呪術
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【ここに過去はない】
「これより第---回医師国家試験を開始します」
監督員の声とほぼ同時に紙の擦れる音が会場中に散乱した。
「なまえは医者になんだろ?高専系列の病院に就職すんの?」
ジエチルエーテルに浸して絶命したラットをパペットの様にして遊びつつ、五条は問うてきた。命を粗末にすると呪われるぞ。
「そうなるだろうね。国試は受けるにしても、硝子と同じで学歴は適当にでっちあげるつもりだから堅気の病院は無理」
「反転術式やれんだから、医学?とかいらなくね?」
「いるんじゃね?」
麻酔を飲ませたラットはつい先ほど起きて、実験台の上を彷徨き出した。静脈注射したラットはまだ起きない。もしかしたら死んでしまったのかもしれない。
こいつらは仲間の死体がすぐ横にあっても気に留めない。自分が次にこうなることも思わない。時折、そんな無知が羨ましくなる。
高専は息をするみたいに簡単に人が死ぬから。絶対に死なないだろと思えるのは────ラットと自撮りを始めた────この悪友くらいなものだ。
今日は誰が重傷で、誰が致命傷?あ、心臓止まった。誰が手遅れ?誰が助かりそう?───眠る暇もない。非常勤の医師は24時間待機しているわけではないから、ケガ人の7割くらいは私と硝子が引き受けることになる。無免許なのに人使いが荒い。
自室のベッドが恋しかった。抱かれてもいい。むしろ抱かれたい。目の下に居座る隈は日に日に濃くなるばかりだ。
「高専残れば良いじゃん。系列病院行ったって老害のご機嫌とりと、ムダな延命治療やらされるだけだっつーの」
「どこの病院行ったってそんなもんだろ」
「非常勤のアイツも金金ばっかでやる気ねえし...ほとんど硝子となまえがやってんじゃん......」
キィキィとラットの金切り声が上がった。ケージの中では、絶食させていたネズミたちが空腹に耐えかねて、暴れている。
「────そっか、そうだ。なまえが常勤で医者やればいいよ。ここで」
「五条の我が儘に付き合うのは伊地知くらいだよ。私は嫌だ。給料ほしい」
「成る程。給料高くて、ボンクラが消えれば戻ってくんの?」
飢餓状態のラットたちは、ついに共食いを始めた。五条は我が儘だ。天上天下唯我独尊。おまけに好き嫌いが激しい。
誰も寄り付かない私の実験室にこうしてやってくるのも、自分の目に届く範囲に身内がいるか監視したいからだ。言い換えれば、私は五条に守られている。
「そうね、その時は戻ってきてやるよ」
数日で人生が決まるなんてナンセンスだ。どうせなら数時間に縮めてほしい。死刑宣告は早いに越したことはないのだから。最短で6年ある教育制度すらサボった私はせっかちなんだろう。国家試験に必要な資格は、つまり、時間だ。けれど私は6年も待てなかった。待たせるわけにはいかなかった。
今夜は雪が降るらしい。電車も車もきっと遅れる。高専の寮から試験会場はやや遠かった。移動が面倒だったので、近くのホテルをとって前日からそこで過ごしていた。硝子はというと、ちゃっかり高専近くの会場を引き当てていた。当日はギリギリまで寮で寝ているんだろう。
ビジネスホテルはやたらと乾燥する。私は10秒チャージと書かれたパウチを3つ吸い終えると、服を脱ぎ捨てて風呂場に入った。
直前予想メールに適当に目を通しながら、湯を溜めたバスタブに浸かる。どれもこれも的外れな気がする。
試験会場に喫煙室はない。医療従事者たるものどうのこうのと、説明をたれたのはどこかの大学教授。その胸ポケットには潰れたフィリップモリスが入っていた。コントじゃん。
私は禁煙中だから問題ない。そう思いながら立て続けに煙草を2、3本吸った。どれくらい保つだろうか、朝起きたら吸い溜めておかなければ。
試験会場は落ち着きがない雰囲気だった。人を殺せそうなくらい分厚い参考書を何冊もキャリーバッグに入れて(ジッパーが閉まり切っていなかったので中身が見えた)ノートを机いっぱいに広げている人。試験開始前に『やりきった』と言って号泣している人。寝袋にくるまって廊下で寝ている人。外ではゲリラライブをしている人たちもいた。自由で良い。開始まであと30分だった。そろそろ荷物を仕舞わないと。私は煙草の代わりにカロリーメイトをくわえて、試験開始をぼーっとしながら待っていた。膝掛けの使用許可をもらおうかまだ迷っていた。少し肌寒いが、あったかいと眠くなるから様子をみよう。時計の針を見つめる。秒針を追いかけていたら30分なんてあっという間だった。
監督員によって問題冊子が配られ、禁止事項を行わないよう促され、機械的なアナウンスが流れた。
「これより第---回医師国家試験を開始します」
