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【behind others】
だーれだ?
目隠しは冷たくて、知らない顔に扮していてもすぐに南雲だとわかった。彼は体温がほとんど感じられない。わたしの香水の香りもつかない。彼のコートにかかっている血飛沫の方が暖かいくらいだった。
わたしは縄抜けの要領で腕をすり抜けると、向き合って正面から抱きついた。鎖骨の辺りにおでこがぶつかる。背後を取られるのはどうも落ち着かない。わたしの得意技だから尚更。
思いっきり背伸びしたせいでミュールが踵から落ちて地面を転がった。靴は歩くために必要だけど、歩かなければ必要ない。
抱き上げられたまま押し付けた唇は生温かった。
--
紳士的な人は良い。理性的な人も良い。でも、だらしなくて性欲的な人の方が好きだった。殺すのが楽だから。
グラスの縁に口紅をつけて相手に押しやった。
パパ、こっちのお酒も美味しいよ。
もう飲めなくなったんでしょ?
うん。もう酔っちゃった
わたしはテーブルにお腹をすり寄せる。肩紐が外れて胸元が緩んだ。買ってもらったアルハンブラが肌をすべる。
ネックレスずれてるよ、なんていいながら、枯れた手が胸を撫でた。
ウェイターが驚いて料理を床とテーブルにぶち撒けた。連鎖してピッチャーも砕ける。
無理もない。初老の男はいつの間にか若い男に変わっていたんだから。
......また見抜けなかった。
「ねえ!わたしの標的 殺すの止めてって言ってるでしょ!」
「君の色仕掛けってほんと最高だね。殺されても文句言えないよ」
南雲は人差し指と中指に挟んだ写真をひらつかせた。路地に転がるパパの生首とわたしに扮した彼のピースサイン。
南雲と一緒にいる限り、わたしの商売はあがったりだ。
「仕事にならないじゃない」
「パパから報酬以上の金貰ってるじゃん」
「それとこれは別。くれるって言うから、どうしてもって言うから仕方なくもらったの。死人に口なしって知らない?」
手の甲で適当に口を拭った。どうせ南雲に毒は効かない。
テーブルの上は水びたしで皿が浮きそうだった。
わたしの顔は毎回整形して、客の好みに変えているから学生時代の面影は既にない。それでも、南雲に見つめられると皮膚の奥まで見透かされて、かつての顔が蘇るようだった。
───思い切りの良さが君の武器だね。
手術台に上がるときは、いつもこの言葉を思い出す。
地獄のようなダウンタイムを何度も経験して、それだけが生きている感覚だった。
実技がダメで変装もできない。頭も良くない。だから使えるものは全て使いたかった。切り刻まれた肌の寿命は短いけれど、刻まないとわたしはもっと早くに死んでいただろう。仕方ない。
それにしても、こっちは血反吐をはいて働いているのに、軽々しく仕事を奪わないでほしい。
「どうしてわたしが数ヶ月かけて殺そうと躍起になってたのを一瞬でヤるの?働くのがバカらしくなる」
「良いじゃん、手こずってたみたいだし。取り分全部あげるよ?」
「当たり前でしょ。横取りしといて...」
言い合いが面倒になったらしく、南雲は水浸しの料理をわたしの口に押し込み始めた。
--
「思い切りの良さが君の武器だね」
膿と血と涙とで汚れた包帯は彼の手で解かれた。抜糸すらもまだで、ぼこぼこの顔が鏡の中にあった。新しいガーゼを貼り直す。再び包帯が顔を覆った。あと何回解いたらまともな顔になるんだろう。
「南雲みたいにカッコよく変装できたらよかった」
「専売特許だから他人ができるわけないじゃん。君みたいに姿勢変えて整形した方がバレないよ」
南雲の言葉には否定も肯定もない。彼はむしろわたしを褒めるような口振りだった。殺手だって命懸けだ。
「......ありがとう」
死ぬときは戦場で。同期たちの合言葉は単純だった。生き延びることより成果を出すことが優先だから。
もし、わたしが生き延びて廃業することになったら、やっぱり整形しようと思う。これで最後と言いながら。
未練がましくデータ化してあるのは恐ろしく冴えない顔。南雲と初めて会った時の顔だった。
だーれだ?
