電鋸男
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【できれば「愛」のように消えてよ】
わたしたちはいつだって、終わりと背中合わせに生きている。
好きなタイプは誰ですか?
ええと、民間の吉田君でしょ、それから早川先輩!カッコいいもん!
口から出まかせの恋バナのはずだった。だって同期が数人集まれば、発生するのが愚痴と恋の話だ。ミンチになった悪魔の死骸を見て、焼き肉が食べたくなるようなごく自然なこと。
まさか盗み聞きされていたとは思いもしなかった。
「アキ君はダメ。私が狙ってるから」
「なぜ、それを」
「障子に目ありフスマに.....なんだっけ、耳?」
「難しいこと言わないでください」
「私のなまえちゃんは浮気症だ!」
「そんなことないですあれはその場のノリで言っただけです姫野先輩のわたしは一途ですよ」
「ねえねえ。そんなことよりなまえちゃんの契約してるのって....瓜のあく「爪の悪魔です」爪の悪魔って強いの?」
「そんなことってなんですか......弱いんじゃないですか?でもついうっかり武器を忘れてステゴロでヤラなきゃ!って時に便利なんですよね」
「......今日は武器持ってきた?」
「え?持ってきてませんよ。もう帰るだけですし」
姫野先輩の視線をたどる。民間のデビルハンターがなんだかグロい悪魔に喰い殺されているところだった。悲鳴ひとつあげないのは流石というべきか。
あと数分で定時だった。今日は見たいテレビがあるから早く帰りたい。人助けは仕事であって、使命じゃない。人が人である以上、誰かれ助けられるわけではない。
とはいえ、スーツを着ている以上、最低限の仕事はしなくちゃいけない。無線を取り出して、近くにいそうなデビルハンターに事のあらましを報告した。
裂かれた腹からは、てらてらと鈍く光る臓器があふれていた。見ると、腸が1番元気よく蠢いていた。本体の背骨が2つに折り畳まれた後も粘り強く痙攣してのたうっていた。
魚も牛も絞めたてが最も肉の鮮度がいい。もちろん人間だってそうだ。
アスファルトに叩きつけられた死体と目があった。驚いた表情はやけに綺麗で、今にも「やらかした〜」なんて言いながら動き出しそうだった。下半身がぶった斬られていることは置いといて。
悪魔は邪魔者を退治できてご機嫌なのか、鼻歌混じりに民家を行進する。
わたしは死体に駆け寄ると現場検証、もとい金目のものがないか懐を弄ることも忘れない。
小学校中学校高校と宗教色が強い学校に通っていたせいか、こう見えてわたしはとても信心深い。
「なんみょー?...ほう.....なん.....な...んん?」
「ほうれん......ほうげん......げきょー?」
きちんと片手で合掌しつつ、姫野先輩と2人で手厚く死者を弔う。言い終えると進路の邪魔だったので死体を蹴飛ばした。きっと1番大切なのは弔う気持ちだと思う。
「定時まであと少しだね。なまえちゃん、あの悪魔ヤってきて!急ぎで!」
ふいに、見えない腕がわたしの背を強く押した。
嘘だろ?と口に出すより先に顔に出ていたらしい。彼女はわたしを指差して大笑いした。
笑い事ではない。絶対に。こっちはほとんど丸腰で、かたや悪魔は血を浴びて生き生きとしている。
いってらっしゃーい!と語尾にハートマークを2、3個つけたくなるような声色と共に、姫野先輩はわたしを見捨てた。
「生還おめでとう〜免許皆伝したげよう!」
「...........わーい......姫野先輩大好きです......」
結論から言うとわたしひとりでは倒せなかった。わたしは弱い。応援を待つ余裕もない。悪魔より姫野先輩の方が怖い。できれば定時に帰りたい。
そんなことをぐるぐる考えているうちに、悪魔はどんどん人を殺している。わたしの契約悪魔だけでは倒せそうにもない。殺戮マシーンの視力を奪ってから、辺りを何度も見渡す。
無い脳みそを振り絞ってどうにか活路を生み出す。
交通規制が間に合わず、飛び込んできた大型トラックに上手いこと悪魔を轢かせた。悪魔の肉は花火のように周囲の壁に飛び散って、なかなか素敵な現代アートを作り上げた。
「免許皆伝祝いに飲みに行こう?」
「姫野先輩飲みたいだけでしょ。行きます」
「私とも恋バナしよ、なまえちゃんの本命知りたいなあ」
「わたしの本命は姫野先輩ですよ」
▽
墓場に来るといつも思い出す。わたしは姫野先輩の好きな花を知らなかった。そもそも花が好きなのかも知らない。
「アキ君は死なないでね。なまえちゃんも長生きするんだよ?」
姫野先輩はわたしにも死ぬなとほざく。彼女にとってわたしは一歩間違えなくても恋敵のはずなのに。早川先輩と姫野先輩がくっつくには、どうしたってわたしが邪魔なはずだ。
耐えきれずそう言い返してみたら、彼女は咥え煙草のまま目元を綻ばせた。
「知っている人が死ぬのは面倒だから」
わたしたちはいつだって終わりと背中合わせに生きている。
その言葉はひどく残酷だ。姫野先輩はわたしの気持ちを知っているくせに。
意味もなく抱きついてみたり、ことあるごとに好きだと言っているのに。彼女はいつもいつもはぐらかす。わたしが女だから?わたしが後輩だから?わたしが弱いから?わたしが...早川先輩じゃないから?
