ファイアパンチ
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【僕たちがとても小さかった頃】
互いの首を締め合うような恋愛だった。
100年を過ぎた頃、わたしたちは静かに狂い始めた。人が減った今、思想統制で娯楽もないし擦り切れた膣は快感を拾わない。体より先に感情が死んでいった。抱き合っても体を重ねても、熱は生まれない。もはやトガタはわたしの一部のようになっていた。わたしはトガタの一部になっている。自分自身を慈しんだところで、どうしろというのだ。
ホームシアターのせいで部屋の中は昼間よりも明るい。
「トガタ、なに見てんの?」
「“サウスパーク/無修整映画版”。テレビシリーズとは違ってなんとミュージカル!見るのこれで101回目ですね」
「飽きない?そんなに見て」
トガタはミュート設定にすると主人公のセリフを誦じた。アンクルファッカー!それって暗記する意味ある?
「......そろそろなんか食べようよ」
食事をするとしないよりもストレスが減るらしいと知って、でも食べ物なんて持ち合わせていなかったから、手足を交互に切り落として、血肉を啜った。潰れた断面を晒し合うのがどうしようもなく楽しくて、血で赤く染まった歯茎を剥き出して大笑いした。──これはいつの話だろう。100年前のことが昨日のことのように思える。昨日のことが100年前のことに思える。
「もうそんな時間?食べなくてもいいでしょ、意味ないじゃん」
「トガタが言い出したんじゃない......わたしだっけ......」
「なる.....ほど....私はそんなこと言わない」
「じゃあ、わたし?」
鍋にはわたしとトガタの肉が煮詰まっていた。咀嚼されることもなく捨てられることが決まったそれら。リサイクルって本当に難しい。
「──今日はどうやって自殺しようか?」
痛みには慣れた。刃で抉られる不快感には慣れないけれど、未だに嫌だと思うけれど。親しい人の命日が近づけば、さよならをした日を思い出して涙腺は緩むけれど。
死んだように生きているから、死んでいるも同然だ。わざわざ自殺する必要なんてあるんだろうか。
「トガタもうやめない?自殺するの飽きちゃった」
「えっ、拷問にする?」
「デートしようのノリで言わないで」
ショートケーキ飽きたの。それじゃあチョコレートケーキ食べれば?どっちも嫌。
「盗んできた缶詰もあんまないし、ハメ撮りしながらなまえの子宮食べさせてよ」
「いいけど...生臭いって言ってたじゃん。食べる気あるなら狼で狩ってくれば?」
「キミさ私が全知全能だとでも思ってんのかよ。アイツらめちゃくちゃしつこいんだって。ディズニーは友好的に狼を描写し過ぎてるね」
「知ってる。でも毛皮モフモフだよ、ほら」
わたしは壁に飾ってある狼の生首を示す。
「モフモフなのはなまえだけで充分でしょ」
「どこ見て言ってる?」
プリンセスごっこのつもりで群れに呑まれた時は絶望的だった。──いつだって夢も希望もないのは置いといて──ゆうに7日間は体を貪られた。
トガタの方が再生能力が強いから、隙をついて胴体だけになったわたしを抱えて逃げ出したんだ。てっきり見捨てられると思っていたのに、彼女は変なところで律儀だ。
トガタは女扱いすると嫌がるし、男扱いしても嫌がる。惹かれたのはそういうところ。
もうじき、わたしたちは旧世代の人間となる。新たに生まれた人類は炎を片手に身を寄せ合って暮らしている。──ほとんど猿じゃない。
新世代の人間を冷やかしにわたしたちは時折、廃墟に出かけた。忍び込んだ民家では、再生能力を持たない人々がわずかな食料を前に殺し合っているか、子作りしているかの2択だった。夢中になってグロテスクな現場に見入った。
人間の本能って面白い。生存本能は性欲と食欲だけを残して理性を溶かす。この2つの欲が見事に欠けたわたしは、きっと人間ではないのだろう。理性すらも朽ちていく。
頭のいい人とまともな人は、とっくの昔に地球を捨てて旅立った。
実際、神の愛が全てだと言い残して、父は他の星に消えた。
神の愛より男の愛の方が信頼できると言い遺して母は森に消えた。
“愛”そのものを信じられなかったわたしには、どちらも無駄な忠告だった。
愛がそんなに偉いのか。いっそ性別なんてなくなればいいのに。世界から人が消えれば、何もかも気にならなくなるのに。
もしも死が全てを解決するのなら、どんなに喜ばしいか。枯れゆく景色はホワイトアウトしたままこの先ずっと変わり映えしないだろう。彼女との生活も、そう。
終わりを迎えられないまま、決断を先延ばしにして、わたしたちは今夜も首を締め合うのだ。
「飽きたけど、爆弾系なら試してもいいよ」
そう言いながら、わたしは鍋に沈むわたしの腕を噛み砕いた。味がしなかった。彼女は目を輝かせる。DVDでごちゃつく本棚からおもちゃみたいなグレネードを取り出した。
「わかるよ。直で爆風を感じたい時ってあるよね」
楽しい楽しい、自殺計画。映画を背にして、互い違いに手榴弾のピンを咥えて見つめ合う。せーので引っ張れば流石に死ねるだろう。まさしくラストシーン。撃ち抜かれるのは心か心臓か。
「来世はグアナファトでダイナーでも開いて待ってるよ」
「わたしは猫になって会いに行くね」
けれど、わたしの指は凍りついたまま動かない。
互いの首を締め合うような恋愛だった。
100年を過ぎた頃、わたしたちは静かに狂い始めた。人が減った今、思想統制で娯楽もないし擦り切れた膣は快感を拾わない。体より先に感情が死んでいった。抱き合っても体を重ねても、熱は生まれない。もはやトガタはわたしの一部のようになっていた。わたしはトガタの一部になっている。自分自身を慈しんだところで、どうしろというのだ。
ホームシアターのせいで部屋の中は昼間よりも明るい。
「トガタ、なに見てんの?」
「“サウスパーク/無修整映画版”。テレビシリーズとは違ってなんとミュージカル!見るのこれで101回目ですね」
「飽きない?そんなに見て」
トガタはミュート設定にすると主人公のセリフを誦じた。アンクルファッカー!それって暗記する意味ある?
