【聖夜の贈り物】
【聖夜の贈り物】
上空から見下ろした街は、まるで天の川の一角を切り取ったような光りの絨毯を長方形に敷き詰め、瞬くことのない無数の星々が所せましとひしめき合っていた。
街に近付くと、輝く星はビルの明かりや街灯やネオンばかりでなく、この季節特有のカラフルな電飾が点滅する光りであるのがわかる。
人通りの少ない路地に降り立ち大通りに出れば、赤と白の帽子を被った店員が、寒さに凍える様子など微塵も見せぬ明るい笑顔を、行き交う人々に投げ掛ける。
その前を通り過ぎる、分厚い上着を纏った人々。
様々な防寒具を身につけ、老若男女を問わず皆一様に浮かれている。
雑多な喧騒の間を摺り抜けて駅前の広場に辿り着くと、そこには大木をモミの木に見立てた巨大な イルミネーションが、側を通る人々の足を止めさせている。
『あの娘、後から遅れて来るって』
『なぁ、あそこの店行かねぇ?』
派手なイルミネーションを真下から見上げる悟飯の耳に聞こえる、クリスマスという名のパーティー日を楽しむ若いグループの声。
こんな日にこんな所に呼び出すなんて、一体全体どういう了見なんだろうか。
他人の声を遠く聞きながら、自分の胸の鼓動も人事に感じるように努める。
この胸のドキドキは、間違ってもときめきなんかではない、と繰り返し何度も自分に言い聞かせて。
何てったって、『アイツ』は父親の敵なのだ。
父の敵はすなわち、地球の敵であり、悟飯の敵でもある。
「よぉ、待たせたな」
悟飯がイルミネーションの前で立ち止まって間もなく、父によく似た、だが父より幾分か低いトーンの艶のある声が、頭上から降ってきた。
その声に俯き加減の悟飯が顔を上げると、緊張した空気がピシリと軋んだ。
「・・・何の用?」
礼儀正しい悟飯が珍しく『こんばんは』の挨拶もすっ飛ばし、高圧的な態度に出ても、現れた人物はさほど気にも留めない。
おいおい、おっかねぇなぁ、とむしろ面白がる。
こんな風にいつもいつもふざけるものだから、尚更悟飯にはターレスが気に喰わない。
「今日くらいは休戦と行こうぜ。そら」
何の前置きもなしにポンと大きな袋を渡されて、
悟飯は袋とターレスを交互に見比べた。
とても安物に思えないビニール製の袋には、有名ブランドのロゴが入っている。
そして、袋に丁寧にかけられたピンク色のリボン。
「開けて、いいの・・・?」
「ああ。何なら、着て帰れ」
この日にこの状況で、これは何か、と尋ねるほど悟飯も疎くない。
ターレスがイベントを大事にするキャラだとも思えないが、何か考えがあってのプレゼントなのだろう。
ならば、こんな日くらい素直に受け取っても、問題はなさそうだ。
ビニール袋から取り出した物を広げると、『着て帰れ』と宣ったターレスの言葉が理解できた。
今シーズン流行りのジャンパー、白地に所々黒色のポイントがあしらわれ、黄色いメーカーのロゴは邪魔くさく感じられない大きさで前面に施されている。
老いと若きと男女の別を嫌わない洒落たデザインと優れた防寒性、着心地も肌触りも良く、手に持つと重そうな外見を裏切ってかなり軽い。
何より人気の理由は、取り外したフードと、動物の毛のような付属品の襟との交換が可能だからだった。
街やTVで何度も見かけ、母も気に留めていた一品だったが、いかんせん倹約家の母がバッグから財布を取り出すには至らない値段であるのを、悟飯は知っていた。
「今着ている上着は、丈も袖も短くなっているだろう。お前の母親は気が付いていないみたいだがな。今のお前の身長よりも少し大きめなのを選んだから、来シーズンくらいまでなら、何とかなるだろう」
「・・ありがとう、ターレス・・・」
驚愕という衝撃が過ぎぬまま、呆然と悟飯は礼を述べた。
だって、まさか、あのターレスが、悟飯の上着を気にするだなんて。
「大切にするね」
絶滅危惧種に遭遇するよりも機会の少ないターレスの好意を素直に受け取ると決め、悟飯は真っ直ぐターレスの瞳を捉えて本心を告げた。
「いや、無理だろう。来シーズンはともかく、再来年には着られなくなる」
成長期の少年に衣類をプレゼントするからには、ずっと持っていて貰えることなど期待できない。
その謙虚さをもっと以前から示してくれれば、悟飯の態度も違ったものを。
「次は、母親に買って貰え」
「次もターレスが買ってよ」
「・・・何・・・?」
「次も、ターレスが買って」
驚くターレスに、至極当然のことのように悟飯は微笑んだ。
クリスマスには、ターレスが悟飯へプレゼントを贈るのが当たり前になったように。
「ね、ターレス、これから何か予定が入ってる?入ってなければ、ディナーくらいなら付き合ってあげても良いんだけど」
いつになく強気な悟飯に気圧されて、ターレスはにべもなく頷いた。
ターレスのエスコートを期待して歩き出した悟飯に釣られてターレスが一歩を踏み出すと、前を向いたまま、ぽつりと悟飯が漏らす。
