永遠に消えない心の絆
十番隊執務室。
「なんですって!!?」
乱菊の驚愕の声が響き渡る。
「はい。例の虚退治最中、日番谷隊長は、現世にて死神代行・黒崎一護を庇い、重傷を負いました」
「隊長が・・・!」
乱菊は立ち上がり目の前に居る隊士に問う。
「それで、隊長は今どこに居るの!?」
「四番隊の救護詰所に」
「わかったわ」と乱菊が言うのと同時に姿を消す伝令。
乱菊は酷くショックを受けた表情で、
「隊長・・・」
と呟いた。
***
四番隊救護詰所・日番谷の病室。
一護は、日番谷が寝ているベッドの隣にある椅子に腰かけ、悲しげな表情で日番谷の顔を見つめていた。
「冬獅郎・・・」
いくら自分を責めても責めきれない。
早く日番谷には目を覚ましてほしい。
そして早く謝りたい。
誤って済む問題ではないが、とにかく謝りたい。
そして、精一杯看病して、早く傷を治してあげなければ。
「だから、早く目を覚ませよ・・・冬獅郎」
すると、不意にガラッと音を立てて病室の扉が開いた。
顔だけ振り向いた一護が見たのは、暗く悲しみで沈んだ乱菊が立っていた。
「・・・乱菊さん」
「あたしは何も言わないわよ。あたしが何と言おうと、隊長が眼を覚ますわけじゃないんだから」
「・・・」
一護は眼を逸らすと、再び視線を日番谷に戻す。
乱菊は病室に入り、後ろ手で扉を閉めると、日番谷の寝ているベッドをはさんで一護と反対側に椅子を出して、一護同様、日番谷の顔を見つめた。
あまりにも静かに寝ているものだから、死んでしまっているようにも見えたことに、乱菊は首を横に振った。
(自分でも相当ショックを受けているようね・・・)
自嘲的な笑みを浮かべると、横目で一護を見る。
辛そうに日番谷を見つめている一護は、いかにも自分を責め続けているように見えた。
しかし、乱菊は何も言わないと決めていた。
押さえているが、自分でも信じられないほど一護のことを恨んでいる心があることを自覚している。
一護が悪くないとわかっている。わかっているのに、彼に恨みを抱く心を抑えつけることが出来ない。
そして、何よりも腹が立っているのは・・・
(自分もついて行って、隊長を護ることが出来なかったこと・・・!)
副隊長である自分が、隊長を護ることが出来ないなんて、これほどの怒りはないだろう。
乱菊は強く拳を握りしめると、ゆっくりと目を伏せた。
(乱菊さんは何も言わないと言った・・・)
けど、先程から自分に向けられる憎悪を感じていた。
憎まないはずがない。
恨まないはずがない。
全て、自分が悪いんだから。
(俺が、冬獅郎をこんな状態にした・・・)
自分が油断した所為で、それを庇った日番谷が怪我をした。
これを、自分の所為と言わないで誰の所為だというのだ。
悔やんでも悔やみきれない。
罰を受けろというのならどんな罰でも受ける。
ただ一つ、願うのは・・・
(眼を覚ましてくれ、冬獅郎・・・!)
