【もういいかい】
「い~ち・・・、に~い・・・、さ~ん・・・」
高いトーンの幼い声が、家の中に響き渡る。
その声が十を数え終わらないうちに隠れておこうと、身を潜めるのに適当な場所を求めて、オラはあちこちを巡っていた。
外は土砂降りの雨。
家の屋根や建物の壁や、地面や森の木々を強く叩きつける雨音が、ガラス窓を通してうるさいくらいに聞こえている。
その音に混じる声がカウントを進める度に、オラの焦りも進行していく。
参ったな、どこに隠れりゃいいんだ。
生憎の天気だけど、運良く休日だった為、昼寝中のチチを除いた3人で始めたかくれんぼ。
台所の冷蔵庫と壁の狭い隙間、クローゼットに押入れ、カーテンの裏に悟飯の勉強机の下。
もう既に、たいがいの場所は誰かしらが使っていた。
あと、この家で使ってない場所は・・・。
便所と風呂場くらいしかないか。
でも、便所じゃ隠れるところなんてない。
だったら風呂場だと、オラは目的地に急行した。
もしも運良く風呂の水が抜かれていたなら、空の風呂釜なんて隠れるにはもってこいだ。
ところが、音を立てないように風呂の蓋をめくってみると、そこには既に先客がいた。
「悟飯、何だおめぇこんなとこに隠れてたんか」
「お父さん、僕が先ですよ」
まるで内緒話をするように声をひそめて、悟飯はオラを上目遣いで睨んだ。
これは益々参ったぞ。
ここに隠れられなければ、オラはもうお手上げだ。
いや、だけど。
「悟飯、もう少しそっちに寄れ」
「ええっ・・・!無茶ですよ!」
隠れる場所は先着順で決まるというかくれんぼの暗黙のルールを無視したオラの命令に、悟飯は小声で抗った。
けど、構うものか。
オラが足を伸ばしても肩までお湯に浸かれるくらいの大きさの浴槽なら、男ふたりでもいけるはずだ。
・・・ぎゅうぎゅう詰めで、かなり苦しいだろうけど。
「いいから、早くしろ。時間がねぇ!」
オラが語気を強めると、悟飯はしぶしぶ従って浴槽の片側にオラが入るスペースを作った。
と、丁度その時、悟天が最後の数字を数え終わる声が小さく聞こえてきて、続くフレーズに返答する為にオラは廊下へ出た。
風呂場で大きな声なんか出したら音が反響して、オラたちがどこに隠れているか一発でバレちまう。
「もう―いいか―い?」
「もういいぞ!」
言うが早いか、オラは極力物音を立てないように細心の注意を払いつつ、素早い動作で風呂場の扉と浴槽の蓋を閉めて浴槽へと身を沈めた。
オラが修行での疲れを癒せるようにと家を建てる時に牛魔王のおっちゃんが注文してくれた浴槽は、ひとりだと体を伸ばしてゆったりと湯船につかれるほど広いのに、大の男がふたり同時に入るとさすが狭かった。
そうか、こいつはもうオラと体の大きさが変わらねぇんだった。
無理もねぇか。
仕方なしにオラと悟飯は横並びになった肩を痛いほどすぼめて、悟天が探しに来るのを待った。
それでも否応なしに半袖の腕が密着し、オラの心臓がどきりと竦んだ。
それだけじゃない。
悟飯の匂い、悟飯の吐息、悟飯の体温、悟飯の気配。
限られた狭い空間いっぱいに悟飯が充満していて、オラの心臓は熱い湯にのぼせた時と同じくらいの早さで脈打った。
こんなに大きな音でドキドキしてたら、悟飯にも聞こえちゃうんじゃねぇのか。
もしかして、聞こえてるのに聞こえないフリしてんのか?
こんなにオラとくっついてるのに、こいつは何も感じねぇんか?
あんまりオラがドキドキするからか、何だか段々と浴槽内の温度が上がってきたような気がする。
悟飯、おめぇはどうなんだ?
こんな状況でも、冷静でいられるんか?
おめぇはオラのこと、どう思ってんだよ?
いろんな疑問が頭に浮かんできて、オラの心臓は一向に静まらない。
もしかして、こいつもオラと同じなんじゃないかと馬鹿な考えまで始めた時、悟飯が下にずれて体勢を変えた。
なんと、浴槽の壁に背中を預けて体を支えるオラの胸に、自分の頭を乗せてきたんだ。
なっ・・・!
な、な、な、な、何やってんだ、おめぇ!
そんなことしたら、オラの心臓の音がおめぇに聞こえちまうだろ!
や、やっぱり、こいつもオラに気があるんか。
でなければ、こんな狭い所で抱き合ったりしねぇよな?
そう思った瞬間、オラは無意識に震える手で悟飯の肩を抱いていた。
真っ暗がりの中で、悟飯が顔を上げた気配がした。
表情は見えないけど、これは、キスをしてもいいってサインなんかな?
