フェイジュニ
【夏の夜】
最高潮に盛り上がったフロアから抜け出すと、不機嫌なお迎えが待っていた。腕を組んで壁に凭れ掛かると、普段よりもさらに小さく見える。こんな見た目で守るべき立場、ヒーローだなんて笑える。本人に言うと面倒くさいから言わないけど。ぴらぴらと手を振ると、整った眉頭が皺を寄せる。迎えにきたのは自分のくせに、良い反応じゃないか。
「飽きないねえ、おチビちゃんも」
「お前が何回言っても早く帰ってこないからだろ。あとオレはチビじゃねえ」
「はいはい」
道端に転げている空き缶を蹴飛ばすとお叱りの声がかかる。律儀にも、わざわざゴミ箱まで捨てに行くその姿は、ヒーローというよりも慈善活動をしている少年のようだ。隣に並び立つと、暑苦しくて、なんだか喉が渇く。歩きながら自販機を覗いてみたが、生憎この渇きを潤せるようなラインナップではないようだ。自販機のチープなライトで照らされる小さな横顔の方が、ずっと美味しそうに見えた。
ずい、と顔を近づけると、怪訝そうな表情がこちらを向いた。「なに…」吐き出されかけた言葉は意味をなさないまま、俺とおチビちゃんの粘膜の間でドロドロにされて、溶けてしまう。それくらいのキスをした。何度も角度を変えて、舌の先から歯列の奥まで味わっていく。どろり、色の違う左右の目から溶け出た生理的な涙が、頬を支える手に触れた。ああ、熱いな。
精一杯の力で押し出されて、ようやく唇が離れた。ボロボロと泣きながらだらしない口許から唾液を垂らすおチビちゃんの顔を見ていると、潤ったはずの喉奥が、またチリチリと悲鳴を上げる。この渇きはきっと、焼けるような熱さはきっと。目の前のこの子でないと満たせないのだろう。
「ファーストキス?」
「おまえ、最低だっ」
駆けていく後ろ姿を眺めながら、もう少しだけ一緒にいたかったなと思うが。どうせ同室なのだから、彼は俺から逃げられないのだから。
気が変わった。古臭い自販機のコーラのボタンを押す。プシュッと抜けていく気泡の音と、刺激的な喉越しで気を紛らわせないと、さっきの熱さを思い出してしまう。そうなってしまったら、きっともう戻ってはこられないだろう。そんな予感がする、茹だるような熱い夏の夜の話だった。
最高潮に盛り上がったフロアから抜け出すと、不機嫌なお迎えが待っていた。腕を組んで壁に凭れ掛かると、普段よりもさらに小さく見える。こんな見た目で守るべき立場、ヒーローだなんて笑える。本人に言うと面倒くさいから言わないけど。ぴらぴらと手を振ると、整った眉頭が皺を寄せる。迎えにきたのは自分のくせに、良い反応じゃないか。
「飽きないねえ、おチビちゃんも」
「お前が何回言っても早く帰ってこないからだろ。あとオレはチビじゃねえ」
「はいはい」
道端に転げている空き缶を蹴飛ばすとお叱りの声がかかる。律儀にも、わざわざゴミ箱まで捨てに行くその姿は、ヒーローというよりも慈善活動をしている少年のようだ。隣に並び立つと、暑苦しくて、なんだか喉が渇く。歩きながら自販機を覗いてみたが、生憎この渇きを潤せるようなラインナップではないようだ。自販機のチープなライトで照らされる小さな横顔の方が、ずっと美味しそうに見えた。
ずい、と顔を近づけると、怪訝そうな表情がこちらを向いた。「なに…」吐き出されかけた言葉は意味をなさないまま、俺とおチビちゃんの粘膜の間でドロドロにされて、溶けてしまう。それくらいのキスをした。何度も角度を変えて、舌の先から歯列の奥まで味わっていく。どろり、色の違う左右の目から溶け出た生理的な涙が、頬を支える手に触れた。ああ、熱いな。
精一杯の力で押し出されて、ようやく唇が離れた。ボロボロと泣きながらだらしない口許から唾液を垂らすおチビちゃんの顔を見ていると、潤ったはずの喉奥が、またチリチリと悲鳴を上げる。この渇きはきっと、焼けるような熱さはきっと。目の前のこの子でないと満たせないのだろう。
「ファーストキス?」
「おまえ、最低だっ」
駆けていく後ろ姿を眺めながら、もう少しだけ一緒にいたかったなと思うが。どうせ同室なのだから、彼は俺から逃げられないのだから。
気が変わった。古臭い自販機のコーラのボタンを押す。プシュッと抜けていく気泡の音と、刺激的な喉越しで気を紛らわせないと、さっきの熱さを思い出してしまう。そうなってしまったら、きっともう戻ってはこられないだろう。そんな予感がする、茹だるような熱い夏の夜の話だった。
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