呪術
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【ありふれた群集劇】
少女漫画はあまり好きではない。否、嫌いではないけどと前置きした方が正しいかもしれない。友達の付き合いで読んでいたがヒロインがグジグジしていて、見ていてすごくもどかしい。早く付き合えよ、それか振られてから悩めばいいだろ。死ぬわけじゃあるまいし。
か弱くて儚くて大人しいヒロインばかりの漫画は私にとって共感できるところがなかった。もし白馬の王子様が来たら、まず馬の足を叩き潰して再起不能にする、そうして落馬させたところを助けて、私はあなたの恩人ですとかやればいいと思う。動物愛護?人間愛護の間違いでしょ、誰かを好きになって生きることはいつだって命がけなの。
「好きだ」
さて、どんな王子様がいるのかと振り返ると見慣れた顔があった。
「え、私?」
「うん」
「.....この状況で?」
2人揃っての共同任務。負傷こそしなかったが呪霊の返り血を死ぬほど浴びて、お互いの足元には色づいた水たまりがいくつも出来上がっている。全身ドロドロだった。せめて顔だけはきれいにしようと、手にしたハンカチはすでに白い部分が消えている。血もしたたるなんとやら。
「あのさ、」
私は頭の上に疑問符を浮かべたまま、虎杖の次の言葉を待つ。吊り橋効果ってやつ?戦った後でテンション上がってるせい?
「勢いで言ったけど、返事とか、別にいいから」
「そう.....」
虎杖は袖で顔を拭うフリをしてこちらから顔をそむけた。本気なの、つーか勢いってなんだよ。色々言いたいことはあったが、虎杖の耳は真っ赤になっていて、私は口を開けたまま固まってしまった。
「払ったし、戻ろうぜ」
おい、馬はどこよ。再起不能にするどころか来てもないじゃない。私は少女漫画を読んではつまんないと、ため息をついていた頃の自分を怒鳴りつけたくなった。
「......悪いけど、そんな気分じゃないのよ」
---------
「寝不足?」
「うーん。それっぽい」
「お前、昨日遅くまで映画見てたろ」
「あれ、ごめん音うるさかった?」
「いや……苛ついたけど聞いてたら、つまんなくて寝落ちしたからちょうどいい」
「なんの映画見てたの?」
虎杖は、全然聞いたこともない題名をいくつか挙げた。
「なんかお勧めある?つまんないだろうけど」
「見てて笑ったのは、」
虎杖が指折り数えたのは、ふざけた名前の映画だった。グロ映画よりよっぽどえげつないもん見てるでしょ、興味無。と言い放って野薔薇は雑誌を拡げ始めた。あとで新色のシャドウを教えてもらおう。
「──そんで、ゾンビ化したビーバーが、キャンプに来てたパリピに襲いかかるんだけど、」
「ビーバーってどっちのビーバー?」
「動物の方。池に巣をつくる方」
「湖だろ」
「池と湖ってどう違うっけ」
私たちは、それぞれの携帯端末を机の下で開いた。
【検索欄】 池 湖 違い
【検索結果】 厳密な違いはない
「なるほど」
「なるほど……話を戻そうぜ」
「なあ、B級映画ってそんなに面白いか?寝落ちするには丁度いいが、いまいち魅力がわからない」
「つまんなくてクオリティー低いのが良いんだって」
「でた、B級映画好きあるある」
「あるある知ってんじゃん」
いつものくだらない会話。いつものダベり。なのに、違和感があるのはどうしてだろう。会話はやがて、各自が好きな映画を教え合う流れに変わった。
私は違和感を口にできないまま、いつ見たのか定かでない、映画のあらすじを言う。
虎杖と一度も目が合わなかったことに、部屋に戻ってから気づいた。
---------
水を絞ったスポンジにファンデーションをとり、肌に滑らせる。粒子の細かい粉をブラシで舞い上がらせながら、額に鼻に顎にはたく。
頬の艶が消えていないことを確かめてから、唇を淡く塗り、睫毛をカールさせた。
何色にしようかと、取り出したアイシャドウが砕けていたので、投げすてる。
ラメが入っているとすぐボロボロになるんだから……。