「......そろそろなんか食べようよ」
食事をするとしないよりもストレスが減るらしいと知って、でも食べ物なんて持ち合わせていなかったから、手足を交互に切り落として、血肉を啜った。潰れた断面を晒し合うのがどうしようもなく楽しくて、血で赤く染まった歯茎を剥き出して大笑いした。──これはいつの話だろう。100年前のことが昨日のことのように思える。昨日のことが100年前のことに思える。
「もうそんな時間?食べなくてもいいでしょ、意味ないじゃん」
「トガタが言い出したんじゃない......わたしだっけ......」
「なる.....ほど....私はそんなこと言わない」
「じゃあ、わたし?」
鍋にはわたしとトガタの肉が煮詰まっていた。咀嚼されることもなく捨てられることが決まったそれら。リサイクルって本当に難しい。
「──今日はどうやって自殺しようか?」
痛みには慣れた。刃で抉られる不快感には慣れないけれど、未だに嫌だと思うけれど。親しい人の命日が近づけば、さよならをした日を思い出して涙腺は緩むけれど。
死んだように生きているから、死んでいるも同然だ。わざわざ自殺する必要なんてあるんだろうか。
「トガタもうやめない?自殺するの飽きちゃった」
「えっ、拷問にする?」
「デートしようのノリで言わないで」
ショートケーキ飽きたの。それじゃあチョコレートケーキ食べれば?どっちも嫌。
「盗んできた缶詰もあんまないし、ハメ撮りしながらなまえの子宮食べさせてよ」
「いいけど...生臭いって言ってたじゃん。食べる気あるなら狼で狩ってくれば?」
「キミさ私が全知全能だとでも思ってんのかよ。アイツらめちゃくちゃしつこいんだって。ディズニーは友好的に狼を描写し過ぎてるね」
「知ってる。でも毛皮モフモフだよ、ほら」
わたしは壁に飾ってある狼の生首を示す。
「モフモフなのはなまえだけで充分でしょ」
「どこ見て言ってる?」
プリンセスごっこのつもりで群れに呑まれた時は絶望的だった。──いつだって夢も希望もないのは置いといて──ゆうに7日間は体を貪られた。
トガタの方が再生能力が強いから、隙をついて胴体だけになったわたしを抱えて逃げ出したんだ。てっきり見捨てられると思っていたのに、彼女は変なところで律儀だ。
トガタは女扱いすると嫌がるし、男扱いしても嫌がる。惹かれたのはそういうところ。
もうじき、わたしたちは旧世代の人間となる。新たに生まれた人類は炎を片手に身を寄せ合って暮らしている。──ほとんど猿じゃない。
新世代の人間を冷やかしにわたしたちは時折、廃墟に出かけた。忍び込んだ民家では、再生能力を持たない人々がわずかな食料を前に殺し合っているか、子作りしているかの2択だった。夢中になってグロテスクな現場に見入った。
人間の本能って面白い。生存本能は性欲と食欲だけを残して理性を溶かす。この2つの欲が見事に欠けたわたしは、きっと人間ではないのだろう。理性すらも朽ちていく。
頭のいい人とまともな人は、とっくの昔に地球を捨てて旅立った。
実際、神の愛が全てだと言い残して、父は他の星に消えた。
神の愛より男の愛の方が信頼できると言い遺して母は森に消えた。
“愛”そのものを信じられなかったわたしには、どちらも無駄な忠告だった。
愛がそんなに偉いのか。いっそ性別なんてなくなればいいのに。世界から人が消えれば、何もかも気にならなくなるのに。
もしも死が全てを解決するのなら、どんなに喜ばしいか。枯れゆく景色はホワイトアウトしたままこの先ずっと変わり映えしないだろう。彼女との生活も、そう。
終わりを迎えられないまま、決断を先延ばしにして、わたしたちは今夜も首を締め合うのだ。
「飽きたけど、爆弾系なら試してもいいよ」
そう言いながら、わたしは鍋に沈むわたしの腕を噛み砕いた。味がしなかった。彼女は目を輝かせる。DVDでごちゃつく本棚からおもちゃみたいなグレネードを取り出した。
「わかるよ。直で爆風を感じたい時ってあるよね」
楽しい楽しい、自殺計画。映画を背にして、互い違いに手榴弾のピンを咥えて見つめ合う。せーので引っ張れば流石に死ねるだろう。まさしくラストシーン。撃ち抜かれるのは心か心臓か。
「来世はグアナファトでダイナーでも開いて待ってるよ」
「わたしは猫になって会いに行くね」
けれど、わたしの指は凍りついたまま動かない。
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