電鋸男
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【これからさみしい11分間】
雑居ビルというより眠っている怪物とかの方がしっくりくる。実写版モンスターハウスってこんな感じ。コンクリートは煤けていたし、違法に増築された部屋が所狭しと並んでいる。赤く点滅する蛍光灯は脈のようだ。
通報があって駆けつけたのは黒に近いグレーゾンの店だった。悪魔は未消化の嬢と客を吐き出して喚きながら、クァンシに首を刎ねられた。
この悪魔って何かの役に立つか?
岸辺と違ってクァンシはそこそこ報連相を大事にしていた。一度本部に戻ろうと血みどろの悪魔の首を担いだ。
「待って!待って!」
掠れた声。見ると、女が裸足で階段を降りてきた。ついでに黒服も。
「ありがとう、助けてくれて」
ねえ、遊んでいかない?
「うちに来るのって女性のお客さん全然いないんですよね。割り増し可?あー、じゃあ...まあいっか。いや安くします倒してもらったんで。いや、女の子たち次第ってことで。聞いてきますね。掛けてて下さい」
せっかくなんで遊んでいってください。サービスしますよ。明日には営業再開しますんで。
店長は慌てていた。昨晩、胡散臭い笑顔で言われたから遊びに来た、けれど、リップサービスだったのか。こういう時の冗談と本音の区別がわからない。クァンシは反射的に煙草をくわえた。手持ち無沙汰になるといつもそうしている。が、ライターをつけようとしたところで手を止めた。
吸わないでって言ってるでしょ。
踵の擦れたハイヒールの音がたくさん聞こえてきた。ちくちくとした視線を感じる。好奇心と欲が混じり合ったそれが入れ替わり立ち替わりこちらを睨む。
彼女達から性的対象として見られることが心地よかった。
「女の子たちみんなおっけー出ましたよ」
店員は口の開いた缶コーヒーを2つ手にしていた。クァンシは自分にくれるのかと思い、どちらにしようか見比べる。けれど男は素っ気なく片方を啜った。
「ここでなら吸っても良いんすけど、タバコはこっちの缶に捨てていって下さい。悪魔が暴れたせいで奥の方がガス漏れしてるっぽくて」
押し殺した笑い声がカーテンの向こうから聞こえた。
数えきれないほど恋をした。月の満ち欠けよりは少なくて、暦が変わるよりは多い恋だった。
報われなかったことも叶わなかったこともある。
いつもこれが最後の恋にしようと思った。
「ポーカーフェイスの人って実はものすごく愛情深いの?」
もう少しで唇が触れ合いそうなところでなまえは身を引いた。
惜しかった。あと少しだったのに。
「......ポーカーフェイス?」
「うん。気を悪くした?でもわたしはそういう人大好きなの」
悲しいことも嬉しいことも他人事のように考えていたら表情に出なくなっていた。職業病だ。
でも表情と引き換えになまえの好意を手に入れた。たとえそれが有料のものだとしても。
「ありがとう」
「うん。キスは本気になった人にしかしない主義なの。また来てね」
約束してた時間はとっくにすぎてるけど、お化粧、直してから帰っていいよ。
なまえはマジックミラーであろう鏡を指差した。
いつ塗り直したのか、女の唇は薄い橙色に染まっていた。
本番に必要な時間は、本来11分だという。交わって果てて、それで終わり。酷くあっけない。
前戯と後戯、色々含めるせいで時間がかかる。
クァンシは鏡を見ながら髪を束ねる。長く交わっていたせいで口紅が大きくはみ出していた。指で拭ってスーツのポケットを漁る。
シャネルの99番。
色がのってた方がぜったい綺麗。
事務員の子の声が耳の裏から聞こえた。
クァンシさんっていつも顔色が悪いねと何度か指摘を受けた後、要らないからとくれた物だった。
側面にクァンシと事務員のイニシャルが刻印してあった。
「なんだ、ちゃんと相手いたんだ」
赤とオレンジ。不意打ちだった。触れ合った唇は互いの色が混ざって燻んだ。
「口紅、塗り直さなきゃだね」
強く握っていたつもりはないのに、手のひらの中で赤茶色の口紅が潰れていた。
雑居ビルというより眠っている怪物とかの方がしっくりくる。実写版モンスターハウスってこんな感じ。コンクリートは煤けていたし、違法に増築された部屋が所狭しと並んでいる。赤く点滅する蛍光灯は脈のようだ。
通報があって駆けつけたのは黒に近いグレーゾンの店だった。悪魔は未消化の嬢と客を吐き出して喚きながら、クァンシに首を刎ねられた。
この悪魔って何かの役に立つか?