お気に入りだったのに色褪せて見えるのは、カラフルな広告に負けて、華やかな新色を買ってしまったせいだ。
視界の端に液晶端末がチラチラ入り込む。
『メッセージはありません』
『通知はありません』
人工知能が勝手に読み上げるのは、どうでもいいニュースだけ。
鏡に疲れた顔がうつる。本当に自分の顔かと二度見した。
厚塗りしたくないといいつつ、コンシーラーを隈に塗ってファンデーションで伸ばす。
告白を袖にした日から、明らかに虎杖の態度がおかしい。
呼び止めても以前のような気楽さはなくなり、視線を合わせないのはおろか、下手すれば初対面の頃よりもよそよそしい。根明で誰に対しても気さくなのが虎杖の良いところだったのに。これではまるで虎杖らしくない。話があるとメッセージを送っても既読がつくだけで、返事はない。電話しても、その翌日になんかあったの?と教室や移動先で直接聞いてくる。
こういう時だけ頭が回るのが虎杖の厄介なところ。人がいる場所で──数少ない同級生やら先輩やらがいる──大っぴらに話せないから、連絡したというのに。
……なんで私の方が不安になってるんだ。そうじゃないだろう。
振った側と振られた側の心境、立場を入れ変えて暫し考える。いわゆるチェス盤をひっくり返すというやつ。が、わからない。そりゃそうだ、私と虎杖は別の人間なんだから。
「私は、私だ」
鏡を見据える。鏡の中から生意気そうな女がこちらを睨む。野薔薇の受け売りじゃないけれど、それこそ彼女と私は姉妹みたいなものだ。
あたり前に自らを誇った。いつも自分らしくあること、それだけが存在証明だった。
どうせなら、他人にも自分らしくあってほしい。過ぎたエゴで構わない。私はエゴを守るために────野薔薇と一緒ではあるけれど───盛岡まで4時間かかるド田舎を脱出して東京に来たのだから。
「化粧してる場合じゃないな」
つけ過ぎて肌に浮いたファンデーションをぬぐい、もう一度口紅を引いた。
---------
寮の共同スペースで虎杖を見とめると、壁に追いやった。壁ドン。
ただならぬ雰囲気を察してか、まばらにいた生徒たちはいっせいに消え失せた。
「お前、私と付き合え」
「はい!?なんで!?」
「今決めた。返事しろ、はやく」
「この前、俺フラれたよね?」
「気が変わったの。“はいorはい”で返事しろ」
あの時もこの時も思い返せばコイツの後ろ姿ばかり思い浮かぶ。庇われていたんだ、助けられていたんだ。その場にいたのが私じゃなくたって、きっと虎杖は誰彼構わず助けようとするだろうけど。無差別に誰かを救うなんてマネは私にはできない。せいぜい、私の中の椅子取りゲームで勝った人を気にかけるくらいしかできない。ゲームで優勝したのは、
「守ってやるから虎杖も私を助けなさい」
私は文字通り虎杖の胸に釘を刺した。少しでもふざけたことをヌかしたら殺す。
守る。その言葉の重みなんて知らない。でも、アンタの持つ私への気持ちくらいなら守れる。
いつもじゃなくていいけど、底抜けに明るく笑っていてくれ。
降参のポーズをしているが、金槌をかざしても虎杖は身じろぎひとつしない。笑いだす一歩手前のような顔をしている。
「はい……一生ついて行きます。姐さん」
「目が高いな。褒めてつかわす」
私は呪具をしまった。背を伸ばし虎杖の頬を両手で包んだ。
なになになに!?
黙れ、空気読めよ抱きしめろ。
---------
「東京だとお化け屋敷に年齢制限なんてあるのね。やばい楽しそう」
「これなんか心臓が悪い人はダメなんだって」
「お前ら、はしゃぎすぎだろ」
毒々しい色合いのパンフレットを指差し、釘崎となまえ と3人して騒ぐと、珍しくもなさそうに眺めていた伏黒に嗜められた。やっぱ都会住みは違いますね。卒業するくらいには行けるんじゃない、つーか行こう。
ドッグイヤーをつけていくとあっという間に、パンフレットは折り目だらけになった。
「伏黒ーなんか書くもん貸して、印つけたい」
伏黒はなまえにペンケースごと放って寄越した。彼女はノールックで受け取ると適当にペンをとりめぼしい箇所に丸を書き込んでいく。
待って、このボールペン可愛い。
可愛いか……?