日番谷が無事に眼を覚ますことが、今一番の願いだった。
「ぅ・・・」
「「っ!?」」
少しだけ開けていた乱菊の視界に、ピクッと動く指が見え、一護の耳に小さな呻き声が聞こえた。
二人は同時にバッと顔を上げ、日番谷を見る。
「冬獅郎!?」
「隊長!!」
二人の呼びかけに応えるように、ゆっくりと開かれる日番谷の眼。
「冬獅郎!大丈夫か!?」
「隊長!しっかりしてください!!」
ゆっくりと瞬きをした日番谷は、二人を交互に見つめてから体を起こし始める。
それに乱菊は手を貸した。
一護は立ち上がると「卯ノ花さんを呼んでくる」と言って病室を慌てて出て行った。
「隊長、大丈夫ですか?ホント、もう心配したんですからね!」
「・・・」
「た、隊長?どうしました?」
「――・・・え?」
「卯ノ花さん!!」
ある一室の扉をガラッと大きな音を立てて開けた一護は、中に居た卯ノ花に駆け寄る。
「黒崎さん。ここは四番隊ですよ?静かにしてくださいね」
「それどころじゃねえんだ!!冬獅郎が眼を覚ましたんだよ!」
「そうですか。わかりました、では行きましょう」
卯ノ花は他の仕事を副隊長の虎徹勇音に任せると、一護と共に日番谷の病室に向かった。
「乱菊さん、卯ノ花さん連れてきたぜ・・・って、どうかしたのか?」
「・・・」
日番谷はベッドの上で体を起していて、その前で乱菊が呆然と立っている。
様子がおかしいことに気付いて、一護は首を傾げる。
すると乱菊がゆっくりと振り向いて、
「隊長が・・・」
「え・・・?」
一護はバッと日番谷を振り返る。
そこには、虚ろな眼をして自分の手元をジッと見つめている日番谷の姿があった。
「とう・・・しろ・・・?」
「・・・」
一護は呆然と日番谷に歩み寄り、その両肩を掴んで少し揺らす。
「おい・・・冬獅郎・・・」
「・・・」
何の反応も示さない日番谷。
一護は次第に激しく肩を揺らした。
「おい!何とか言えよ!!冬獅郎!!」
「・・・」
「おいって!!」
「止しなさい、黒崎さん」
必要以上に激しく日番谷を揺らす一護に見かねた卯ノ花が制止にかかる。
乱菊はそれを呆然と見ているだけだった。
「けど、卯ノ花さん!」
「言ったはずです。日番谷隊長には何らかの後遺症が残る可能性があると」
「じゃ、じゃあ・・・これが・・・」
「おそらく、そうでしょう」
一護の手を日番谷から退けさせた卯ノ花は、日番谷のその乱れた衣服を整え、一護に向き直った。
「日番谷隊長は感情を失っております」
「感情・・・?」
一護は呆然と卯ノ花の言葉を繰り返す。
頷いた卯ノ花は日番谷を振り返った。
「おそらく記憶の方はあるでしょう。ですが、感情がなければ話すこともありません」
卯ノ花は虚ろな眼をした日番谷を辛そうに見つめ、一護を振り返った。
「ですが、記憶があるということは私たちのことが分からないわけではありませんので、普通に接してあげることが一番早く治す方法だと思っています」
「普通に・・・?」
「はい。もしかすれば、感情がもとに戻るかもしれません」
卯ノ花の言葉に、一護は俯き強く拳を握りしめる。
「どれくらい、時間はかかりますか?」
「それはわかりません。ですが、覚悟はしておいた方がいいでしょう」
「・・・」
卯ノ花の言葉に、考えるように一護は口を閉ざす。
そのとき、今まで口を開かなかった乱菊が叫ぶようにして、
「私は待ちます!!」
「っ!?」
「松本副隊長・・・」
一護は驚いて乱菊を振り返った。そこには、強い眼差しをした乱菊が真っ直ぐに卯ノ花を見つめていた。
「私は、何十年だろうが隊長がもとに戻るのを待っています!!」
「乱菊さん・・・」
「私が待たないで、誰が隊長の帰りを待っていろというんですか」
辛そうに言葉を震わせて言う乱菊に、一護は心が揺さぶられる。
副隊長であって辛いはずの乱菊がこんなに強いのに、自分は・・・
「だから、私は待ちます」
「そうですか・・・」
卯ノ花は穏やかに微笑み、頷いた。
乱菊は「では、隊長に怒られないように、私は仕事に戻ります」といつものような笑顔で、病室を出ていった。
「では、黒崎さん。あとは頼みますね」
「はい・・・」
卯ノ花はしばらく一護を一瞥したあと、静かに病室を出ていった。
「・・・」
一護は、日番谷を見つめたまま立ちつくす。
日番谷は先程から全く動かない。
それに一護は辛そうに顔を歪めて、日番谷の手を掴んで屈んだ。
「本当にごめんな・・・冬獅郎」
「・・・」
「絶対俺がお前を護ってやるからな・・・!」
一護は強く日番谷の手を握りしめた。
日番谷からの反応があると信じて・・・
しかし、日番谷の手はピクリとも動かなかった。