鬼滅
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【白日につかる日々】
初恋は炭治郎だった。こんな兄を好きになってしまったらこの先、どんな男を見ても心を動かされることはない。いつか世帯を持った彼の近くで、その家族を静かに見守れたら良い。
兄の子達をあやして、妻となった人を手伝って、少しでも炭治郎の役に立てたら。それがわたしの幸せだ。
春の画を見た。
山を降りて町に向かう。その途中だった。
その絵には幼い男女が絡み合う様子が描かれていた。売れ残りらしく野晒しになっている。値段を見るとわたしでも買えそうだった。
───いいなぁ。
ふっと漏れた言葉に自分で驚く。そっか、わたしはうらやましかったのか。
少年の顔が見知った顔と重なり、思わず目を逸らした。買えそうだなんて思った自分が浅ましい。
冬になると山の中は吐く息が白く凍りつくほどの寒さになる。暖を取るために炭治郎にしがみついて眠ると、身じろぎの度に唇が触れ合った。着物をはだけて脚を絡ませる。
帰りに見た春画が頭をよぎっていた。
「──お兄ちゃん」
「どうした?眠れないのか?」
「うん、寒くて」
「もっとこっちにおいで」
充分密着しているというのに、彼はわたしの頸に手を当て、自らの胸元へ抱き寄せた。
彼の息が耳にかかる。
本当は暑いくらいだった。体の芯が、喉奥が、耐えようがなく火照る。
「お兄ちゃん大好き」
「俺もだよ」
わたしは幾度もかすめていた口元に、しっかりと唇を押し付ける。乾いた肌は甘く痺れていた。
炭治郎は戸惑ったように一瞬体をこわばらせた。けれど、単なるじゃれあいと思いなおしたのか、笑いながらわたしの口を食んだ。
「なまえはいくつになっても甘ん坊だな。そんなんじゃ嫁に行けないぞ」
「ううん。お兄ちゃんのお嫁さんになるの」
「そうか、こんな可愛らしい子が嫁に来てくれるなんて、俺は幸せ者だな」
互いを舐め合いながらわたしは涙ぐむ。その言葉が本心であればいいのに。
どうしてわたしは妹なの。
今のわたしに赦されるのは口づけまで。それ以上は永遠に彼を失うことになる。
胸の中でさよならと繰り返しながら、兄の吐息を食らった。
幸せというものは、いつも絶望の中にある。
彼の脈が途切れた瞬間、わたしの呼吸も止まった。
なぜ、と思う。なぜ彼ばかりこんな目に合わなければいけないのか。いっそ悪人であればこんな苦労をせずに済んだだろう。
小さな家は皆がすすり泣く声で溢れていた。優しい人は残酷だ。苦しいほど幸せだったかつての思い出を遺して逝くから。
生まれた時から一緒にいた。初恋は彼だった。伴に生きながらえることが、わたしにとっての幸福だった。
これからの余生、数十年をわたしは息をしたまま死に続ける。長い長い年月は気持ちを強めはすれど、癒してはくれまい。
彼の乾いて強張った口許を緩めようと、わたしは自分のそれを重ねた。何年ぶりの口づけだろう。過去に包まれた途端、嗚咽が迸った。泣きながら縋ったその手は、わたしの手を二度と握り返してはくれなかった。
【白日につかりすぎた日々】