いらないなら頂戴。
釘崎にはやらねえよ、俺が要る。
ねえねえ、このシャーペン、持ち手のとこのグリップが柔らかくていいわね。
そうか。
釘崎は伏黒のペンケースを覗いて、あれこれ物色している。伏黒は止めることはなかったが、ボールペンは取り上げた。
なんだか面白そうだったので、俺も自分のペンケースを机に置いて、筆記用具を広げてみた。
「あ、忘れてた。俺それまで生きてんのかわかんないんだ」
「「………」」
なんの気なしに言ったつもりだったが、3人とも固まってしまった。
「あーー悪い。でも思ったほど死ぬことに、悔いとかないんだよなあ。実感がないっていうのもあるけど」
むしろ、生きていることで悔いが残る。
生き様で後悔したくないのに。
「それは、わからないだろ、まだ、」
あからさまに言葉につまった伏黒を見て、釘崎は吹き出した。
「いいのよ、忘れたままで」
「割と深刻なことじゃね?」
「みんないつかは死ぬもの」
「まあね」
「釘崎は長生きしそうだけどな」
「あはは、どういう意味だそれ」
釘崎は俺と伏黒のシャーペンを分解し、勝手に部品を交換して組み立てた。
「死刑にならなくても呪術師なんてやってたら、早死に待ったなしじゃない。今、次の瞬間死んでたっておかしくないし」
頷いて、伏黒は配色がおかしくなったシャーペンをこちらに寄越した。あとで戻してやろうと思いつつ受け取る。
悔いのない死がどうのこうの、ってどうだっていいと思うの。なまえは笑いながら冗談のように口を開いた。
私は、悔いのない人生に意味なんてないと思う。
向けられたのは辛辣な言葉ではなく、優しげな笑顔だった。体の奥、深く柔らかいところを撫でられたようで、戸惑う。
彼女は暗に、悩む必要はないと気遣ってくれたらしい。これは予想外。頬杖をついた腕がずるっと滑った。
背景に薔薇の花が咲き乱れることはなかったが、その代わり、薔薇よりもずっと赤い実が弾けた。
少女漫画はあまり好きではない。否、嫌いではないけどと前置きした方が正しいかもしれない。友達の付き合いで読んでいたがヒロインがグジグジしていて、見ていてすごくもどかしい。早く付き合えよ、それか振られてから悩めばいいだろ。死ぬわけじゃあるまいし。
か弱くて儚くて大人しいヒロインばかりの漫画は私にとって共感できるところがなかった。もし白馬の王子様が来たら、まず馬の足を叩き潰して再起不能にする、そうして落馬させたところを助けて、私はあなたの恩人ですとかやればいいと思う。動物愛護?人間愛護の間違いでしょ、誰かを好きになって生きることはいつだって命がけなの。
「好きだ」
さて、どんな王子様がいるのかと振り返ると見慣れた顔があった。
「え、私?」
「うん」
「.....この状況で?」
2人揃っての共同任務。負傷こそしなかったが呪霊の返り血を死ぬほど浴びて、お互いの足元には色づいた水たまりがいくつも出来上がっている。全身ドロドロだった。せめて顔だけはきれいにしようと、手にしたハンカチはすでに白い部分が消えている。血もしたたるなんとやら。
「あのさ、」
私は頭の上に疑問符を浮かべたまま、虎杖の次の言葉を待つ。吊り橋効果ってやつ?戦った後でテンション上がってるせい?