聞いて良い事と悪い事の違いは、相手を傷つけるか否かの違いだけ。姫野先輩は自分自身のことを悪く言われたくらいじゃ傷つかない。───傷つくとしたら“彼”のこと、くらいだろう。わたしは彼女に痛みを与えることすらできない。
「......自分のことよりはるかに早川先輩が大切なくせに...わたしのことは放っておいてください」
何も知らずとも、彼女の“死”さえ手に入れたゴーストが憎い。
「アンタ...早パイの新しいバディか?早パイって女ん趣味変わった?」
「違う。誰?」
包みごと花束をむさぼっていたのは新入りと思しき2人組だった。早川先輩はまだ来ない。
「俺はデンジ。んでこっちはパワー」
「ウヌは弱そうじゃなあ!ワシが鍛えてやろうか?」
「そうなんだよ。弱いんだよ。弱いくせにどういうわけか生き残ってる!」
ジェルネイルで固めて伸ばした爪を何となく少女の頸にめり込ませた。特に意味はなかった。強いて言うならそこに頸があったから。
動脈を裂いたが、血は流れなかった。
「あれ?...デンジ君だっけ、ちょっとこっちきて」
彼はなんすかと言いながら、素直にこちらに寄ってきた。デンジと名乗った少年は不思議そうにわたし見つめる。「どっか切ってもいい?」「ええっ......腕ならいいっすよ。俺もパワーもすぐ治るんで」「良いなあ」同じように動脈を破ると今度は鮮血が降り注いだ。
「切れ味が悪くなったのかと思った」
「パワーは血の魔人だから、切られてもあんま出血しないんですよ」
「......こやつ最悪じゃ」
「────おい、なまえ。新入りで遊ぶんじゃねえぞ」
「あ、早川先輩お疲れです」
デンジは飽きたと言って騒ぎだした魔人を連れて墓地の入り口に引き返した。見た目に反してなかなか気遣いができる子達だった。
「向こうに逝ったら何がしたいですか?」
「早く死ねって言ってんのか」
「はい。年齢的に早川先輩の方が先に死ぬでしょ」
「そうだな。お前より長生きする気はねえな」
わたしは長生きしなきゃいけない。結局、あの言葉は彼女の遺言になってしまった。わたしから突き放したのに、姫野先輩はわたしを突き放してはくれなかった。彼女は今なお、わたしの中に居座っている。多分この先ずっと。
せめてあと100年くらいは生きないと。
「────向こうで姫野先輩のこと、よろしくお願いします。わたしに言われるまでもないと思いますけど、姫野先輩はわたしにとって1番大事な人なんです...今も昔も。早川先輩と姫野先輩どっちか選べって言われたら、迷わず早川先輩を選びますけど......それはわたしの意思じゃないです。姫野先輩がそうしてほしいだろうなって思うからです」
「......姫野先輩も俺も、良い後輩に恵まれたな」
早川先輩は煙草の火をつけたまま、わたしの頭をぐしゃぐしゃとかき回した。
煙草の匂いには慣れない。副流煙が1番体に悪いという。だからと言うわけじゃないけれど、ヘビースモーカーの想い他人が死んだからといって、自分が喫煙者になるとは限らないらしい。
2人の先輩は同じメーカーを使っている。だから、わたしは紫煙の中から彼女の香りだけを嗅ぎ分ける。
さよならするのがこんなにも辛い人ができたなんて、数年前のわたしには想像もつかないだろう。
別れを告げられないまま、彼女が眠る白い十字架を花びらで汚した。
わたしたちはいつだって、終わりと背中合わせに生きている。
好きなタイプは誰ですか?
