闇夜を照らす月のように
現世。
黒い着物を着て、身の丈ほどある大きな刀を背負ったその人物は、胸に大きな穴が開いた「怪物」のようなものに向かって飛んでいた。
「怪物」はその人物に気づくと、口を大きく開ける。その中には赤い光球がだんだん大きくなっている。
その人物は、背負っている刀の柄を持つ。
すると、その刀に巻きついていた布が一気に解けた。
刀を構えたまま、「怪物」に向かっていくと気づいた。
その「怪物」の足元に、胸に鎖がついた男の子がいることに。
男の子は相当怯えている。
怪物に襲われそうになっていたらしい。
それを横目で見ると、再び「怪物」に視線を戻す。
先程よりも、光球が大きい。
黒い着物を着た人物は、刀を頭上に構え、「怪物」がその光球をその人物に向けて攻撃しようとする前に、振り下ろした。
「怪物」は半分に切り裂かれ、足元からその姿は消えていった。
怯えている男の子の目の前に立つと、男の子は更に怯える。
「もう大丈夫だ」
そのことに怒りもせず、その人物は優しくいう。
しかし、男の子はまだ怯えていた。
そんな男の子に、その人物は柄を男の子の額に向ける。
「?」
男の子は怯えながら、目の前にいる人物のすることに、頭上に?を浮かべている。
その人物は、眉間に皺を寄せながらも、優しく微笑んだ。
「尸魂界(あっち)に行けば、もうこんな怖い思いはしなくて済むぞ」
「あっち」がどこを指しているかはわからなかったが、「怖い思いはしなくていい」それだけはわかった男の子は、ゆっくりと頷いた。
その男の子の額にゆっくりと柄を押し当てる。
途端、男の子の体が光に包まれ、「怪物」が消えるときとは違う、穏やかに消えていった。
黒い着物を着た人物―――黒崎一護は、橙の髪をたなびかせながら、男の子が行ったと思われる天を仰いだ。
.
一護は死神の仕事を終え、家に帰宅しようとして踵を返す。
すると、目の前に死神のいる尸魂界と現世を繋ぐ穿界門が強い光と共に現れた。
一瞬、眩しさで目の前を腕で覆う。
光はすぐに消え失せ、一護は覆っていた腕を下ろした。
「乱菊さん!冬獅郎!!」
穿界門の中から出てきたのは、十番隊隊長・日番谷冬獅郎と同隊副官・松本乱菊だった。
「冬獅郎じゃねぇ。『日番谷隊長』だ!」
「なんだよ、まだ気にしてんのか」
「隊長、頑固だから☆」
「ね!たいちょう☆」といいながら肩に手を置く乱菊を、「黙れ」と言ってその手を払いのけた日番谷は、一護に向き直る。
「今回、俺たちが現世に来たのは、確認されるはずのない霊圧が、この空座町に出現したからだ」
「確認されるはずのない霊圧?」
一護は日番谷の言葉を反復する。
それに何も言わずに頷いた日番谷は、総隊長兼一番隊隊長・山本元柳斎重國からの命令をそのまま一護に伝える。
「『死神代行と十番隊の二人にはこれを調査、あるいは消滅させよ』とな」
「それって、どんなやつなんだよ?虚?」
一護はまったくわけがわからず、頭をガシガシと掻きながら言う。
日番谷に手を払われ拗ねていた乱菊は、ようやく復活し、会話に割り込む。
「虚じゃなくて、昔、流魂街に居たなんらかの一族らしいんだけど・・・あたしたちにも詳しくはわからないのよ」
「じゃあ、どうやってそれを探し出すんだよ?」
「空座町に現れたってことはわかっているのなら、集団で行動していて、尚且つ知らない霊圧なら間違いなくそいつらだろ」
「馬鹿かお前」とでも言うかのように呆れた日番谷は、腕を組みながら言う。
そんな日番谷に「うっ!」と口ごもる一護を無視して、日番谷は話を続けた。
「とにかく、死んでいる奴の霊圧が感知されるはずがない。霊力探査能力が低いお前でも、地の利は詳しいだろうから、頼んだぞ」
「悪かったな・・・霊力探査能力が低くて・・・!」
さり気に悪態をつく日番谷に、一護は顔を引きつらせながら言った。
「松本、お前はこのことを井上織姫達に伝えて来い」
「わかりました!」
そういって乱菊は瞬歩で向かった。
日番谷は一護を振り返ると「行くぞ」と言って、乱菊同様、瞬歩で消えた。
「待てよ!」
一護も慌てて後を追う。
なんとか日番谷に追いついた一護は、隣に並ぶ。
「にしても。本当に出てくんのかよ?」
「さぁな。だが、手がかりが無い以上、これしか方法がないんだ」
「そうだけどよ・・・」
しばらく霊圧を探っていたが、それらしき霊圧は現れず・・・
「冬獅郎。そろそろ帰らねぇか?全然出てこないし、日も暮れてきたし」
「そうだな・・・」
そう言って踵を返すと同時に―――
「「―――っ!!!」」
物凄い霊圧が二人に圧し掛かった。
日番谷はバッと後ろを振り向く。
そこには・・・黒い衣装に身を包んだ男女達が、二人を見下ろしていた。
「っ誰だ!!」
一護はその霊圧に耐えながら問う。
しかし、その者たちは一護の問いに答えず、その中のリーダーらしき人物が、前に出て、