「勢いで言ったけど、返事とか、別にいいから」
「そう.....」
虎杖は袖で顔を拭うフリをしてこちらから顔をそむけた。本気なの、つーか勢いってなんだよ。色々言いたいことはあったが、虎杖の耳は真っ赤になっていて、私は口を開けたまま固まってしまった。
「払ったし、戻ろうぜ」
おい、馬はどこよ。再起不能にするどころか来てもないじゃない。私は少女漫画を読んではつまんないと、ため息をついていた頃の自分を怒鳴りつけたくなった。
「......悪いけど、そんな気分じゃないのよ」
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「寝不足?」
「うーん。それっぽい」
「お前、昨日遅くまで映画見てたろ」
「あれ、ごめん音うるさかった?」
「いや……苛ついたけど聞いてたら、つまんなくて寝落ちしたからちょうどいい」
「なんの映画見てたの?」
虎杖は、全然聞いたこともない題名をいくつか挙げた。
「なんかお勧めある?つまんないだろうけど」
「見てて笑ったのは、」
虎杖が指折り数えたのは、ふざけた名前の映画だった。グロ映画よりよっぽどえげつないもん見てるでしょ、興味無。と言い放って野薔薇は雑誌を拡げ始めた。あとで新色のシャドウを教えてもらおう。
「──そんで、ゾンビ化したビーバーが、キャンプに来てたパリピに襲いかかるんだけど、」
「ビーバーってどっちのビーバー?」
「動物の方。池に巣をつくる方」
「湖だろ」
「池と湖ってどう違うっけ」
私たちは、それぞれの携帯端末を机の下で開いた。
【検索欄】 池 湖 違い
【検索結果】 厳密な違いはない
「なるほど」
「なるほど……話を戻そうぜ」
「なあ、B級映画ってそんなに面白いか?寝落ちするには丁度いいが、いまいち魅力がわからない」
「つまんなくてクオリティー低いのが良いんだって」
「でた、B級映画好きあるある」
「あるある知ってんじゃん」
いつものくだらない会話。いつものダベり。なのに、違和感があるのはどうしてだろう。会話はやがて、各自が好きな映画を教え合う流れに変わった。
私は違和感を口にできないまま、いつ見たのか定かでない、映画のあらすじを言う。
虎杖と一度も目が合わなかったことに、部屋に戻ってから気づいた。
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水を絞ったスポンジにファンデーションをとり、肌に滑らせる。粒子の細かい粉をブラシで舞い上がらせながら、額に鼻に顎にはたく。
頬の艶が消えていないことを確かめてから、唇を淡く塗り、睫毛をカールさせた。
何色にしようかと、取り出したアイシャドウが砕けていたので、投げすてる。
ラメが入っているとすぐボロボロになるんだから……。
お気に入りだったのに色褪せて見えるのは、カラフルな広告に負けて、華やかな新色を買ってしまったせいだ。
視界の端に液晶端末がチラチラ入り込む。
『メッセージはありません』
『通知はありません』
人工知能が勝手に読み上げるのは、どうでもいいニュースだけ。
鏡に疲れた顔がうつる。本当に自分の顔かと二度見した。
厚塗りしたくないといいつつ、コンシーラーを隈に塗ってファンデーションで伸ばす。
告白を袖にした日から、明らかに虎杖の態度がおかしい。
呼び止めても以前のような気楽さはなくなり、視線を合わせないのはおろか、下手すれば初対面の頃よりもよそよそしい。根明で誰に対しても気さくなのが虎杖の良いところだったのに。これではまるで虎杖らしくない。話があるとメッセージを送っても既読がつくだけで、返事はない。電話しても、その翌日になんかあったの?と教室や移動先で直接聞いてくる。
こういう時だけ頭が回るのが虎杖の厄介なところ。人がいる場所で──数少ない同級生やら先輩やらがいる──大っぴらに話せないから、連絡したというのに。
……なんで私の方が不安になってるんだ。そうじゃないだろう。
振った側と振られた側の心境、立場を入れ変えて暫し考える。いわゆるチェス盤をひっくり返すというやつ。が、わからない。そりゃそうだ、私と虎杖は別の人間なんだから。
「私は、私だ」
鏡を見据える。鏡の中から生意気そうな女がこちらを睨む。野薔薇の受け売りじゃないけれど、それこそ彼女と私は姉妹みたいなものだ。
あたり前に自らを誇った。いつも自分らしくあること、それだけが存在証明だった。
