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"Aquamarine-Aquarium
旧・高階水族館

2018年に某大手アミューズメント企業に吸収され、約半年間の改装工事の末に2019年4月29日(昭和の日)にリニューアルオープンした。

魚類は当然の事、哺乳類(海獣)、鳥類(ペンギン各種)、無脊椎動物(甲殻類や海月等)もさることながら、爬虫類コーナー、両棲類コーナーも存在する事が特色の一つとして上げられる。

なお、同敷地内には旧・高階水族館の頃から海洋科学研究所と併設しており、研究の一部を水族館の一角を借りて簡単に展示してもいる―――――"


「何見てんだ?」

人数の都合上助手席に座っていた一馬の真後ろに座っていた火輪が、身を乗り出して一馬の手元の紙を覗き込む。
その正体は見送り半分、冷やかし半分でやって来た緋月が押し付けてきた、パソコンでアップして印刷したという目的地の情報。
ほぼ文字オンリーの一枚目を無視して、低年齢層向けの水族館の案内やマップを表示したページを印刷した二枚目と三枚目を引ったくり、梓と両脇を挟んで座っている葵に満面の笑みで見せる。

…まあ行けばガイドブックだって売ってる事だし、と葵に掛かりっきりの梓を見て軽く黄昏れてから、シートに身を沈め、ラジオから流れる音楽をBGMに少しの間なら、と睡魔に身を委ねる事にした。



※※※※※※※※※※※※



海獣館、哺乳類ゾーンとも呼ばれる区画の、柵を挟んだ観覧側ではなく営業時間になればアシカがたむろする場所で、デッキブラシを立ててその頂きに顎を乗せて佇む男がいた。
その足元にはもう一本のデッキブラシと、万一残留しても――そうならないように細心の注意を払ってはいるが、動物たちが誤って口に含んでも大丈夫な素材しか入っていない洗剤が、一面くまなく床に擦られ泡立っていた。

「せんぱーい、準備出来ましたー」

気の抜けた声と足元と共にやって来たのは、浅月戴波だった。
先程までここで佇んでいた男――哉耶卓の、実は高校の時の先輩、後輩の間柄にある。
もっとも5歳も年齢が離れているので、同じ次期に通った事は無かったが。

それでもその高校というのが鹿児島県にあった辺り、上京した先で同じ学校のOBと会える確率などほぼ0%に等しいだろう。
まあそのような縁で半強制的に先輩呼びを戴波は義務づけられていた。
今の関係性も似たようなものだし、と。



ここに就職して4ヶ月、入った当初はアシカとオタリアの区別もついていなかった(実は今もあやふや)戴波だが、当時から何故か全ての動物に懐かれていた。
イルカなど調教師より懐いてくるし、触れ合う事すら出来ない水槽のガラス越しですら魚たちが寄って来る。
ペンギンとかなら微笑ましいで済むが、軽トラ並の巨体を誇るゾウアザラシ(オス・3歳)からの突進は流石に全力で逃げた。
飼育係が圧死なんて冗談にもならない。
昔から動物にはよく好かれて、だからこそ水族館に就職したのだが。


2人掛かりでホースで水を撒き、あらかたやったところで水切りワイパーで排水溝に流す。
戴波の職種は一応飼育係だが、新米な上にあちこちからその動物吸引体質を利用しないかと言われている為、一年毎に担当コーナーを変えてみないかと館長に相談(懇願)されたのはもはやいい思い出と化している(遠い目)。

「今日も暑くなりそうだなー」
「そうですね」
「最高気温36度だってよ」
「そうですね」
「気温じゃなくて体温だよな、それ」
「ソウデスネ」
「おま、途中から面倒臭いからって棒読みやめれ!
つか、い○とも?!」
「幾ら盆地だからって言っても、俺たちの故郷の方が暑いですからね」

