冷徹秘書のムーンストーン
『えー、高井さんか。顔はいいけど、あの純粋少年、落としても面白くなさそう。というか出世しなさそうじゃない?』
『それが、高井さんっていいところのお坊ちゃんなんだって』
『あー、なんかそんな感じ』
『でしょ? 私今日烏龍茶しか飲まないから。それで酔ったフリをして送ってもらうんだ』
モニターに映る映像に、彼女たちの台詞を棒読みでアテレコしてみせる。昔から記憶力はよかったから一語一句違えずに再現できた。呼吸や相槌のタイミングも頭が勝手に記憶していて、彼女たちが話し終えてエレベーターに乗り込む瞬間までピタリと台詞を合わせてやる。
「私の記憶は確かですし、何度でも再現することができます」
堂々とした堀内の様子に、呼び出されて会議室の隅にいた三人の女性たちが震え出すのが分かる。だが罪のない一人の男性を陥れようとした人間だ。容赦はいらない。
「主犯は小松春乃さん。面白がって支店全体に噂をばら撒いたのが川田さんと藤井さんです」
「そんな……!」
「若い後輩たちが教えてくれましたから嘘ではありません」
静かに言って蔑むような目を向けてやれば、三人は黙った。黙ったまま堀内に鋭い視線を向けてくるが、だからなんだと思う。
「一度、調査のし直しということでどうかな。コンプラ機関からも聞き取りに来るだろうし、それまでに報告書を上げるということで」
「高井さんの謹慎はどうなりますか?」
最低限の礼儀は崩さないが、高井を処分して終わりにするつもりなら許さないという圧を籠めて聞いてやった。そんな堀内に気圧されたように、副支店長が「解除でいい」と言ってくれる。
「出社するかどうかは彼の意思に任せよう。しばらく噂は続くと思うから、来づらいのなら休暇でいいということで」
「ではすぐに彼に連絡します。彼はそんな柔ではありませんので、今日の午後から出社するでしょうね」
そう言って何も言えない部長も女性陣も放ったまま、一人会議室を出ることになった。
「懸命な判断に感謝します。そうそう。コンプラ委員が来たときにも、さっきの再現は可能ですから、必要でしたらいつでも呼んでください」
部屋を出る直前にダメ押しでそう言ってやったから、これ以上馬鹿な判断はしない筈だ。ドアを閉める直前に、じっと堀内を睨んでいた小松に目顔で「馬鹿女が」と返してやる。好感度などというものに怯える堀内ではなかったのだ。
その後自身の身を案じた川田と藤井が白状したのか、堀内の話が事実で、高井に罪はなかったという結論に落ち着いた。堀内の追撃を恐れたのか、次の人事異動の時期までは高井も小松も異動はなしということで落ち着く。
「堀内さんが直談判してくれたって聞いた。ありがとう。本当になんて言っていいか」
堀内の言葉通り、謹慎が解けた瞬間に出社した高井がわざわざ礼を言いに来てくれたが、彼のためというより自分のための行動だった。
「いや、本当に何もしていないんです。支店長にまともな判断をしてくれるとありがたいと言っただけで」
「心強い。ありがとう。このご恩は生涯忘れない」
「大袈裟ですって」
そんな風に笑い合って終わりの筈だった。次の異動シーズンに高井ではなく堀内が異動になるかもしれないが、別に今の支店に未練はない。そのころには高井のよくない噂も綺麗に消えているだろう。そう楽観視していて、その『噂』に苦しむことになったのは堀内だった。
人間ICレコーダー。何を記憶されるか分からないから、彼の前では喋らない方がいい。いつ現れるか分からないから怖い。堀内にそんな噂が立つようになった。
記憶力がいいのは生まれつきだ。そもそも元からそれほど支店内に親しい人間がいた訳でもない。そう思って特に気にすることもなかった。高井がそれまで通り接してくれるから、特に困ることもない。
だが噂はやまず、次第に「顧客情報を記憶して持ち帰っているのではないか」という話が広まった。馬鹿馬鹿しい。支店勤務の一行員が情報を持ち帰ったところで何ができるというのだ。そう思うが、世間を知らない同僚たちの話は盛り上がっていく。噂を広めているのは小松だろうが、彼女のような人間とまた関わるのはうんざりだった。