キ・・・キス、しても・・・いい・・・んか、な・・・?
と、見えない唇に向かってオラが動こうとした時、悟飯が言った。
「さっきよりはマシでしょう?狭いんだから、我慢して下さい」
・・・何だ、そういうことか・・・。
・・・そういうことかよ・・・。
散々オラに期待させておいて、肩透かし喰らわせるんか。
いや、でも、こいつは自分がオラに思わせぶりな態度をとったなんて、思ってもいないだろう。
逆説のようだが、オラの気持ちを知ったなら、こいつは間違ってもこんなことはしねぇ。
悟飯はオラを父親としてしか見ていないから、こんな、恋人に甘えるみたいな真似が出来るんだ。
そう思った途端、オラの心臓は、さっきとは違う痛み方をした。
なんていうか、刃の薄い刃物がさくっと刺さったみたいな痛み方だった。
そうして心臓のドキドキがズキズキに変わって暫くしてから、突如として慌ただしい物音と同時に世界に光りが差した。
「お父さん、見~つけた!!」
嬉々とした声と満面の笑顔が光りと一緒にオラの頭上に降り注ぎ、その光りのあまりの眩しさに、オラは額に手をかざした。
傍にいた悟飯はオラの胸に凭れかかっていたから悟天に見つかるのが遅れ、この時のかくれんぼは必然的にオラの一番負けとなった。
一連の出来事で悟飯にまだ期待が持てないのを思い知ったオラは、いつか悟飯がオラの心を見つけてくれるのを、切に願ったのだった―
―なんてことがあったのが、今でも昨日のことのように鮮明に思い出せる。
あの頃まだは切ない片恋に耐えていたオラは、今では別の案件に耐えていた。
あの時と同じくらいにオラの心臓はバクバクと暴れ、その苦しさに、噛み締めた奥歯から呻き声が漏れた。
逆流した欲望に股間はズキズキと痛み、額には脂汗が滲んでくる。
体内を縦横無尽に吹き荒れる嵐に、全身が震えた。
込み上げる排泄欲と自然の摂理に則った生理現象をむりやり抑え付けるには、尋常ではない胆力が必要だった。
「・・・と・・・さ・・・?」
動きを止めてひとりで悶えるオラを不審に思ったのか、呂律のまわらない舌足らずの口調で、悟飯がオラを呼んだ。
多分、今のこいつは、まともに喋れないだろう。
どけど、悟飯がまともに喋れる時に、オラは一度だけ聞いたことがあった。
悟飯がオラを好きだとはっきり自覚したのは、あのかくれんぼから季節がもうひとつ進んだ頃だった、と。
てことはだな、悟飯に自覚がなかっただけで、実はあの時にはもう、悟飯はオラに気があったんじゃねぇのかな。
なんて、思ってたりもする。
それがオラの自惚れか単なる思い違いか、それとも正鵠を射ってるのかは、形に残らない人の想いだから今さら確認しようがないけれども。
でも、これだけはハッキリとわかる。
今、悟飯がオラに身体も心も預けてるってこと。
オラを見る瞳に安心と信頼が篭ってる、ってこと。
オラはその瞳を見る度に、体の奥底が疼いて仕方がない。
その疼きを解消させようと腰を前後に動かすと、再び悟飯は白い咽喉を仰け反らせて喘ぎ始めた。
つい今しがた達したばかりなのに、いや、達した直後だからこそか、ものすごく悟飯の反応が良い。
尻での快感を覚えて以来、悟飯の到達点は段階を追って早まってきている。
身体の外部を擦られる快感と身体の内部を攻められる快感とでは質が違う、と悟飯は言っていた。
だから、かな。
オラが一突きする度に、悟飯が全身をびくりびくりと震わせるのは。
そんな悟飯の反応を思い出すと、オラはその場で無性に悟飯が欲しくなる。
畑仕事をしてても、メシを食ってる時でも、風呂にのんびり浸かってる時でも・・・。
これじゃあ、オラはまるで色情狂みたいだよな。
こんなに悟飯が欲しいのに。
毎日でも悟飯を求めたいくらいなのに。
オラの希望通りに許されないからこそ、許された時間を引き伸ばそうと必死で放出を堪えるようになったのは、いつ頃からだったか。
「と、さ・・・も、う・・・っ!」
本当ならさっきのタイミングがフィニッシュのはずだったと悟飯も承知しているのか、ふりだしに戻ったオラに、今にも泣き出しそうな顔で悟飯が何かを訴えてきた。
おめぇの言いたいことは、わかってる。
『もう、いいでしょう?』
心ん中じゃ、そう思ってるんだよな?
でも、そう訊かれる度に、不思議とあのかくれんぼでのことを思い出しちまうんだよな。
『もういいかい?』
不思議と、悟天の幼い声が耳にこだまする。
オラはその声に応えるように、悟飯の弱点である耳に唇を寄せると低く囁いた。
「ま~だだよ」
END
ここまでお読み戴きありがとうございました。