監督員の声とほぼ同時に、紙の擦れる音が会場中に散乱した。冊子をめくれば試験が始まる。だが、問題を解く前からあまりやる気が出なかった。私は疲れていた。シャーペンを持ったまま頬杖をついてみる。問題用紙の表紙に書かれた、マークシートの記入例を眺めてみる。解きさえすれば私は合格するだろう。晴れて免許を手にして、私はどこかの呪術師専用の医療機関に捕われる。高専よりは暇だと嬉しい。高専よりは給料が多いと嬉しい。高専よりは、高専よりは、
1日目の試験は終わった。残すは明日だ。それが終われば当分、いや一生試験なんて受けないだろう。俯いたままホテルまでの道を歩く。
「.........ん?」
幻覚が見えた。ヤニ切れだろうか。
白髪に黒いグラサンの大男がホテルの前でクレープを頬張っていた。
「来ちゃった♡」
「キモ、変質者じゃん。何か用?」
「試験どうだった?緊張してんの?」
「多分受かる。自己採まあまあ良かった」
通りすがりの受験生がやべえと言いながら通り過ぎた。キミも受かるよ。合格率は9割以上だから、大丈夫でしょ。
「まじ?はやく高専帰って来いよ。七海はさっき就職決まったって言って出てったし。悟、寂しくて死んじゃう」
「ああ、結局就職したのか。七海はその方が向いてる」
「いや戻ってくるに1万」
「じゃあ私も戻ってくるに1万」
「賭けの意味ねぇ」
悟からクレープを奪うと大きく齧り付いた。空腹はあまり感じないが、どういうわけか糖分が欲しくなった。
「まっず...糖尿病なんじゃん。返すわ」
五条は受け取らなかった。代わりに携帯端末を取り出して荒い画像を示した。
「......非常勤だった医者いるじゃん。生徒見殺しにしてクビになったらしいよ」
「...ふーん」
「なまえ、席は用意しといたから、約束思い出しといて」
五条は私の頭を撫でると音もなく現れた車に向かって歩き出した。彼は私が約束を忘れていないと確信している。
私はマフラーに顎を埋めた。エーテルの甘ったるい匂いと実験室の寒さを思い出した。
「待ってるよ」
「......受かったら連絡する」
私は受かるだろう。根拠はないけれど、驕りもない。たった数日で人生が決まるのはナンセンスだ。じゃあ今みたいに数秒で人生が決まるのは?今日は誰が重傷で、誰が致命傷?あ、心臓止まった。誰が手遅れ?誰が助かりそう?───眠る暇もない。呆れる。......もう考えるのは止めよう。私はタイトレーションが得意だ。
漠然とした自信の中で生クリームの崩れたクレープだけが暖かい。
「これより第---回医師国家試験を開始します」
監督員の声とほぼ同時に紙の擦れる音が会場中に散乱した。
「なまえは医者になんだろ?高専系列の病院に就職すんの?」
ジエチルエーテルに浸して絶命したラットをパペットの様にして遊びつつ、五条は問うてきた。命を粗末にすると呪われるぞ。
「そうなるだろうね。国試は受けるにしても、硝子と同じで学歴は適当にでっちあげるつもりだから堅気の病院は無理」
「反転術式やれんだから、医学?とかいらなくね?」
「いるんじゃね?」
麻酔を飲ませたラットはつい先ほど起きて、実験台の上を彷徨き出した。静脈注射したラットはまだ起きない。もしかしたら死んでしまったのかもしれない。
こいつらは仲間の死体がすぐ横にあっても気に留めない。自分が次にこうなることも思わない。時折、そんな無知が羨ましくなる。
高専は息をするみたいに簡単に人が死ぬから。絶対に死なないだろと思えるのは────ラットと自撮りを始めた────この悪友くらいなものだ。
今日は誰が重傷で、誰が致命傷?あ、心臓止まった。誰が手遅れ?誰が助かりそう?───眠る暇もない。非常勤の医師は24時間待機しているわけではないから、ケガ人の7割くらいは私と硝子が引き受けることになる。無免許なのに人使いが荒い。
自室のベッドが恋しかった。抱かれてもいい。むしろ抱かれたい。目の下に居座る隈は日に日に濃くなるばかりだ。
「高専残れば良いじゃん。系列病院行ったって老害のご機嫌とりと、ムダな延命治療やらされるだけだっつーの」
「どこの病院行ったってそんなもんだろ」
「非常勤のアイツも金金ばっかでやる気ねえし...ほとんど硝子となまえがやってんじゃん......」
キィキィとラットの金切り声が上がった。ケージの中では、絶食させていたネズミたちが空腹に耐えかねて、暴れている。
「────そっか、そうだ。なまえが常勤で医者やればいいよ。ここで」
「五条の我が儘に付き合うのは伊地知くらいだよ。私は嫌だ。給料ほしい」
「成る程。給料高くて、ボンクラが消えれば戻ってくんの?」
飢餓状態のラットたちは、ついに共食いを始めた。五条は我が儘だ。天上天下唯我独尊。おまけに好き嫌いが激しい。
誰も寄り付かない私の実験室にこうしてやってくるのも、自分の目に届く範囲に身内がいるか監視したいからだ。言い換えれば、私は五条に守られている。
