冷徹秘書のムーンストーン
他人に興味がない堀内が同僚のことを聞いてきたのが意外だったのか、彼は知っていることを全て教えてくれた。他部署の人間がそこまで知っているということは、高井本人の周りはもっと大変だということだ。
『心配しています。何か必要なことがあれば連絡をください』
始業前にそれだけ連絡をして、定時で仕事を終わらせてタクシーで彼の家に向かう。
フローリングの床にポツンと座っていた彼に、とりあえず差し入れの弁当を食べさせれば、少し正気を取り戻した彼が語ってくれた。堀内の悪い予感は当たってしまった。高井は純粋な善意のつもりで、彼女をホテルまで送り、一時間程滞在してしまったというのだ。
「どうしてまたそんな疑われるようなことを」
「だって、本当に体調が悪そうだったから」
話の流れはこうだ。高井に近づいた小松という行員が酔って体調が悪いと言い出した。女性陣に頼もうと思ったが、何故かみな用事があると言って消えてしまうから、高井が送ることになる。タクシーの中で、どうしても具合が悪いから一度ホテルで酔いを醒まして帰りたいと言うから、シティホテルの部屋まで送ったという。
だが彼女が望んでいたような展開にはならず、高井は彼女をベッドに寝かせて、フロントで薬を貰って、無事を確認しただけで帰ろうとした。それに気を悪くした彼女とその場で言い合いになってしまったらしい。
「本当に体調が悪いと思っているなんて馬鹿じゃないの? 何年男やっているの?」
「そう言われても、僕は体調が悪いと言った人を運んだだけだから」
実に彼らしい言葉だ。
「夜も診てくれる病院をピックアップしておいたから、寝ていて体調が悪くなったら病院に連絡して」
そう言って帰宅した彼に非はないだろう。だが派手な事前告知をしていた彼女は、相手にされなかったなどと白状できる筈もない。高井は思っていたような男ではなかった。強引に襲われそうになって逃げ帰ってきた。そんなことを言ってしまい、本気にした同僚たちが銀行のコンプライアンス機関にメールで報告。同僚から次の同僚へと伝わる間に話は大きくなっていき、報告メールでは高井が犯罪者のような文面になっていたという訳だ。身に覚えのないまま月曜の朝一で会議室に呼び出された彼が、反論も許されないまま自宅待機になった。
これが知らない人間なら、男性としての自衛が足りないと突き放していただろう。だが高井のことは放っておけない。その人柄に救われてきた。こんな風に邪気のない人間もいるのだと、堀内の気持ちを少しだけ変えてくれた。それに、事前に小松の策略を聞いておきながら護れなかったという罪悪感もある。
「父親に助けてもらうことはできないんですか? かなり力のある人なんでしょう? うちの支店長くらい黙らせられるんじゃ」
「それはできないよ。元々父親の会社を手伝えと言われていたのを押し切って銀行を受けたんだから。泣きつけば、ほら見たことかと笑われるだけだ」
「そっか」
弱いように見えて一本筋が通っているところに好感を持った。それなら堀内が助けてやるしかない。
「大丈夫。謹慎はすぐに解けます」
「え?」
「罰せられるのは彼女たちの方ですから」
高井にそう宣言した堀内は、翌朝まず警備室に向かって、警備員に廊下の監視カメラの性能を聞いた。二四時間録画されているが音声までは拾えない。それを聞いて充分だと思う。
その後支店長室に向かって、副支店長と営業部長にも出てきてもらった。そこでざっと高井の件を説明する。
「言いたいことは分かるが、こういう場合男性の立場が弱くなるんだよ。ここは一度彼女の言葉通りだったことにして、高井くんの異動で済ませるのが無難だと思うがね」
そんな台詞は想定済みだ。
「ではここに小松さん、川田さん、藤井さんの三名を呼んでいただけますか? それとモニターを貸していただいていいでしょうか?」
