フェイジュニ
【さよなら、サンクチュアリー】
同室相手が色恋を好む男だと知って一番最初に心配したことは、これから自分が三年間暮らす部屋にその相手を連れ込まれることだった。特定の相手がいたとしても、一夜限りの熱を交わす存在だったとしても、他人のそんな場面に遭遇するなんて絶対にお断りだ。色恋は自由だが、やるなら外で。フェイス・ビームスとの同室生活が始まるに当たって取り決めた約束のひとつがそれだった。
「はいはい。絶対、必ず、100%ないよ」
おれが提示したその内容にそんな投げやりな返事を寄越したわりに、約束を律儀に守り、フェイスは一度だって女を連れ込んでいない。約束を破ってしまったのはおれの方。サボり魔、人たらし、イジワル、だけどちょこっとだけ優しい、そんな男のことを好きになってしまってこの部屋に恋と愛なんていう不必要なものを作り出してしまったのは、おれの方なのだ。
「好きな気持ちを忘れたい…?」
「なにか方法知ってたりしないか?」
うーんと唸る姿に少し申し訳なさはあるが、もう一人の自堕落メンターよりはディノの方が役に立つだろう。キースはああ見えて執念深いタイプだ。
誰もいない時間を見計らって声をかけたリビングから、騒がしい西の街を見下ろした。今日もフェイスはこの部屋の外で、知らない誰かに愛を嘯いているのだ。もしかするとそろそろ本気の恋を見つける頃かもしれない。どちらにせよ眼中にすら入れてもらえないおれは、潔く誰にも告げずこの恋心をどこかに捨てるしかないのだ。部屋に色恋を持ち込まない約束をもちかけたのはおれの方だから。
「だったらさぁ、こういうのはどう?」
なぜか楽しそうな色を瞳に灯したディノがニコッと口角を上げる。
「新しい恋を見つける……とか!」
手を引かれるままに繰り出したのは、ウエストセクターの中でも眠らない一帯だった。確かに色恋には事欠かなさそうだが、治安のことを考えるとあまりいい感じはしない。
至るところにガムの張り付いた汚い路地を抜けると、一層喧騒が深まる。
「おい、おれは酒は飲めねえぞ」
「酒なんて飲めなくてもダイジョーブ。あ、ちょうどいいところに…おーい!」
ディノが手を振った先を見た瞬間、心臓がどくりと震える。一番会いたくて、でもこんなときには会いたくなかったヤツ。
両側に収まりきらないほどの女の子を侍らせて少しめんどくさそうに立っていたのは、おれの頭の中をずっと支配していたフェイス本人だった。女にモテるとは聞いていたし、遊び歩いているのも知っていたが、実際目の当たりにするのは初めてで、その光景に軽口すら叩けなくなる。この男を諦めるために出てきたのに、こんなところで未練たらしく心を抉られるなんて最悪だ。
「おぉ〜今日もすごいね〜」
「なんでおチビちゃんがこんなところにいるの?お子様はもう寝る時間でしょ」
ディノの軽口を躱して開口一番、フェイスはそう言った。珍しく強い口調だった。おれはそれが「お前はお呼びじゃない」って言われているようで「身の程知らず」と責められているようで、柄にもなく泣きそうになった。
「ま、まあまあ……ジュニアもたまには息抜きしなきゃね!ってことでフェイスのオススメの店教えて欲しいんだけど…」
「なに、おチビちゃんも一丁前に女遊びがしたいわけ?それでディノに手解きされてるんだ。でも残念、おチビちゃんが遊べるような場所はこの辺りにはないよ」
「……」
「ディノも、メンターがメンティーに積極的にそういうこと教えてもいいわけ?」
「それは…」
「ディノ、帰ろう」
震える声と、瞳から涙がぽたりと落ちたのはほぼ同時だった。フェイスがどんな顔をしているのか知らないまま、ディノの手を引っ張って元来た道を帰る。何も言わないでくれる気遣いが、いまだけは子ども扱いされているみたいでムシャクシャして、だけど言葉にできるほど子どものままでもなくて。
帰り着くと、おれとフェイスの部屋に引きこもった。みっともなく枯らした恋心を抱いて寝っ転がっている間、初めての感情は言葉にならずに瞳から溢れ続けた。せめてこんな小さな部屋じゃなくて、青空の下でなら咲かせてあげられたかもしれないのに。だけどこの気持ちを思い出すたびに頭から離れないのはたったひとり、この部屋にしかいなくて。帰ってくることもない片割れを思っていつの間にか夜は更けていた。