「そうね、その時は戻ってきてやるよ」
数日で人生が決まるなんてナンセンスだ。どうせなら数時間に縮めてほしい。死刑宣告は早いに越したことはないのだから。最短で6年ある教育制度すらサボった私はせっかちなんだろう。国家試験に必要な資格は、つまり、時間だ。けれど私は6年も待てなかった。待たせるわけにはいかなかった。
今夜は雪が降るらしい。電車も車もきっと遅れる。高専の寮から試験会場はやや遠かった。移動が面倒だったので、近くのホテルをとって前日からそこで過ごしていた。硝子はというと、ちゃっかり高専近くの会場を引き当てていた。当日はギリギリまで寮で寝ているんだろう。
ビジネスホテルはやたらと乾燥する。私は10秒チャージと書かれたパウチを3つ吸い終えると、服を脱ぎ捨てて風呂場に入った。
直前予想メールに適当に目を通しながら、湯を溜めたバスタブに浸かる。どれもこれも的外れな気がする。
試験会場に喫煙室はない。医療従事者たるものどうのこうのと、説明をたれたのはどこかの大学教授。その胸ポケットには潰れたフィリップモリスが入っていた。コントじゃん。
私は禁煙中だから問題ない。そう思いながら立て続けに煙草を2、3本吸った。どれくらい保つだろうか、朝起きたら吸い溜めておかなければ。
試験会場は落ち着きがない雰囲気だった。人を殺せそうなくらい分厚い参考書を何冊もキャリーバッグに入れて(ジッパーが閉まり切っていなかったので中身が見えた)ノートを机いっぱいに広げている人。試験開始前に『やりきった』と言って号泣している人。寝袋にくるまって廊下で寝ている人。外ではゲリラライブをしている人たちもいた。自由で良い。開始まであと30分だった。そろそろ荷物を仕舞わないと。私は煙草の代わりにカロリーメイトをくわえて、試験開始をぼーっとしながら待っていた。膝掛けの使用許可をもらおうかまだ迷っていた。少し肌寒いが、あったかいと眠くなるから様子をみよう。時計の針を見つめる。秒針を追いかけていたら30分なんてあっという間だった。
監督員によって問題冊子が配られ、禁止事項を行わないよう促され、機械的なアナウンスが流れた。
「これより第---回医師国家試験を開始します」
監督員の声とほぼ同時に、紙の擦れる音が会場中に散乱した。冊子をめくれば試験が始まる。だが、問題を解く前からあまりやる気が出なかった。私は疲れていた。シャーペンを持ったまま頬杖をついてみる。問題用紙の表紙に書かれた、マークシートの記入例を眺めてみる。解きさえすれば私は合格するだろう。晴れて免許を手にして、私はどこかの呪術師専用の医療機関に捕われる。高専よりは暇だと嬉しい。高専よりは給料が多いと嬉しい。高専よりは、高専よりは、
1日目の試験は終わった。残すは明日だ。それが終われば当分、いや一生試験なんて受けないだろう。俯いたままホテルまでの道を歩く。
「.........ん?」
幻覚が見えた。ヤニ切れだろうか。
白髪に黒いグラサンの大男がホテルの前でクレープを頬張っていた。
「来ちゃった♡」
「キモ、変質者じゃん。何か用?」
「試験どうだった?緊張してんの?」
「多分受かる。自己採まあまあ良かった」
通りすがりの受験生がやべえと言いながら通り過ぎた。キミも受かるよ。合格率は9割以上だから、大丈夫でしょ。
「まじ?はやく高専帰って来いよ。七海はさっき就職決まったって言って出てったし。悟、寂しくて死んじゃう」
「ああ、結局就職したのか。七海はその方が向いてる」
「いや戻ってくるに1万」
「じゃあ私も戻ってくるに1万」
「賭けの意味ねぇ」
悟からクレープを奪うと大きく齧り付いた。空腹はあまり感じないが、どういうわけか糖分が欲しくなった。
「まっず...糖尿病なんじゃん。返すわ」
五条は受け取らなかった。代わりに携帯端末を取り出して荒い画像を示した。
「......非常勤だった医者いるじゃん。生徒見殺しにしてクビになったらしいよ」
「...ふーん」
「なまえ、席は用意しといたから、約束思い出しといて」
五条は私の頭を撫でると音もなく現れた車に向かって歩き出した。彼は私が約束を忘れていないと確信している。
私はマフラーに顎を埋めた。エーテルの甘ったるい匂いと実験室の寒さを思い出した。
「待ってるよ」
「......受かったら連絡する」
私は受かるだろう。根拠はないけれど、驕りもない。たった数日で人生が決まるのはナンセンスだ。じゃあ今みたいに数秒で人生が決まるのは?今日は誰が重傷で、誰が致命傷?あ、心臓止まった。誰が手遅れ?誰が助かりそう?───眠る暇もない。呆れる。......もう考えるのは止めよう。私はタイトレーションが得意だ。
漠然とした自信の中で生クリームの崩れたクレープだけが暖かい。
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