冷徹秘書のムーンストーン

 あとから成り行きを聞けば敬助に非はなかった。CMの仕事が欲しかった若い女優が、あわよくば精神で彼に近づいただけで、相手にもされていない。だがそれらしい写真を撮られて、『不倫相手を射止めるために息子のアクセサリーを贈った』という出鱈目の記事が出た。そこで華子の心は限界を迎えてしまった。
 記事の件は弁護士が厳正に処理をしたが、華子は体調まで崩して入院することになった。妻を苦しめたことに心を痛めた敬助が病院に通うが、悪いことに、彼を追ったマスコミが華子の病室までやってきてしまう。非常識な記者が病室でフラッシュを焚き、そこでたまたま居合わせた合田がキレた。幼い頃からの鬱憤を爆発させた彼が記者を殴って暴れて、暴れ終えたところで彼までおかしくなってしまったという訳だ。
「全部、家族を護れなかったお前が悪い」
 虐待をしていた母親ではなく敬助にそう言って、合田は心を閉ざしてしまった。父親を恨みながら、もう母親にも会いたくないと言って、彼は自分の中に閉じこもった。それまで華々しい活躍をしていた仕事も全てキャンセルして、自宅マンションからも離れてしまう。彼は敬助が以前買って放置していた海の傍の別荘に移り住み、他人を拒絶して暮らし始めた。壊れたメンタルは彼から制作能力の半分を奪い、合田金属販売を離れてデザイナーとして活動することもできなくなった。
 彼が死なないでいてくれたことだけが唯一の救いだ。アクセサリーの材料が散らばった部屋で、虚ろな目をしていた彼を思い出す。あの頃に比べれば、今の彼はだいぶ回復しているのだろう。
「そうだ。うちの息子、ヘルパーさんを頼めることになったんです」
 佐藤の声に我に返った。食事も大方食べ終えて、鉄観音のいうお茶で一息ついたところだ。堀内、佐藤、山瀬はプライベートでも滅多に飲酒はしない。飲めない訳ではなく、合田がいつトラブルを起こして呼び出しが掛かるか分からないからだ。敬助は飲んでも構わないのに、息子のために働く部下に合わせてくれている。
「社長が知り合いの施設に当たってくれて、週三回自宅に来てくれることになって。もう少し状態がよくなれば、デイサービスに通うこともできるかもしれないって」
 詳しくは聞いていないが、佐藤の四歳になる息子は産まれたときから難病で一日中介護が必要な状態らしい。有事に合田を護る代わりに、仕事の時間は自由でいい。敬助がそう時間の融通をつけて佐藤を雇っている。合田に何かあったときのために、土日祝日も遠出と飲酒をしない『待機』は、堀内と佐藤の二人で分担する予定だったが、そんな事情で身軽な堀内がほぼ全てを引き受けているのだ。
「堀内さんには迷惑ばかり掛けてきましたけど、僕も『待機』ができそうなんです。今まで任せきりだった分、しばらく僕が引き受けようかと思っていて」
「いえ。お子さんもヘルパーさんに慣れないといけないし、焦ることはありませんよ。俺は独り身ですし。待機と言っても何も起こらないことの方が多かったですから」
 佐藤に気を遣わせないように多少大袈裟に言ってやる。実際トラブルはそれほどでもなかったが、合田に呼び出されることは多かった。一人じゃ寂しいとか、家政婦の食事が口に合わないとか、そんなくだらない理由ばかりだ。それに付き合うより、佐藤は息子の傍にいた方がいい。
「堀内さんはずっと気が休まる暇もないでしょう? たまには携帯の電源を切ってゆっくりしてほしいんですよ」
「ありがたい言葉です。じゃあ、しばらく今まで通り俺が待機をしますけど、何か予定が入ったときは代わってもらっていいですか?」
「もちろん」
 佐藤が嬉しそうに応じてくれるが、情けないことに来週も再来週もその次も、堀内に予定などなかった。合田のことを考えるので精一杯で、自分のために外出しようなどと思えない。呼び出しがない週でも、彼のメンタル不調について調べるために大きな本屋に行ったり、大学の公開講座に参加していると白状すれば呆れられそうだから、それは黙っておく。
「すまないね。土日祝日対応ができそうな人材を探しているんだが、なかなか君たちのような人間はいなくて」
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