先程も述べたが2人の母校は鹿児島県に有るのである。





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『懐かしのメロディー~夏・海ソングヒットメドレー』という捻りも何も無い番組名とサブタイトルがラジオから流れ、いつの間にか車内はプチカラオケボックスと化していた。

童謡の『海』や『我は海の子』、『泳げ鯛焼き君』など子供向けの歌から始まり、『涙そうそう』に『砂糖黍畑の唄』、邦画や洋画の主題歌だったり、しまいには…

「すっしっくいっねぇ~」

「さかな魚サカナ~魚を食べると~」

おいおいこれから行くの水族館だぞ、とツッコミを入れれる人間は生憎とこの場には不在だった。





9時27分、サザンのTUNAMIを熱唱した後、京都駅に隣接したバスターミナルの近くに停車した頃には全員の喉が嗄れかけていた。
苦笑しつつ帰りに電話してくれればまたここに迎えに来るから、と言って芹沢氏は職場へと向かった。

「「「「ありがとうございましたー」」」」

ペコッとお辞儀をして見送り、踵を返して今度は水族館近くまで行くバスに乗車する為、ターミナルの方へと歩いて行った。





待ち時間と移動時間を合わせれば、丁度開館時間の10時ぴったりにすぐ傍のバス停に到着。
全体的にマリンブルーとホワイトが配色された平屋建てで、玄関口の上部に英語とカタカナで『アクアマリン・アクアリウム』と書かれた看板が掲げてある。

ポカーンと口を開けてそれを眺める葵の手を梓が引き、階段を登って一馬が鞄から出した無料チケットを渡そうと入口受付に足を向けて、4人共硬直した。

そこにいたのは、職員用のネームプレートを左胸に付け、これから仮装大会かリオのカーニバルにでも行くのか、とツッコミを入れたくなる程奇抜な格好をした、どこからどう見ても成人男性のオネエ系受付嬢?がいました。

「あらいらっしゃ~い!貴方たちが今日のお客様第一号よ」
語尾に確実にハートマークが飛び交っている彼?に最初に正気を取り戻し、果敢にも話し掛けたのは最年少の少年だった。
「カヨルさん?」
「ちょっと字が見づらくてごめんなさ~い、"よ"じゃなくて"を"よ。私の名前はカ"ヲ"ル!」
ネームプレートに書かれた名前に首を傾げれば、ハートに加えて花(しかも曼珠沙華)まで飛んで来た。
「ああああのすいませんこのチケットなんですけど!」
ナチュラルに会話を2人が始めたところでようやく3人も正気に返り、チケットを渡して半券を貰った瞬間即行で館内に入って行った。



彼らはまだ知らない。
ここがこの水族館の出入り口であり、帰りもこの毎日が仮装大会の名物受付嬢、カヲル(馨)さん御年37歳と対面しなくてはならない事を………





「で、どこ行く?」
入口ゲート付近に備え付けてあったパンフレットを4枚取り、1つを大きく広げて全員で覗き込む。
「やっぱ水族館なんだから魚見よーぜ魚」
大きく分けてお魚館、ペンギン館、かいじゅう館、はちゅうるい館、りょうせいるい館となっている。
オーソドックスに魚を見て回り、昼にやるイルカショーを見て、ペンギン、時間が余ったら他の所も回る事にした。


「かいじゅうって、Gってやつ?」
「違う違う、あれは"怪獣"。"海獣"ってのはアシカとかアザラシとかだ」
海洋性哺乳類と言っても葵には理解出来ないだろう。
説明している火輪もあまりよく分かっていない。

その会話を聞いて一人、一馬は頭を痛めていた。
夏休みの課題でグループ研究(題材、Gについて)がまだ終わっていない事を思い出したらしい。


夏休みだから混んでいるかと思いきや、意外に客足は少なかった。
原因はこの近くのホテルで行われる首脳会談だったか、その程度の認識しか3人には無かった(葵はあまり気にしていない)。

それが原因で事件に巻き込まれるまで、後4時間―――
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