【うちの猫】











その夜。

俺は、子供を産む能力を持つ男の変身人間の夢を見た。

というか、夢の中で俺が狼の変身人間になっていた。

どうして変身人間だったのかは当時読んでいたマンガの影響だったから納得したけど、面白いのは背後の設定で、一族の中でも変身人間を産む能力を持つのは男の変身人間だけで、メスは変身能力を持たない普通の狼しか産めない、なんてヘンテコなものだった。

だーかーらー、どこからどうやって子供を産むのよ?

やっぱり帝王切開?

とかなんとか、朝になって夢から目覚めた俺は、寝ぼけた頭で自分が見た夢にツッコミを入れていた。

それから何となく覚めやらぬまま登校し、昨夜の出来事を気兼ねのない友人に語って聞かせたのだった。

てっきり信じてもらえないものと思っていたのに、友人は『何の本で読んだのか忘れたけど』と前置きしてから、猫の世界ではメスの数が少ない状況になるとオス同士で交尾が行われるケースもあるらしい、と教えてくれた。

そして、受け身となるオスは交尾に慣れると、行為で内臓を傷つけないように腸液と呼ばれる特殊な体液が分泌されるようになるのだ、とも。

そうか、あの時に悟飯のお尻からぬるっと出てきたあの体液は、腸液だったんだ。

なんだ、やっぱり悟飯は男の子だったんじゃないか。

・・・って、当たり前か。

しかし、交尾の時に男の子も女の子と同じように濡れるなんてこと、初めて知った。

まさに青天の霹靂。

なんて、呑気に感心している場合かっ!!

ってことは、つまり、悟飯は他のオス猫と交尾をしてるってこと!?

しかも、受身の立場で!?

それも、交尾に慣れすぎて腸液が分泌されるくらいの回数を!?

―そういえば、思い当たるフシがある。

以前、散歩に出ようとした悟飯が他のオス猫と遭遇した現場を目撃したことがあった。

猫ってのは室内で優雅にくつろぐイメージからおっとりとした性質に思えるけど、オス猫に限っては意外に喧嘩っ早い一面もある。

これは縄張りを持つ猫科の動物の特性で、特に初対面のオス猫同士では一触即発の険悪なムードになることも珍しくない。

喧嘩が始まるのを予測した俺は身構えたが、予想に反して相手のオス猫は悟飯をまるきり警戒していなかった。

どころか、お目当ての相手に出会えて喜んでいるように見えたのだ。

対する悟飯はギクリと顔を強張らせ、『どうしてお前がここにいるんだ』という表情をしていた。

余裕綽々の態度のオス猫と戸惑う様子の悟飯との温度差に、知り合いにしては雰囲気がおかしいと訝しんだ俺は、いつ喧嘩が始まってもすぐさま仲裁に入れるようにと、交互にふたりの出方を窺った。

案の定、悟飯が本格的な威嚇の前の低い唸り声を上げ、悟飯がオス猫に飛びかかられる可能性に、俺の身体に緊張が走った。

でも、怒りの篭っていない悟飯の声からはこれから喧嘩を仕掛けようとの敵意よりも、『早く帰ってくれ』との懇願が含まれてしているように俺には感じたんだ。

悟飯のこの声にオス猫は不敵にもニヤリと笑うと、自身に危険が及ばないのを確信したかのように背を向けて、悟飯より一回りも大きな体をのっしのっしと揺らしながら立ち去った。

その後ろ姿を見送る悟飯の瞳に若干の申し訳なさが浮かんでいることに、事なきを得て胸をなでおろしつつも、俺はふたりの関係性が気になった。

初対面ではなさそうなのに、敵でもなければ友人でもない。

人間のように『ただのクラスメイト』なんて間柄が猫の世界に存在するとも思えず、結局一連の出来事は何だったのだろうかと、暫くはもやもやしたものが俺の中に残った。

それが、昨夜の悟飯の反応と今日の友人の話から、今頃になってようやく答えを得た気がしたんだ。

あの時のあの子は、悟飯に逢いに来たんじゃなかったんだろうか。

それも約束もなしにいきなり現れたものだから悟飯は驚いて、しかも傍に俺が居たから相手を邪険にするしかなく、事情を察したオス猫は悟飯の立場を慮って大人しく引き下がった。

強引なこじつけなのかも知れないけど、そう考えると妙にしっくりくる。

あの時の俺の違和感が、すべて解消されるように思えるんだ。

それとも、俺の考え過ぎなのかな?

そういえば、時々、悟飯より一回りも体の大きなオス猫が家の周りをうろついていたっけ。

現れたオス猫はその時々でみんな違ったけど、どの猫も一様に何かを探すように辺りをキョロキョロしては、暫く経つと残念そうにどこかへ行ってしまった。

もしかして、あの子達のお目当ても悟飯だったのかな?

「多分、そうだろうね」

ここまでの俺の話を聞いた友人は微塵も動揺した様子を見せず、半ば呆れたように失笑して俺の考えを肯定した。

んな、馬鹿な。

頼むから少しくらいは否定してくれ。

でないと、これまでの馬鹿げた仮定が真実のように思えてしまうじゃないかっ!!

「真実かも知れないよ?」

「いや、だってさ、悟飯はちゃんと女の子と決まった時間にデートしてたんだよ?それなのに、どうしてオス猫と交尾する必要があるのさ?」

「そう、そのデートなんだけどさ、相手って本当に女の子なの?」

「・・・へっ・・・!?」

「だって、悟飯のデートの相手を見たわけじゃないんでしょう?」

「・・・!」



END

ここまでお読み戴きありがとうございました。
2/2ページ
スキ