紅い月が欠けた時
現世。クロサキ医院・一護の部屋。
窓から見える外は既に暗く、町の明かりがところどころに見えた。
時刻は深夜。
普通の人は寝ているこの時間に、この部屋の明かりは点いていた。
「おい一護!!姐さんはいつ来るんだよ!!」
「知るかよ。そろそろじゃねえの?」
コンは机の上からビシッと指さし、一護に問う。面倒くさそうに答えた一護は寝返りをうってコンに背を向けた。
姐さん――ルキアが来るのか、とコンが問うには理由があり、実はルキアが恋次などの他死神をつれて遊びに来るという。・・・深夜に。
それでご機嫌斜めな一護は、コンと話をするのも嫌がるのであった。
(早く寝てぇ・・・)
いつも振り回されているとはいえ、今回ばかりは流石にキツイ。
今日は虚退治をいつもより多くやっており、寝たいと思ってベッドに倒れた瞬間に、ルキアから、
『今夜、貴様の部屋に行くから、起きて待っていろ!』
と命令形で言われ機嫌が悪いのに、深夜になっても来ないという。
一護の眉間の皺はかつてないほど深かった。
コンのほうは、「早く姐さん来ないかな~」とご機嫌だったのだが、ここまで遅いと先程のように「姐さんはまだか!?」と始まり、姐さん姐さんとブツブツ呟いている。
それが一護の苛立ちを煽り、夜中だろうが構わず怒鳴ろうと起き上った時、
「いっちごーーー☆」
と電気をぶち壊して屋根裏部屋から入ってきたのは乱菊で・・・
「おい!!またかよ!!」
後から続いて入ってきたのが恋次とルキア。
「姐さぁあああん☆」
一護の言葉を無視し、「よっ」と入ってきたルキアに飛びつこうとしたコンだったが、
「ふぎゃっ!!」
着地した時に見事に踏まれた。
「おう。悪いな、コン」
と言いながら踏みつけ続けているルキアに、罪悪感の欠片もなかった。
「ごめんなさいね一護!隊長説得するのに時間かかっちゃって☆」
そう言いながら窓のほうに指差すと、そこには日番谷の姿が。
眉間の皺は、一護並みに深い。
「と、冬獅郎?」
「悪いな黒崎。こんな夜中に」
おそらく仕事を終え、眠ろうとしたときに乱菊が無理やり連れ来たのだろう。
日番谷の仕事が終わるのが遅くなり、こんな時間になってしまったのだろう。
そう思うと、今までため込んで怒りも収まってしまった。
――日番谷のほうが大変だと思ったから。
「いや、いいって。お前のほうが大変だったんだろ?」
「・・・悪いな」
予想は当たっていたらしい。
「ていうか。何で乱菊さんが来てんだ?」
ふとした疑問を口にすると、
「何よ。あたしが来ちゃいけないっての?」
「いや、そんなことは言ってないんだけどよ・・・」
と怒りオーラを放ちながら迫ってきた乱菊に、恐怖を感じて数歩下がりながら続ける。
「ルキアと恋次だけかと思ってたんスよ」
「最初は、そうだったのだが・・・」
ルキアが戸惑いがちにそう言いうと、何がったのか説明し始めた。
「恋次!」
声をかけられ振り向くと、ルキアが駆け足でこちらに向かってきていた。
「ルキア。どうしたんだよ?」
「たまには一護の顔を見に行くのもいいかと思ってな。先程「行く」と伝えたのだが、お前も来るか?」
「ま、ここんとこ暇だし、行ってもいいぜ」
少し考える素振りをした後、恋次は答えた。
「そうか。では、仕事はどれくらいに終わりそうか?」
「そうだな・・・。普通にやってりゃ夜には終わると思うぜ」
ミスなしで、白哉に説教されることがなければ、と考えながら恋次は言う。
「では丁度いいな!夜、穿開門前で待ち合わせな!」
「おう!」
恋次が答えると、ルキアは踵を返して歩いて行った。
夜。穿開門前。
このままルキアが来たら現世に行く。
それで終わるはずだった。
しかし・・・
「あら?恋次じゃない?」
「乱菊さん」
声をかけられ、声のしたほうを向くと、酒瓶を抱えた乱菊が歩み寄ってきた。
「夜に現世に行くの?」
「はい。ルキアと一緒に一護んとこに」
「へえ~、何しに?」
そう問いながら、抱えていた酒瓶を一つ手に取り、グビッと飲み干す。
「まぁ、たまには顔見に行くのもいいんじゃねえかと」
「ふ~ん。・・・あっ!そうだ!」
急に大声を出したかと思うと、ズイッと顔を近づけて、
「ね!あたしも行ってもいい!?」
「え、そんないきなり言われても・・・」
「いいでしょ!?ね!?はい、決まり!隊長連れてくるから、ここで待ってなさい!」
と勝手に決めて、瞬歩に近い速さで隊舎へと向かって行った。
残された恋次は、ルキアが来るまで呆然としていた。
「というわけだ」
ルキアが説明し終わると、一護はため息をつく。
「無理やりついてきたわけか」
「いいじゃない☆さ!飲むわよ~」
一護の小さな呟きを地獄耳で聞き取った乱菊は全く気にせず、どこから取り出したのか大量の酒瓶を床に置き始めた。
「って!あんたさっきも飲んでただろ!!」
「何よ恋次。いいじゃない別に」
「いや、よくないッスよ!!日番谷隊長が・・・」
「大丈夫☆隊長、寝てるから」
「え・・・?」と日番谷のほうを見ると、座ったまま寝息を立てていた。
「ね☆」
とウィンクする乱菊が、確信犯だったことに今気付いた恋次だった。
夜中だというのに、騒がしい一護の部屋。
よく黒崎家の人間は起きないものだと、関心している日番谷。
少しの間眠っていたのだが、あまりの煩さに起きてしまい、無理やり酒を飲まされた恋次と乱菊は仲良く騒いでいて、ルキアと一護は何かで喧嘩したのか、言い争っていた。
それにコンが口をはさみ、ルキアに潰されているというお決まりのことを繰り返していた。
その光景にため息をついた日番谷は、窓からこっそり抜けて、屋根の上に上った。
少し煩いが、ここなら少し休めるだろうと仰向けになる。
「今日は満月か・・・」
自然と視界に入る夜空に、日番谷は無意識に呟く。
満月と言っても珍しい、月が紅く輝いていた。
尸魂界では滅多に見れないな、と思いながら瞼を下したその時、
「っ・・・!!」
閉じる寸前に見えた光景に驚いた日番谷は、閉じかけた目をパッと開け、起き上る。
上を向けば、夜空に星が月が輝いている。
しかし、先程と違うのは・・・
「・・・半月?」
先刻までは満月だったのが、今は半月になっている。
満月からいきなり半月になるなんて聞いたことがない。
日番谷は目を見開いて驚いていると、何か気配を感じて立ち上がった。
「・・・?」
しかし、今は何も感じない。
辺りを警戒して周囲を見渡す。
半月になった紅い月を背後にしたその時――
「会いたい・・・」
背後から声が聞こえ、驚きバッと振り返ると、そこには月明かりの逆光で顔はよく見えないが、女が涙を流しながら立っていた。
「お前は・・・?」
「助けて・・・」
そう女が呟いたと同時に、日番谷の意識は途絶えた。