「お迎えに上がりました」
そう言うと、バッと姿を消す。
―――瞬歩だ。
そう思った時には既に遅く、その人物は日番谷の背後に回りこみ、
「日番谷様」
「え・・・?」
その体を抱えて再び瞬歩を使い、仲間のもとへ戻っていた。
「こんなところに居らしたのですね。探しましたよ」
「何のことだ!!放せ!!」
「冬獅郎!!」
一護は慌てて斬月を構えてその集団に向かっていったが、振り下ろす直前で刃が何かに当たって弾かれる。
「っ・・・!なんだ!?」
「無駄だ。貴様ごときにその結果を破ることは出来ない」
「結界!?」
言われて気づく。
あの集団の周りは、景色が歪んでいるかのような膜のようなものが張っていた。
日番谷はその中にいる。
「冬獅郎を返せ!!」
「返せ?それはこちらの台詞だ」
「何!?」
そのリーダー的な人物は、腕に抱えた日番谷を地面に下ろす。
日番谷は慌ててその者たちから距離をとるが、
「覚えておられませんか?日番谷様」
「お前らのことなんか知ら・・・」
「知らない」と言うつもりだったが、何かが引っかかって途中で口を閉ざす。
不審に思ったのか、結界の外から一護の「冬獅郎?」と呼ぶ声が聞こえる。
しかし、今の日番谷には一護の呼ぶ声も、目の前のいる人物達が敵だとしても、そんなことどうでもよかった。
ただ、見覚えのあるこの者達に、戸惑いを隠せないでいた。
「日番谷様・・・」
「お前達は・・・」
日番谷の記憶が、急速に過去へと引き戻される。
『俺たちはもう、生きてはいけない!』
『諦めるな!お前達が諦めたら、本当に死んじまうぞ!!』
『お前達がこの困難に勝って、生活が落ち着いてきたら俺に会いに来い。それまで俺は、ずっと待ってるから』
『日番谷様・・・』
.
「どこ、かで・・・?」
「はい」
呆然と呟く日番谷に、その人物ははっきりと頷いた。
「日番谷様・・・」
「日番谷様・・・」
口々に言う男女達。
それに比例するかのように、結界の中が光に包まれていく。
「と、冬獅郎っ・・・!」
一護の呼びかけは、耳に届いていないのか、日番谷は呆然と前にいるリーダー的な人物を見つめている。
光は増していき、結界が白い光に包まれていく。
「冬獅郎ーーーーーー!!!!」
一護が叫んだ時には、辺りは光に包まれ、何もなくなっていた。
「冬獅郎!?」
慌てて辺りを見回してみるが、誰の気配もない。
「一護!!」
苦手な霊圧探査をしようとしたが、声をかけられ中断する。
振り返ると、乱菊と織姫がこちらに駆け寄ってきていた。
「乱菊さん、井上・・・」
「なにか、ここら辺で異様な霊圧を感じたから来てみたんだけど、何かあった?」
「あれ?冬獅郎くんは一緒じゃないの?」
織姫の言葉に、一護は目を逸らす。
一護の態度に、何かあったと確信した乱菊は、一護に詰め寄る。
「一護。答えなさい。隊長は?」
「・・・」
「黒崎君・・・」
答えない一護に、乱菊はこめかみをひくつかせ、
「一護、答えないと・・・!」
「悪い、乱菊さん・・・」
怒鳴ろうとした乱菊の言葉を遮って、一護が小さく謝罪する。
ようやく答えた一護に乱菊はため息をついて、「何があったの?」と静かに聞く。
「冬獅郎が、奴らに連れてかれた・・・」
「そう・・・」
「冬獅郎君、大丈夫かな・・・?」
織姫が心配そうに呟く。
乱菊は「奴らに関して、何かわかったことは?」と一護に問う。
「なんか、冬獅郎と知り合いっぽかったな」
「知り合い?」
「冬獅郎は、今まで忘れてたらしいけど・・・。あいつらは冬獅郎目当てで現れたんだ」
一護は逸らしていた目を乱菊に真っ直ぐ向ける。
「奴らは、男と女、数人ずつ居た」
「やっぱり、集団で行動してたのね」
乱菊の言葉に、一護はゆっくりと頷いた。
「これから、どうするんですか?」
「とりあえず、尸魂界に戻ろうって思ってるけど・・・」
織姫の問いに答えた乱菊は、織姫から一護に視線を移しながら言う。
「俺も行く!」
「やっぱりいうと思ったわ」
乱菊は苦笑すると、織姫に顔を向ける。
「織姫はどうする?」
「あたしは、とりあえず石田君達にこのこと伝えないといけないから」
実は石田とチャドにも捜索を頼んでいたため、二人はまだこのことを知らないのである。
「そうね。わかったわ」
「あたしは浦原さんのところで待ってますから」
「ええ。一護、行くわよ!」
織姫に頷いた乱菊はそう言いながら斬魄刀を抜いた。
「ああ」
一護の返事を聞いた乱菊は斬魄刀を構え、
「解錠!」
すると、光とともに二重になった障子が現れる。
乱菊が先に中に入り、一護も後に続こうとするが、
「黒崎君!」
「?」
織姫に呼び止められ、一護は振り返る。
「冬獅郎君のこと、絶対助けようね!」
「ああ!」
織姫の言葉に、一護は大きく頷き、穿開門の中に入って行った。