岸辺と違ってクァンシはそこそこ報連相を大事にしていた。一度本部に戻ろうと血みどろの悪魔の首を担いだ。
「待って!待って!」
掠れた声。見ると、女が裸足で階段を降りてきた。ついでに黒服も。
「ありがとう、助けてくれて」
ねえ、遊んでいかない?
「うちに来るのって女性のお客さん全然いないんですよね。割り増し可?あー、じゃあ...まあいっか。いや安くします倒してもらったんで。いや、女の子たち次第ってことで。聞いてきますね。掛けてて下さい」
せっかくなんで遊んでいってください。サービスしますよ。明日には営業再開しますんで。
店長は慌てていた。昨晩、胡散臭い笑顔で言われたから遊びに来た、けれど、リップサービスだったのか。こういう時の冗談と本音の区別がわからない。クァンシは反射的に煙草をくわえた。手持ち無沙汰になるといつもそうしている。が、ライターをつけようとしたところで手を止めた。
吸わないでって言ってるでしょ。
踵の擦れたハイヒールの音がたくさん聞こえてきた。ちくちくとした視線を感じる。好奇心と欲が混じり合ったそれが入れ替わり立ち替わりこちらを睨む。
彼女達から性的対象として見られることが心地よかった。
「女の子たちみんなおっけー出ましたよ」
店員は口の開いた缶コーヒーを2つ手にしていた。クァンシは自分にくれるのかと思い、どちらにしようか見比べる。けれど男は素っ気なく片方を啜った。
「ここでなら吸っても良いんすけど、タバコはこっちの缶に捨てていって下さい。悪魔が暴れたせいで奥の方がガス漏れしてるっぽくて」
押し殺した笑い声がカーテンの向こうから聞こえた。
数えきれないほど恋をした。月の満ち欠けよりは少なくて、暦が変わるよりは多い恋だった。
報われなかったことも叶わなかったこともある。
いつもこれが最後の恋にしようと思った。
「ポーカーフェイスの人って実はものすごく愛情深いの?」
もう少しで唇が触れ合いそうなところでなまえは身を引いた。
惜しかった。あと少しだったのに。
「......ポーカーフェイス?」
「うん。気を悪くした?でもわたしはそういう人大好きなの」
悲しいことも嬉しいことも他人事のように考えていたら表情に出なくなっていた。職業病だ。
でも表情と引き換えになまえの好意を手に入れた。たとえそれが有料のものだとしても。
「ありがとう」
「うん。キスは本気になった人にしかしない主義なの。また来てね」
約束してた時間はとっくにすぎてるけど、お化粧、直してから帰っていいよ。
なまえはマジックミラーであろう鏡を指差した。
いつ塗り直したのか、女の唇は薄い橙色に染まっていた。
本番に必要な時間は、本来11分だという。交わって果てて、それで終わり。酷くあっけない。
前戯と後戯、色々含めるせいで時間がかかる。
クァンシは鏡を見ながら髪を束ねる。長く交わっていたせいで口紅が大きくはみ出していた。指で拭ってスーツのポケットを漁る。
シャネルの99番。
色がのってた方がぜったい綺麗。
事務員の子の声が耳の裏から聞こえた。
クァンシさんっていつも顔色が悪いねと何度か指摘を受けた後、要らないからとくれた物だった。
側面にクァンシと事務員のイニシャルが刻印してあった。
「なんだ、ちゃんと相手いたんだ」
赤とオレンジ。不意打ちだった。触れ合った唇は互いの色が混ざって燻んだ。
「口紅、塗り直さなきゃだね」
強く握っていたつもりはないのに、手のひらの中で赤茶色の口紅が潰れていた。
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