紅い月が欠けた時
「っ――!?」
ルキアと言い争っていた一護は、上に何かの気配を感じ、言いかけた口を閉じる。
「?・・・一護?」
急に黙り込んだ一護に、怪訝な表情をするルキア。
「今、何か感じなかったか?」
「いや・・・特には感じなかったが・・・。何かあったのか?」
「なんか、嫌な気配っていうか・・・そんなもんを感じたような・・・」
そう言いながら辺りを見渡すと、日番谷がいないことに気付く。
「冬獅郎は?」
「え?そういえば、どこにもおられないな・・・」
ルキアも言われて初めて気付いたようで、辺りを見渡す。
一護は恋次と乱菊にも聞こうとしたが、
「うっ・・・!」
周囲を酒の匂いで充満させ、床で大の字で寝転がっている二人に、日番谷のことを訊いても無駄だと判断した。
日番谷がいた窓から外を覗いてみても、外に出て行ったであろう痕跡はなかった。
「居ねえな・・・」
そう呟いて空を見上げた時、
「っ!?」
何かがヒュッと黒い影が通り過ぎて行った。
嫌な予感がし、屋根の上に上った一護が目にしたものは、
「これは、氷輪丸・・・!?」
日番谷の斬魄刀・氷輪丸が屋根の上に、落ちそうなギリギリのところにあった。
おそらく、転がってここで止まったのだろう。
一護はそれを手に取ると、ルキアを呼ぶ。
「ルキア!」
「一護、どうした?」
窓から覗いたルキアに氷輪丸を見せる。
「!それは・・・」
「ここにあったんだ。それと、さっき何か影を見た」
「影・・・?」
ルキアのもとまで下りると、一護は見かけたところを指差し、
「ああ。たぶん、冬獅郎に何かあったんだ」
一護の言葉に、ルキアは、
「そうとしか思えんな・・・。一護、とりあえず二人を起こすぞ」
「ああ・・・」
ルキアは恋次を、一護は乱菊を起こし始めた。
「おい、恋次!起きろ!」
「んぁ?何だよルキア・・・」
「乱菊さん!起きてください!」
「うるさいわねぇ・・・人が気持ちよく眠ってるところを、邪魔すんじゃ・・・ないわよ!!」
「ぐはっ!!」
寝ぼけている乱菊のアッパーカットを見事に食らった一護は倒れるも、必死に起き上がる。
「乱菊さん、いいから起きてくださいって・・・!」
「もう!!何よ、一体!?」
とようやく起きた乱菊に、一護は事情を説明した。
「何ですって!?」
「日番谷隊長が!?」
事情を聞いた二人は驚愕に目を見開く。
乱菊はそのまま一護に掴みかかった。
「あんた!隊長がいなくなったことに直気付かなかったの!?」
「・・・」
酒を飲んでた乱菊にも言えることだが、ここまで怒る乱菊に言い返すことは誰にもできなかった。
「松本副隊長。落ち着いてください」
「・・・わかってるわよ」
そう吐き捨てるように言うと、一護の胸倉を放す。
「・・・」
誰も何も言えず、沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのはルキアだった。
「ここでジッとしていてもしょうがありません。捜しに行きましょう」
「でも、どうやって捜すのよ?一護は影しか見てないんでしょ?」
「それは・・・」
乱菊の問いに、ルキアは言葉に詰まった。
「霊圧だって消されてるに違いないし、特徴も何も見てないんだったら、調べようもないわ」
「・・・」
その言葉に納得しながら思案していたルキアは、
「しかし、何もしないよりは何かしたほうがいいと思います」
「それもそうね。じゃあ、あたしと一護は隊長を探しに行くから、あんた達は尸魂界に戻って、隊長を連れ去った奴について調べるだけ調べて。手掛かりは何もないけれど」
「わかりました」
「はい」
頷いたルキアと恋次は立ちあがって穿開門を開き、中へと入って行った。
「・・・一護」
「はい・・・」
二人はそれだけ言葉にすると、日番谷を探すべく夜の街に姿を消していった。
***
紅い月が、風がなく波がない湖に反射している。
その湖の周りは山に囲まれていて、この空間だけ別世界のようだった。
そんな空間の中にある、さほど小さくは小屋。
見た目は古くボロボロだが、中は綺麗に改装されていて、置いてあるものからして女性が住むような部屋だった。
そこで静かに眠る少年は目を覚まし、ゆっくりと瞼を持ち上げた。
見慣れない天井。
少年――日番谷はハッと目を開けて、体を起こした。
辺りを見まわしてみても、この光景に覚えはない。
羽織は脱がされており、自分が寝ていたのもベッドの上で、随分丁寧に扱われていた。
この状態に戸惑っていると、扉が開く音がして、その方向に顔を向ける。
そこには、赤紫色の着物を着た髪の長い女が立っていた。
「起きたのね」
そういう女の声色はとても優しく、敵意は全く感じられなかった。
女が歩み寄ってくる。
それでも日番谷は多少は警戒しながら、
「何者だ?」
と問うた。
女はベッドに腰かけると、少し俯きながら、
「ごめんなさい。それはまだ言えないの」
と謝る。
日番谷が怪訝な顔をしていると、女は困ったような表情をして、
「いろいろ事情があってね」
と言って日番谷の方を向いた。
室内は薄暗く、顔がよく見えなかったので気付かなかったが、女は紅く輝いた目をしていた。
黒い髪に、紅い眼。
まるであの時見た月のようだ、と思った日番谷はそこでハッとする。