ええと、民間の吉田君でしょ、それから早川先輩!カッコいいもん!
口から出まかせの恋バナのはずだった。だって同期が数人集まれば、発生するのが愚痴と恋の話だ。ミンチになった悪魔の死骸を見て、焼き肉が食べたくなるようなごく自然なこと。
まさか盗み聞きされていたとは思いもしなかった。
「アキ君はダメ。私が狙ってるから」
「なぜ、それを」
「障子に目ありフスマに.....なんだっけ、耳?」
「難しいこと言わないでください」
「私のなまえちゃんは浮気症だ!」
「そんなことないですあれはその場のノリで言っただけです姫野先輩のわたしは一途ですよ」
「ねえねえ。そんなことよりなまえちゃんの契約してるのって....瓜のあく「爪の悪魔です」爪の悪魔って強いの?」
「そんなことってなんですか......弱いんじゃないですか?でもついうっかり武器を忘れてステゴロでヤラなきゃ!って時に便利なんですよね」
「......今日は武器持ってきた?」
「え?持ってきてませんよ。もう帰るだけですし」
姫野先輩の視線をたどる。民間のデビルハンターがなんだかグロい悪魔に喰い殺されているところだった。悲鳴ひとつあげないのは流石というべきか。
あと数分で定時だった。今日は見たいテレビがあるから早く帰りたい。人助けは仕事であって、使命じゃない。人が人である以上、誰かれ助けられるわけではない。
とはいえ、スーツを着ている以上、最低限の仕事はしなくちゃいけない。無線を取り出して、近くにいそうなデビルハンターに事のあらましを報告した。
裂かれた腹からは、てらてらと鈍く光る臓器があふれていた。見ると、腸が1番元気よく蠢いていた。本体の背骨が2つに折り畳まれた後も粘り強く痙攣してのたうっていた。
魚も牛も絞めたてが最も肉の鮮度がいい。もちろん人間だってそうだ。
アスファルトに叩きつけられた死体と目があった。驚いた表情はやけに綺麗で、今にも「やらかした〜」なんて言いながら動き出しそうだった。下半身がぶった斬られていることは置いといて。
悪魔は邪魔者を退治できてご機嫌なのか、鼻歌混じりに民家を行進する。
わたしは死体に駆け寄ると現場検証、もとい金目のものがないか懐を弄ることも忘れない。
小学校中学校高校と宗教色が強い学校に通っていたせいか、こう見えてわたしはとても信心深い。
「なんみょー?...ほう.....なん.....な...んん?」
「ほうれん......ほうげん......げきょー?」
きちんと片手で合掌しつつ、姫野先輩と2人で手厚く死者を弔う。言い終えると進路の邪魔だったので死体を蹴飛ばした。きっと1番大切なのは弔う気持ちだと思う。
「定時まであと少しだね。なまえちゃん、あの悪魔ヤってきて!急ぎで!」
ふいに、見えない腕がわたしの背を強く押した。
嘘だろ?と口に出すより先に顔に出ていたらしい。彼女はわたしを指差して大笑いした。
笑い事ではない。絶対に。こっちはほとんど丸腰で、かたや悪魔は血を浴びて生き生きとしている。
いってらっしゃーい!と語尾にハートマークを2、3個つけたくなるような声色と共に、姫野先輩はわたしを見捨てた。
「生還おめでとう〜免許皆伝したげよう!」
「...........わーい......姫野先輩大好きです......」
結論から言うとわたしひとりでは倒せなかった。わたしは弱い。応援を待つ余裕もない。悪魔より姫野先輩の方が怖い。できれば定時に帰りたい。
そんなことをぐるぐる考えているうちに、悪魔はどんどん人を殺している。わたしの契約悪魔だけでは倒せそうにもない。殺戮マシーンの視力を奪ってから、辺りを何度も見渡す。
無い脳みそを振り絞ってどうにか活路を生み出す。
交通規制が間に合わず、飛び込んできた大型トラックに上手いこと悪魔を轢かせた。悪魔の肉は花火のように周囲の壁に飛び散って、なかなか素敵な現代アートを作り上げた。
「免許皆伝祝いに飲みに行こう?」
「姫野先輩飲みたいだけでしょ。行きます」
「私とも恋バナしよ、なまえちゃんの本命知りたいなあ」
「わたしの本命は姫野先輩ですよ」
▽
墓場に来るといつも思い出す。わたしは姫野先輩の好きな花を知らなかった。そもそも花が好きなのかも知らない。
「アキ君は死なないでね。なまえちゃんも長生きするんだよ?」
姫野先輩はわたしにも死ぬなとほざく。彼女にとってわたしは一歩間違えなくても恋敵のはずなのに。早川先輩と姫野先輩がくっつくには、どうしたってわたしが邪魔なはずだ。
耐えきれずそう言い返してみたら、彼女は咥え煙草のまま目元を綻ばせた。
「知っている人が死ぬのは面倒だから」
わたしたちはいつだって終わりと背中合わせに生きている。
その言葉はひどく残酷だ。姫野先輩はわたしの気持ちを知っているくせに。
意味もなく抱きついてみたり、ことあるごとに好きだと言っているのに。彼女はいつもいつもはぐらかす。わたしが女だから?わたしが後輩だから?わたしが弱いから?わたしが...早川先輩じゃないから?