「堀内くんに栄転の話があって」
『それが、高井さんっていいところのお坊ちゃんなんだって』
『あー、なんかそんな感じ』
『でしょ? 私今日烏龍茶しか飲まないから。それで酔ったフリをして送ってもらうんだ』
モニターに映る映像に、彼女たちの台詞を棒読みでアテレコしてみせる。昔から記憶力はよかったから一語一句違えずに再現できた。呼吸や相槌のタイミングも頭が勝手に記憶していて、彼女たちが話し終えてエレベーターに乗り込む瞬間までピタリと台詞を合わせてやる。
「私の記憶は確かですし、何度でも再現することができます」
堂々とした堀内の様子に、呼び出されて会議室の隅にいた三人の女性たちが震え出すのが分かる。だが罪のない一人の男性を陥れようとした人間だ。容赦はいらない。
「主犯は小松春乃さん。面白がって支店全体に噂をばら撒いたのが川田さんと藤井さんです」
「そんな……!」
「若い後輩たちが教えてくれましたから嘘ではありません」
静かに言って蔑むような目を向けてやれば、三人は黙った。黙ったまま堀内に鋭い視線を向けてくるが、だからなんだと思う。
「一度、調査のし直しということでどうかな。コンプラ機関からも聞き取りに来るだろうし、それまでに報告書を上げるということで」
「高井さんの謹慎はどうなりますか?」
最低限の礼儀は崩さないが、高井を処分して終わりにするつもりなら許さないという圧を籠めて聞いてやった。そんな堀内に気圧されたように、副支店長が「解除でいい」と言ってくれる。
「出社するかどうかは彼の意思に任せよう。しばらく噂は続くと思うから、来づらいのなら休暇でいいということで」
「ではすぐに彼に連絡します。彼はそんな柔ではありませんので、今日の午後から出社するでしょうね」
そう言って何も言えない部長も女性陣も放ったまま、一人会議室を出ることになった。
「懸命な判断に感謝します。そうそう。コンプラ委員が来たときにも、さっきの再現は可能ですから、必要でしたらいつでも呼んでください」
部屋を出る直前にダメ押しでそう言ってやったから、これ以上馬鹿な判断はしない筈だ。ドアを閉める直前に、じっと堀内を睨んでいた小松に目顔で「馬鹿女が」と返してやる。好感度などというものに怯える堀内ではなかったのだ。
その後自身の身を案じた川田と藤井が白状したのか、堀内の話が事実で、高井に罪はなかったという結論に落ち着いた。堀内の追撃を恐れたのか、次の人事異動の時期までは高井も小松も異動はなしということで落ち着く。
「堀内さんが直談判してくれたって聞いた。ありがとう。本当になんて言っていいか」
堀内の言葉通り、謹慎が解けた瞬間に出社した高井がわざわざ礼を言いに来てくれたが、彼のためというより自分のための行動だった。
「いや、本当に何もしていないんです。支店長にまともな判断をしてくれるとありがたいと言っただけで」
「心強い。ありがとう。このご恩は生涯忘れない」
「大袈裟ですって」
そんな風に笑い合って終わりの筈だった。次の異動シーズンに高井ではなく堀内が異動になるかもしれないが、別に今の支店に未練はない。そのころには高井のよくない噂も綺麗に消えているだろう。そう楽観視していて、その『噂』に苦しむことになったのは堀内だった。
人間ICレコーダー。何を記憶されるか分からないから、彼の前では喋らない方がいい。いつ現れるか分からないから怖い。堀内にそんな噂が立つようになった。
記憶力がいいのは生まれつきだ。そもそも元からそれほど支店内に親しい人間がいた訳でもない。そう思って特に気にすることもなかった。高井がそれまで通り接してくれるから、特に困ることもない。
だが噂はやまず、次第に「顧客情報を記憶して持ち帰っているのではないか」という話が広まった。馬鹿馬鹿しい。支店勤務の一行員が情報を持ち帰ったところで何ができるというのだ。そう思うが、世間を知らない同僚たちの話は盛り上がっていく。噂を広めているのは小松だろうが、彼女のような人間とまた関わるのはうんざりだった。
「堀内くんに栄転の話があって」