今思えば怖いもの知らずなことをしたと思うが、別にクビになってもいいと思っていたから大胆なことができた。堀内の様子に圧倒されたように、部長がモニターの用意をしてくれる。そこに警備室から借りてきた映像を映してみせる。
『心配しています。何か必要なことがあれば連絡をください』
始業前にそれだけ連絡をして、定時で仕事を終わらせてタクシーで彼の家に向かう。
フローリングの床にポツンと座っていた彼に、とりあえず差し入れの弁当を食べさせれば、少し正気を取り戻した彼が語ってくれた。堀内の悪い予感は当たってしまった。高井は純粋な善意のつもりで、彼女をホテルまで送り、一時間程滞在してしまったというのだ。
「どうしてまたそんな疑われるようなことを」
「だって、本当に体調が悪そうだったから」
話の流れはこうだ。高井に近づいた小松という行員が酔って体調が悪いと言い出した。女性陣に頼もうと思ったが、何故かみな用事があると言って消えてしまうから、高井が送ることになる。タクシーの中で、どうしても具合が悪いから一度ホテルで酔いを醒まして帰りたいと言うから、シティホテルの部屋まで送ったという。
だが彼女が望んでいたような展開にはならず、高井は彼女をベッドに寝かせて、フロントで薬を貰って、無事を確認しただけで帰ろうとした。それに気を悪くした彼女とその場で言い合いになってしまったらしい。
「本当に体調が悪いと思っているなんて馬鹿じゃないの? 何年男やっているの?」
「そう言われても、僕は体調が悪いと言った人を運んだだけだから」
実に彼らしい言葉だ。
「夜も診てくれる病院をピックアップしておいたから、寝ていて体調が悪くなったら病院に連絡して」
そう言って帰宅した彼に非はないだろう。だが派手な事前告知をしていた彼女は、相手にされなかったなどと白状できる筈もない。高井は思っていたような男ではなかった。強引に襲われそうになって逃げ帰ってきた。そんなことを言ってしまい、本気にした同僚たちが銀行のコンプライアンス機関にメールで報告。同僚から次の同僚へと伝わる間に話は大きくなっていき、報告メールでは高井が犯罪者のような文面になっていたという訳だ。身に覚えのないまま月曜の朝一で会議室に呼び出された彼が、反論も許されないまま自宅待機になった。
これが知らない人間なら、男性としての自衛が足りないと突き放していただろう。だが高井のことは放っておけない。その人柄に救われてきた。こんな風に邪気のない人間もいるのだと、堀内の気持ちを少しだけ変えてくれた。それに、事前に小松の策略を聞いておきながら護れなかったという罪悪感もある。
「父親に助けてもらうことはできないんですか? かなり力のある人なんでしょう? うちの支店長くらい黙らせられるんじゃ」
「それはできないよ。元々父親の会社を手伝えと言われていたのを押し切って銀行を受けたんだから。泣きつけば、ほら見たことかと笑われるだけだ」
「そっか」
弱いように見えて一本筋が通っているところに好感を持った。それなら堀内が助けてやるしかない。
「大丈夫。謹慎はすぐに解けます」
「え?」
「罰せられるのは彼女たちの方ですから」
高井にそう宣言した堀内は、翌朝まず警備室に向かって、警備員に廊下の監視カメラの性能を聞いた。二四時間録画されているが音声までは拾えない。それを聞いて充分だと思う。
その後支店長室に向かって、副支店長と営業部長にも出てきてもらった。そこでざっと高井の件を説明する。
「言いたいことは分かるが、こういう場合男性の立場が弱くなるんだよ。ここは一度彼女の言葉通りだったことにして、高井くんの異動で済ませるのが無難だと思うがね」
そんな台詞は想定済みだ。
「ではここに小松さん、川田さん、藤井さんの三名を呼んでいただけますか? それとモニターを貸していただいていいでしょうか?」
今思えば怖いもの知らずなことをしたと思うが、別にクビになってもいいと思っていたから大胆なことができた。堀内の様子に圧倒されたように、部長がモニターの用意をしてくれる。そこに警備室から借りてきた映像を映してみせる。