呪術
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「——あなたを食べたいんだと思う」
雨の中に閉じ込められた魚たちは共食いを始めた。血肉がアスファルトに叩きつけられ、奇妙な旋律を描く。
殺戮は思いの外早く終わり、骨だけとなった彼等は巨大な白骨死体となって、こちらに向き直った。
「生け捕りにして博物館に持っていけば売れないかな」
「仮に私が職員だとして、私はいらないな。こんなひ弱な標本は」
夏油が手持の呪霊を嗾けると、魚は帳の外へ逃れようと必死にヒレを瞬かせた。
夜の水槽はこんな風なんだろうか。観客が2人だけの特等席。祓うのが億劫なほどに、ほのかに光る魚たちは鮮やかだった。
雨に濡れた路地裏は靴音が鈍く響く
彼と2人、こうして肩を並べて歩くのはもう何度目だろう。生きているうちにあと何回足並みを合わせられるのだろう。
青さはとうに抜け落ち、隈を両眼の下につくってもわたしはまだ木造の校舎に心を残したままだ。嫌というほど学び舎に蔓延る呪いを見させられたわたし達でさえこうなんだから、スクールカーストの被害者であれ、加害者であれ一般人の遺恨はこの比ではないはずだ。
「呪霊の味ってどんな味?」
「教えてあげようか?」
「うん」
使い古した黒板に祝卒業と大きく書かれていた——五条がすぐに呪卒業と書き換えていたけれど——もうこのメンバーで集まることも容易く出来なくなる。人並みに名残惜しさばかりがあった。
狭まる視界。次に何をされるのか、気づいた時には呼吸を奪われていた。ふざけたように唇同士を重ねて、けれど、すぐに後悔した。理由は無数にある。生乾きの雑巾を口に突っ込まれたような味がして、それがわたしファーストキスの味になったから。夏油はわたしに何の感情も抱いていないとわかってしまったから。
夏油は本命相手に軽々しく手を出す人間ではない。大切なものは家族と称した檻に閉じ込めて、雁字搦めに監禁して仕舞う。断言できるのが今は悲しかった。それだけ長い間、わたしは彼と過ごしてきた。
青い春はいつのまにか訪れなくなった。とても眩しかったのに、わたしの春はどこへ消えたんだ。
「——さっきの呪霊さ、」
「......聞いてなかった。なに?」
「聞いてろよ。さっきの呪霊さ、取り込むけど味知りたい?」
わたしは笑いながら首を横に振る。スーツのポケットから取り出した清涼剤を自分の口に放り込んで、ついでに夏油に手渡す。
勢いに任せた問いかけだった。思い返せば言葉足らずの告白ばかりだった。直球で彼に投げた言葉はいくつあっただろう。少しばかり、息を多めに吸い込む。
本当は、覚悟なんていらない。だって夜についた嘘は、朝焼けに溶かされる。
わたしはどんな表情をしているのか、彼はどんな表情をしているのか、俯いたまま白骨死体の残骸を踵で抉った。
「わたしが知りたいのは、夏油の味だから、——」
【あなた以外は幻だった】
雨の中に閉じ込められた魚たちは共食いを始めた。血肉がアスファルトに叩きつけられ、奇妙な旋律を描く。
殺戮は思いの外早く終わり、骨だけとなった彼等は巨大な白骨死体となって、こちらに向き直った。
「生け捕りにして博物館に持っていけば売れないかな」
「仮に私が職員だとして、私はいらないな。こんなひ弱な標本は」
夏油が手持の呪霊を嗾けると、魚は帳の外へ逃れようと必死にヒレを瞬かせた。
夜の水槽はこんな風なんだろうか。観客が2人だけの特等席。祓うのが億劫なほどに、ほのかに光る魚たちは鮮やかだった。
雨に濡れた路地裏は靴音が鈍く響く
彼と2人、こうして肩を並べて歩くのはもう何度目だろう。生きているうちにあと何回足並みを合わせられるのだろう。
青さはとうに抜け落ち、隈を両眼の下につくってもわたしはまだ木造の校舎に心を残したままだ。嫌というほど学び舎に蔓延る呪いを見させられたわたし達でさえこうなんだから、スクールカーストの被害者であれ、加害者であれ一般人の遺恨はこの比ではないはずだ。
「呪霊の味ってどんな味?」
「教えてあげようか?」
「うん」
使い古した黒板に祝卒業と大きく書かれていた——五条がすぐに呪卒業と書き換えていたけれど——もうこのメンバーで集まることも容易く出来なくなる。人並みに名残惜しさばかりがあった。
狭まる視界。次に何をされるのか、気づいた時には呼吸を奪われていた。ふざけたように唇同士を重ねて、けれど、すぐに後悔した。理由は無数にある。生乾きの雑巾を口に突っ込まれたような味がして、それがわたしファーストキスの味になったから。夏油はわたしに何の感情も抱いていないとわかってしまったから。
夏油は本命相手に軽々しく手を出す人間ではない。大切なものは家族と称した檻に閉じ込めて、雁字搦めに監禁して仕舞う。断言できるのが今は悲しかった。それだけ長い間、わたしは彼と過ごしてきた。
青い春はいつのまにか訪れなくなった。とても眩しかったのに、わたしの春はどこへ消えたんだ。
「——さっきの呪霊さ、」
「......聞いてなかった。なに?」
「聞いてろよ。さっきの呪霊さ、取り込むけど味知りたい?」
わたしは笑いながら首を横に振る。スーツのポケットから取り出した清涼剤を自分の口に放り込んで、ついでに夏油に手渡す。
勢いに任せた問いかけだった。思い返せば言葉足らずの告白ばかりだった。直球で彼に投げた言葉はいくつあっただろう。少しばかり、息を多めに吸い込む。
本当は、覚悟なんていらない。だって夜についた嘘は、朝焼けに溶かされる。
わたしはどんな表情をしているのか、彼はどんな表情をしているのか、俯いたまま白骨死体の残骸を踵で抉った。
「わたしが知りたいのは、夏油の味だから、——」
【あなた以外は幻だった】
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