前日は飲まない約束だったでしょう? あなたがやりたいと言うから引き受けた仕事だということを忘れたんですか。それにその姿はなんです」
 身長差十センチ超えの彼を見上げて怒りをぶつければ、細められた目にじっと見つめ返された。怯んだりしない。その目の奥に宿るものを読むために、更に鋭い視線を返すだけだ。
「弁解があれば聞きますが」
「……いや。ごめん」
 さぁ、今日はどんな言い訳を用意した? そう構えていたのに、彼は目を逸らしてしまった。
「久しぶりに人と話さなきゃいけない仕事だから、ナーバスになって」
 美しい男の弱々しい懺悔は絵になる。絵になるがその見た目に騙されるのにももう飽きた。
「ナーバスになる仕事なら引き受けなければいいんですよ。もうこれからはあなたの意思に関係なく、仕事は俺が選びます」
「ごめんって」
「あなたの謝罪には誠意がありません。誠意がないから同じことを繰り返す」
「まぁまぁ、堀内さん。今日は遅刻してもちゃんと行くって頑張ったんですから。どうか私に免じて許してやってください」
 合田が子どもの頃から合田家に仕えていた山瀬は彼に甘い。だが元々三分でやめるつもりだったから、わざわざ運転席から降りてきた山瀬のお陰ということにして、叱責は終わりにする。仕事相手が待っている。簡単に彼の髪と衣服を整えてやってからエントランスに促す。
「話したくないなら一言も話さなくて構いませんから、くれぐれも会社の迷惑になるようなおかしな言動はしないでください。……山瀬さん、お手間をお掛けしました」
「いえいえ。打ち合わせが終わるまで駐車場におりますから」
 一目で人がいいと分かる彼に見送られて、ビルに入ってエレベーターに乗り込んだ。出版社のある階に戻れば、杉村がドアを開けて待っていてくれる。
「合田先生ですね。お待ちしておりました」
 素行は悪いし現在進行形で遅刻をしているが、そこはかつて宝石王子と呼ばれた合田巧だ。杉村の目が芸能人でも見たように輝く。
「俺は教師じゃない。先生はやめてくれ」
 だが合田はまた少し機嫌を悪くしてしまっただけだ。
「お仕事をくださった方に失礼ですよ。……改めて、本日はよろしくお願いします」
 一応堀内に合わせて頭を下げるが、その後は品定めするように鬼頭と杉村に目を遣っている。
「とにかくどうぞお掛けください。ご来社いただきありがとうございます」
 鬼頭が明るく話しかけてもご機嫌の直らない彼に、内心ため息を吐いた。堀内だって対面インタビューの仕事はまだハードルが高いと思っていた。だが苦労すると分かっていても引き受けたのは、彼に自信を取り戻してもらうためだ。「その仕事、やりたい」と、一時の気の迷いで言った彼の言葉に賭けてみた。結果は惨敗。こうなれば堀内が上手く誘導して、無事に仕事を終えてもらうまでだ。
 結局、「ああ」とか「うん」とかしか応えない合田に変わって堀内が話して、インタビューは終了した。アクセサリーの写真もこちらが用意したものを使うことになり、あとからデータを送ることで話は纏まる。合田の撮影が不可なら無駄な労力は使わない。分かりやすくて逆に清々しい。
「では、本日はありがとうございました。原稿を楽しみにしています」
 帰りも堀内だけが丁寧に挨拶をして、不機嫌な彼を連れてオフィスビルを出ることになった。秘書たるもの常に主の理解者であれ。そう思うが堀内だって人間だ。インタビューの間ずっと気を遣い通しで、感謝の一言もなく不機嫌を続けられれば腹も立つ。幼い子どもならまだしも、合田は堀内より四つも年上なのだ。
「坊ちゃん、堀内さん、お疲れさまでした」
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