同室相手が色恋を好む男だと知って一番最初に心配したことは、これから自分が三年間暮らす部屋にその相手を連れ込まれることだった。特定の相手がいたとしても、一夜限りの熱を交わす存在だったとしても、他人のそんな場面に遭遇するなんて絶対にお断りだ。色恋は自由だが、やるなら外で。フェイス・ビームスとの同室生活が始まるに当たって取り決めた約束のひとつがそれだった。
「はいはい。絶対、必ず、100%ないよ」
おれが提示したその内容にそんな投げやりな返事を寄越したわりに、約束を律儀に守り、フェイスは一度だって女を連れ込んでいない。約束を破ってしまったのはおれの方。サボり魔、人たらし、イジワル、だけどちょこっとだけ優しい、そんな男のことを好きになってしまってこの部屋に恋と愛なんていう不必要なものを作り出してしまったのは、おれの方なのだ。
「好きな気持ちを忘れたい…?」
「なにか方法知ってたりしないか?」
うーんと唸る姿に少し申し訳なさはあるが、もう一人の自堕落メンターよりはディノの方が役に立つだろう。キースはああ見えて執念深いタイプだ。
誰もいない時間を見計らって声をかけたリビングから、騒がしい西の街を見下ろした。今日もフェイスはこの部屋の外で、知らない誰かに愛を嘯いているのだ。もしかするとそろそろ本気の恋を見つける頃かもしれない。どちらにせよ眼中にすら入れてもらえないおれは、潔く誰にも告げずこの恋心をどこかに捨てるしかないのだ。部屋に色恋を持ち込まない約束をもちかけたのはおれの方だから。
「だったらさぁ、こういうのはどう?」
なぜか楽しそうな色を瞳に灯したディノがニコッと口角を上げる。
「新しい恋を見つける……とか!」
手を引かれるままに繰り出したのは、ウエストセクターの中でも眠らない一帯だった。確かに色恋には事欠かなさそうだが、治安のことを考えるとあまりいい感じはしない。
至るところにガムの張り付いた汚い路地を抜けると、一層喧騒が深まる。
「おい、おれは酒は飲めねえぞ」
「酒なんて飲めなくてもダイジョーブ。あ、ちょうどいいところに…おーい!」
ディノが手を振った先を見た瞬間、心臓がどくりと震える。一番会いたくて、でもこんなときには会いたくなかったヤツ。
両側に収まりきらないほどの女の子を侍らせて少しめんどくさそうに立っていたのは、おれの頭の中をずっと支配していたフェイス本人だった。女にモテるとは聞いていたし、遊び歩いているのも知っていたが、実際目の当たりにするのは初めてで、その光景に軽口すら叩けなくなる。この男を諦めるために出てきたのに、こんなところで未練たらしく心を抉られるなんて最悪だ。
「おぉ〜今日もすごいね〜」
「なんでおチビちゃんがこんなところにいるの?お子様はもう寝る時間でしょ」
ディノの軽口を躱して開口一番、フェイスはそう言った。珍しく強い口調だった。おれはそれが「お前はお呼びじゃない」って言われているようで「身の程知らず」と責められているようで、柄にもなく泣きそうになった。
「ま、まあまあ……ジュニアもたまには息抜きしなきゃね!ってことでフェイスのオススメの店教えて欲しいんだけど…」
「なに、おチビちゃんも一丁前に女遊びがしたいわけ?それでディノに手解きされてるんだ。でも残念、おチビちゃんが遊べるような場所はこの辺りにはないよ」
「……」
「ディノも、メンターがメンティーに積極的にそういうこと教えてもいいわけ?」
「それは…」
「ディノ、帰ろう」
震える声と、瞳から涙がぽたりと落ちたのはほぼ同時だった。フェイスがどんな顔をしているのか知らないまま、ディノの手を引っ張って元来た道を帰る。何も言わないでくれる気遣いが、いまだけは子ども扱いされているみたいでムシャクシャして、だけど言葉にできるほど子どものままでもなくて。
帰り着くと、おれとフェイスの部屋に引きこもった。みっともなく枯らした恋心を抱いて寝っ転がっている間、初めての感情は言葉にならずに瞳から溢れ続けた。せめてこんな小さな部屋じゃなくて、青空の下でなら咲かせてあげられたかもしれないのに。だけどこの気持ちを思い出すたびに頭から離れないのはたったひとり、この部屋にしかいなくて。帰ってくることもない片割れを思っていつの間にか夜は更けていた。