呪術
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【フローレス・ナイト】
窓ガラスの向こうでは線のような雨が降り続く。
「じゃあ踊ろっか、終点まで」
わたしたちは大袈裟なくらい恭しく手を取り合う。彼女はふざけたように言うと、わたしの手を引っ張って好き勝手回り始めた。
がらんどうの車内は冷え冷えとしていて、踊るにはちょうど良かった。
「伊地知さん、渋滞に巻き込まれたって。自力で帰るって言ったら怒られたんだけど」
「過保護だよねー」
「遠いっちゃ遠いけど、言うほどでもなくない?電車で2、3時間ってとこ......うげ、充電やべえ。あの言い方だと迎えに来てもらうのもしんどいかもなぁ」
「あ、わたし寮にスマホ忘れてた。伊地知さんもう帰っていいんじゃない?うちら明日休みだし、適当に帰る、大丈夫!大丈夫!って送っといて。」
「今、アンタが言ったことそのまんま送った。モバ充アマゾンでポチる.....れない。充電切れた。文明に侵食されてる感あるわ...駅降りたらどっか寄ろ」
「あり。あとサウナ行きたい」
任務終わりは決まって良からぬモノが憑りつく。端的にいえば、とってもアンハッピーなことが起こりやすい。公共交通機関は使いたくなかったが、この豪雨では車だって動かないだろう。仕方ない。
雨音と雷鳴は屋内で聴く分には心地よい。
彼女の肩に頭を乗せていたら、ずぶずぶと眠気の波に引き込まれた。
どうしてわたしと仲良くしてくれるんだろう。ずっと不思議に思っていた。
だって、彼女は強くて頭が良くて、ものすごく優しい。おまけに、目が覚めるくらいの美人だ。
クラスメイトじゃなかったら、口なんか聞けないくらい素敵な女の子。
わたしなんかって、卑屈になってる時点で相手にしてもらえるわけない。
野薔薇ちゃんを前にするといつも緊張して、どもったり噛みまくってしまうし、まと外れなことを言ってしまう。そうするといつも彼女はポカンとして無言で首を傾げた。
どうにかして対等になりたい。これ以上、自分を卑下したくない。恋はいつもわたしを臆病にさせる。せめて強くなりたかった。彼女の目をまっすぐ覗けるくらい。
自分磨きというものは外見に限ったことじゃない。内面だって、外見の一部だ。磨いていればそのうち輝く。
どうにかして爆美女になってやる。それがわたしの入学当初の目標だった。
イジメのような基礎訓練を吐かずにできるようになった。動画をあさって化粧を覚えた。ひとりで任務に行けるようになった。デパコスをカウンターで買えるようになった。徹夜が続いて寮に帰れなくても、三食全部ベースブレッドでも泣かなくなった。でもプラダのショルダーにはまだ手が届かない。
自信がついたというか、場数を経て図太くなったというか。ともあれ、緊張が解け始めた矢先、「誕プレ」とそっけなく言って、野薔薇ちゃんがくれたのは彼女が愛用している香水だった。
気が狂うかと思った。
同じ香りをまとわせようなんて、なに考えてるの!わたしどうしたらいいの!
蓋を取る前から、スパイスが入り混じった甘い香りがただよう。
トップノートはラム酒とカルダモン。
ミドルノートは塩キャラメル。
ラストノートはローズバニラ。
さっそく腰と手首に数滴垂らしてみると、体温が上がるたびにふわりと野薔薇ちゃんの香りがした。いつも彼女に抱きしめられているようで、落ち着かない。
野薔薇ちゃんの誕生日には、わたし愛用のミニミスを押し付けよう。
「なまえ、重いんだけど」
「うん、頭って3kgあるからね」
「うん、じゃねえだろ、眠いの?」
「ねむーい、ちょうねむい。溶ける」
「液状化したなまえ見てみたいかも」
「かもってなに」
「つーか、香水つけないの?」
「ん?」
「あげたやつ。アンタがお揃いにしたいって言うからあげたんだけど」
「あ、」
ねえねえお姉さん、良い匂いするね。なにつけてるの?えっ?待って、ぺんは......?野薔薇ちゃんもっかい言って!カタカナほんとわかんないの!
教えんの何回目だよ。飽きるわ。そんなに気に入ったんなら誕プレにでもあげる。
指摘されて会話が蘇った。そういえばわたしがねだったんだ。
「つけると野薔薇ちゃんが真横にいるみたいで、落ち着かなくて」
「......どういう意味だよ?それって」
「寝る時につけてるの。そうすると落ち着くの」
「落ち着くのか落ち着かないのかどっちなのよ」
「ややこいね」
いつも持ち歩いているデカめの瓶を、バッグから取り出して見せた。
「肌身離さず持ち歩いてはいるよ。嬉しかったから」
「スマホも持ち歩け」
「野薔薇ちゃんがいればどうにかなるもん」
「それ私じゃなくて香水瓶な。本物はこっち」
腕を引かれる。わたしはわざと悲鳴をあげて、車内を逃げ回る。
「なまえ捕まえた!」
「捕まったぁ!!」
「これだけ騒いどいて今更だけど、マジで乗客いなくない」
「確かに!ここまで誰もいないとさ、踊り出したくなるね」
「じゃあ踊ろっか?終点まで」
わたしたちは大袈裟なくらい恭しく手を取り合う。彼女はふざけたように言ってから、わたしを引っ張って好き勝手回り始めた。
ピーチとキャラメルの香りが空間に散っていく。
がらんどうの車内は冷え冷えとしていて、踊るにはちょうど良かった。
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