目隠しは冷たくて、知らない顔に扮していてもすぐに南雲だとわかった。彼は体温がほとんど感じられない。わたしの香水の香りもつかない。彼のコートにかかっている血飛沫の方が暖かいくらいだった。
わたしは縄抜けの要領で腕をすり抜けると、向き合って正面から抱きついた。鎖骨の辺りにおでこがぶつかる。背後を取られるのはどうも落ち着かない。わたしの得意技だから尚更。
思いっきり背伸びしたせいでミュールが踵から落ちて地面を転がった。靴は歩くために必要だけど、歩かなければ必要ない。
抱き上げられたまま押し付けた唇は生温かった。
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紳士的な人は良い。理性的な人も良い。でも、だらしなくて性欲的な人の方が好きだった。殺すのが楽だから。
グラスの縁に口紅をつけて相手に押しやった。
パパ、こっちのお酒も美味しいよ。
もう飲めなくなったんでしょ?
うん。もう酔っちゃった
わたしはテーブルにお腹をすり寄せる。肩紐が外れて胸元が緩んだ。買ってもらったアルハンブラが肌をすべる。
ネックレスずれてるよ、なんていいながら、枯れた手が胸を撫でた。
ウェイターが驚いて料理を床とテーブルにぶち撒けた。連鎖してピッチャーも砕ける。
無理もない。初老の男はいつの間にか若い男に変わっていたんだから。
......また見抜けなかった。
「ねえ!わたしの
「君の色仕掛けってほんと最高だね。殺されても文句言えないよ」
南雲は人差し指と中指に挟んだ写真をひらつかせた。路地に転がるパパの生首とわたしに扮した彼のピースサイン。
南雲と一緒にいる限り、わたしの商売はあがったりだ。
「仕事にならないじゃない」
「パパから報酬以上の金貰ってるじゃん」
「それとこれは別。くれるって言うから、どうしてもって言うから仕方なくもらったの。死人に口なしって知らない?」
手の甲で適当に口を拭った。どうせ南雲に毒は効かない。
テーブルの上は水びたしで皿が浮きそうだった。
わたしの顔は毎回整形して、客の好みに変えているから学生時代の面影は既にない。それでも、南雲に見つめられると皮膚の奥まで見透かされて、かつての顔が蘇るようだった。
───思い切りの良さが君の武器だね。
手術台に上がるときは、いつもこの言葉を思い出す。
地獄のようなダウンタイムを何度も経験して、それだけが生きている感覚だった。
実技がダメで変装もできない。頭も良くない。だから使えるものは全て使いたかった。切り刻まれた肌の寿命は短いけれど、刻まないとわたしはもっと早くに死んでいただろう。仕方ない。
それにしても、こっちは血反吐をはいて働いているのに、軽々しく仕事を奪わないでほしい。
「どうしてわたしが数ヶ月かけて殺そうと躍起になってたのを一瞬でヤるの?働くのがバカらしくなる」
「良いじゃん、手こずってたみたいだし。取り分全部あげるよ?」
「当たり前でしょ。横取りしといて...」
言い合いが面倒になったらしく、南雲は水浸しの料理をわたしの口に押し込み始めた。
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「思い切りの良さが君の武器だね」
膿と血と涙とで汚れた包帯は彼の手で解かれた。抜糸すらもまだで、ぼこぼこの顔が鏡の中にあった。新しいガーゼを貼り直す。再び包帯が顔を覆った。あと何回解いたらまともな顔になるんだろう。
「南雲みたいにカッコよく変装できたらよかった」
「専売特許だから他人ができるわけないじゃん。君みたいに姿勢変えて整形した方がバレないよ」
南雲の言葉には否定も肯定もない。彼はむしろわたしを褒めるような口振りだった。殺手だって命懸けだ。
「......ありがとう」
死ぬときは戦場で。同期たちの合言葉は単純だった。生き延びることより成果を出すことが優先だから。
もし、わたしが生き延びて廃業することになったら、やっぱり整形しようと思う。これで最後と言いながら。
未練がましくデータ化してあるのは恐ろしく冴えない顔。南雲と初めて会った時の顔だった。
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