どうせなら、他人にも自分らしくあってほしい。過ぎたエゴで構わない。私はエゴを守るために────野薔薇と一緒ではあるけれど───盛岡まで4時間かかるド田舎を脱出して東京に来たのだから。
「化粧してる場合じゃないな」
つけ過ぎて肌に浮いたファンデーションをぬぐい、もう一度口紅を引いた。
---------
寮の共同スペースで虎杖を見とめると、壁に追いやった。壁ドン。
ただならぬ雰囲気を察してか、まばらにいた生徒たちはいっせいに消え失せた。
「お前、私と付き合え」
「はい!?なんで!?」
「今決めた。返事しろ、はやく」
「この前、俺フラれたよね?」
「気が変わったの。“はいorはい”で返事しろ」
あの時もこの時も思い返せばコイツの後ろ姿ばかり思い浮かぶ。庇われていたんだ、助けられていたんだ。その場にいたのが私じゃなくたって、きっと虎杖は誰彼構わず助けようとするだろうけど。無差別に誰かを救うなんてマネは私にはできない。せいぜい、私の中の椅子取りゲームで勝った人を気にかけるくらいしかできない。ゲームで優勝したのは、
「守ってやるから虎杖も私を助けなさい」
私は文字通り虎杖の胸に釘を刺した。少しでもふざけたことをヌかしたら殺す。
守る。その言葉の重みなんて知らない。でも、アンタの持つ私への気持ちくらいなら守れる。
いつもじゃなくていいけど、底抜けに明るく笑っていてくれ。
降参のポーズをしているが、金槌をかざしても虎杖は身じろぎひとつしない。笑いだす一歩手前のような顔をしている。
「はい……一生ついて行きます。姐さん」
「目が高いな。褒めてつかわす」
私は呪具をしまった。背を伸ばし虎杖の頬を両手で包んだ。
なになになに!?
黙れ、空気読めよ抱きしめろ。
---------
「東京だとお化け屋敷に年齢制限なんてあるのね。やばい楽しそう」
「これなんか心臓が悪い人はダメなんだって」
「お前ら、はしゃぎすぎだろ」
毒々しい色合いのパンフレットを指差し、釘崎となまえ と3人して騒ぐと、珍しくもなさそうに眺めていた伏黒に嗜められた。やっぱ都会住みは違いますね。卒業するくらいには行けるんじゃない、つーか行こう。
ドッグイヤーをつけていくとあっという間に、パンフレットは折り目だらけになった。
「伏黒ーなんか書くもん貸して、印つけたい」
伏黒はなまえにペンケースごと放って寄越した。彼女はノールックで受け取ると適当にペンをとりめぼしい箇所に丸を書き込んでいく。
待って、このボールペン可愛い。
可愛いか……?
いらないなら頂戴。
釘崎にはやらねえよ、俺が要る。
ねえねえ、このシャーペン、持ち手のとこのグリップが柔らかくていいわね。
そうか。
釘崎は伏黒のペンケースを覗いて、あれこれ物色している。伏黒は止めることはなかったが、ボールペンは取り上げた。
なんだか面白そうだったので、俺も自分のペンケースを机に置いて、筆記用具を広げてみた。
「あ、忘れてた。俺それまで生きてんのかわかんないんだ」
「「………」」
なんの気なしに言ったつもりだったが、3人とも固まってしまった。
「あーー悪い。でも思ったほど死ぬことに、悔いとかないんだよなあ。実感がないっていうのもあるけど」
むしろ、生きていることで悔いが残る。
生き様で後悔したくないのに。
「それは、わからないだろ、まだ、」
あからさまに言葉につまった伏黒を見て、釘崎は吹き出した。
「いいのよ、忘れたままで」
「割と深刻なことじゃね?」
「みんないつかは死ぬもの」
「まあね」
「釘崎は長生きしそうだけどな」
「あはは、どういう意味だそれ」
釘崎は俺と伏黒のシャーペンを分解し、勝手に部品を交換して組み立てた。
「死刑にならなくても呪術師なんてやってたら、早死に待ったなしじゃない。今、次の瞬間死んでたっておかしくないし」
頷いて、伏黒は配色がおかしくなったシャーペンをこちらに寄越した。あとで戻してやろうと思いつつ受け取る。
悔いのない死がどうのこうの、ってどうだっていいと思うの。なまえは笑いながら冗談のように口を開いた。
私は、悔いのない人生に意味なんてないと思う。
向けられたのは辛辣な言葉ではなく、優しげな笑顔だった。体の奥、深く柔らかいところを撫でられたようで、戸惑う。
彼女は暗に、悩む必要はないと気遣ってくれたらしい。これは予想外。頬杖をついた腕がずるっと滑った。
背景に薔薇の花が咲き乱れることはなかったが、その代わり、薔薇よりもずっと赤い実が弾けた。