冷徹秘書のムーンストーン

 店を出たところで申し出るが、微笑みで拒否されてしまう。
「元々僕がご馳走するという約束だったでしょう?」
「でも流石にあの金額はまずい」
「そうですか? おいしかったからいいじゃないですか」
 これだからお坊ちゃまは困ってしまう。同じお坊ちゃまでも合田とは違うと思っていたが、頑固なところは似ているのかもしれない。
「じゃあ、今度会うときはご馳走して」
 引き下がらない堀内に、足を止めた彼がさらりと言う。また彼特有の泣きそうな微笑みを見せられて、突き放せない気持ちになる。考えてみれば、偏屈な堀内の友人のポジションまで上ってきた強者なのだ。
「来週の土曜、美術館に行こうよ。大きいものじゃないんだけど、父の知り合いが『からくり美術館』って施設をオープンさせたんだ。一人で行くのも寂しいなと思っていてね」
 知り合いが美術館をオープンとはスケールが違う。楽しそうだが堀内は行けない。
「ごめん。土曜日はダメなんです」
「この間もそう言っていたけど、合田金属販売みたいな大きな会社が、社員にきちんと休暇を与えない筈がないでしょう? 土曜がダメなら日曜はどう?」
「土日は待機だから」
 仕方なく白状する。合田のメンタルが不安定になったときには向かわなければならないこと。合田を見ている他のメンバーには家族がいるから、待機は自分が進んで引き受けていること。
「それじゃダメだよ」
 思いがけず強い口調で諭された。
「それじゃ副社長の前に堀内さんが壊れてしまう。ね、僕と会うのが難しいならそれでいい。でも人間にお休みは必要だよ。なんとかならない?」
 聞かれて佐藤の言葉を思い出す。待機を代わってくれると言っていた。予定より早いが、土曜だけ頼ることができるかもしれない。
「来週の土曜なら会えるかもしれない」
「ほんと?」
「まだ分からないですけど」
「じゃあ、来週ラインで相談しよう。そういうのも楽しいでしょう?」
 彼が何故堀内と会うことに拘っているのか分からないが、そんな風に求められればこちらも感化されてしまう。
「あまり期待しないでください」
「努力する」
 結局彼がタクシーで送ってくれて、最後まで楽しい夜になった。高井と出掛けるのは難しいかもしれない。だがもしかしたらという希望を持つのも悪くない。合田のメンタルの調子がよくて、佐藤の息子も体調がいいようなら代わってもらおう。空気の逃げ場をなくしてパンパンに膨らんでいたものに、空気穴が開いたような心地よさを感じる。
 明日は合田の病院の日だ。また不機嫌になるだろうが、今週は彼がどう暴れようと穏やかな気持ちで過ごせそうだ。
 傍にいて心地いい友人。合田のことも知っているからいちいち言葉を選ぶ必要もない。そんな存在に救われた気がした。
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