聞いて良い事と悪い事の違いは、相手を傷つけるか否かの違いだけ。姫野先輩は自分自身のことを悪く言われたくらいじゃ傷つかない。───傷つくとしたら“彼”のこと、くらいだろう。わたしは彼女に痛みを与えることすらできない。
「......自分のことよりはるかに早川先輩が大切なくせに...わたしのことは放っておいてください」
何も知らずとも、彼女の“死”さえ手に入れたゴーストが憎い。
「アンタ...早パイの新しいバディか?早パイって女ん趣味変わった?」
「違う。誰?」
包みごと花束をむさぼっていたのは新入りと思しき2人組だった。早川先輩はまだ来ない。
「俺はデンジ。んでこっちはパワー」
「ウヌは弱そうじゃなあ!ワシが鍛えてやろうか?」
「そうなんだよ。弱いんだよ。弱いくせにどういうわけか生き残ってる!」
ジェルネイルで固めて伸ばした爪を何となく少女の頸にめり込ませた。特に意味はなかった。強いて言うならそこに頸があったから。
動脈を裂いたが、血は流れなかった。
「あれ?...デンジ君だっけ、ちょっとこっちきて」
彼はなんすかと言いながら、素直にこちらに寄ってきた。デンジと名乗った少年は不思議そうにわたし見つめる。「どっか切ってもいい?」「ええっ......腕ならいいっすよ。俺もパワーもすぐ治るんで」「良いなあ」同じように動脈を破ると今度は鮮血が降り注いだ。
「切れ味が悪くなったのかと思った」
「パワーは血の魔人だから、切られてもあんま出血しないんですよ」
「......こやつ最悪じゃ」
「────おい、なまえ。新入りで遊ぶんじゃねえぞ」
「あ、早川先輩お疲れです」
デンジは飽きたと言って騒ぎだした魔人を連れて墓地の入り口に引き返した。見た目に反してなかなか気遣いができる子達だった。
「向こうに逝ったら何がしたいですか?」
「早く死ねって言ってんのか」
「はい。年齢的に早川先輩の方が先に死ぬでしょ」
「そうだな。お前より長生きする気はねえな」
わたしは長生きしなきゃいけない。結局、あの言葉は彼女の遺言になってしまった。わたしから突き放したのに、姫野先輩はわたしを突き放してはくれなかった。彼女は今なお、わたしの中に居座っている。多分この先ずっと。
せめてあと100年くらいは生きないと。
「────向こうで姫野先輩のこと、よろしくお願いします。わたしに言われるまでもないと思いますけど、姫野先輩はわたしにとって1番大事な人なんです...今も昔も。早川先輩と姫野先輩どっちか選べって言われたら、迷わず早川先輩を選びますけど......それはわたしの意思じゃないです。姫野先輩がそうしてほしいだろうなって思うからです」
「......姫野先輩も俺も、良い後輩に恵まれたな」
早川先輩は煙草の火をつけたまま、わたしの頭をぐしゃぐしゃとかき回した。
煙草の匂いには慣れない。副流煙が1番体に悪いという。だからと言うわけじゃないけれど、ヘビースモーカーの想い他人が死んだからといって、自分が喫煙者になるとは限らないらしい。
2人の先輩は同じメーカーを使っている。だから、わたしは紫煙の中から彼女の香りだけを嗅ぎ分ける。
さよならするのがこんなにも辛い人ができたなんて、数年前のわたしには想像もつかないだろう。
別れを告げられないまま、彼女が眠る白い十字架を花びらで汚した。