「僕、ターレスに何もプレゼントを用意して来なかったんだ。・・・ごめんね、ターレス」
俯き加減の悟飯の白い頬に、ほんのり朱がさしていた。
もう貰った、と後ろからターレスが声をかけると、何のことだと悟飯が小首を傾げる。
何も形に残る物ばかりがプレゼントではないと少年の悟飯が悟るまで、どうやら後数年の時間を必要とするらしかった。
END
ここまでお読み戴きありがとうございました。
上空から見下ろした街は、まるで天の川の一角を切り取ったような光りの絨毯を長方形に敷き詰め、瞬くことのない無数の星々が所せましとひしめき合っていた。
街に近付くと、輝く星はビルの明かりや街灯やネオンばかりでなく、この季節特有のカラフルな電飾が点滅する光りであるのがわかる。
人通りの少ない路地に降り立ち大通りに出れば、赤と白の帽子を被った店員が、寒さに凍える様子など微塵も見せぬ明るい笑顔を、行き交う人々に投げ掛ける。
その前を通り過ぎる、分厚い上着を纏った人々。
様々な防寒具を身につけ、老若男女を問わず皆一様に浮かれている。
雑多な喧騒の間を摺り抜けて駅前の広場に辿り着くと、そこには大木をモミの木に見立てた巨大な イルミネーションが、側を通る人々の足を止めさせている。
『あの娘、後から遅れて来るって』
『なぁ、あそこの店行かねぇ?』
派手なイルミネーションを真下から見上げる悟飯の耳に聞こえる、クリスマスという名のパーティー日を楽しむ若いグループの声。
こんな日にこんな所に呼び出すなんて、一体全体どういう了見なんだろうか。
他人の声を遠く聞きながら、自分の胸の鼓動も人事に感じるように努める。
この胸のドキドキは、間違ってもときめきなんかではない、と繰り返し何度も自分に言い聞かせて。
何てったって、『アイツ』は父親の敵なのだ。
父の敵はすなわち、地球の敵であり、悟飯の敵でもある。
「よぉ、待たせたな」
悟飯がイルミネーションの前で立ち止まって間もなく、父によく似た、だが父より幾分か低いトーンの艶のある声が、頭上から降ってきた。
その声に俯き加減の悟飯が顔を上げると、緊張した空気がピシリと軋んだ。
「・・・何の用?」
礼儀正しい悟飯が珍しく『こんばんは』の挨拶もすっ飛ばし、高圧的な態度に出ても、現れた人物はさほど気にも留めない。
おいおい、おっかねぇなぁ、とむしろ面白がる。
こんな風にいつもいつもふざけるものだから、尚更悟飯にはターレスが気に喰わない。
「今日くらいは休戦と行こうぜ。そら」
何の前置きもなしにポンと大きな袋を渡されて、
悟飯は袋とターレスを交互に見比べた。
とても安物に思えないビニール製の袋には、有名ブランドのロゴが入っている。
そして、袋に丁寧にかけられたピンク色のリボン。
「開けて、いいの・・・?」
「ああ。何なら、着て帰れ」
この日にこの状況で、これは何か、と尋ねるほど悟飯も疎くない。
ターレスがイベントを大事にするキャラだとも思えないが、何か考えがあってのプレゼントなのだろう。
ならば、こんな日くらい素直に受け取っても、問題はなさそうだ。
ビニール袋から取り出した物を広げると、『着て帰れ』と宣ったターレスの言葉が理解できた。
今シーズン流行りのジャンパー、白地に所々黒色のポイントがあしらわれ、黄色いメーカーのロゴは邪魔くさく感じられない大きさで前面に施されている。
老いと若きと男女の別を嫌わない洒落たデザインと優れた防寒性、着心地も肌触りも良く、手に持つと重そうな外見を裏切ってかなり軽い。
何より人気の理由は、取り外したフードと、動物の毛のような付属品の襟との交換が可能だからだった。
街やTVで何度も見かけ、母も気に留めていた一品だったが、いかんせん倹約家の母がバッグから財布を取り出すには至らない値段であるのを、悟飯は知っていた。
「今着ている上着は、丈も袖も短くなっているだろう。お前の母親は気が付いていないみたいだがな。今のお前の身長よりも少し大きめなのを選んだから、来シーズンくらいまでなら、何とかなるだろう」
「・・ありがとう、ターレス・・・」
驚愕という衝撃が過ぎぬまま、呆然と悟飯は礼を述べた。
だって、まさか、あのターレスが、悟飯の上着を気にするだなんて。
「大切にするね」
絶滅危惧種に遭遇するよりも機会の少ないターレスの好意を素直に受け取ると決め、悟飯は真っ直ぐターレスの瞳を捉えて本心を告げた。
「いや、無理だろう。来シーズンはともかく、再来年には着られなくなる」
成長期の少年に衣類をプレゼントするからには、ずっと持っていて貰えることなど期待できない。
その謙虚さをもっと以前から示してくれれば、悟飯の態度も違ったものを。
「次は、母親に買って貰え」
「次もターレスが買ってよ」
「・・・何・・・?」
「次も、ターレスが買って」
驚くターレスに、至極当然のことのように悟飯は微笑んだ。
クリスマスには、ターレスが悟飯へプレゼントを贈るのが当たり前になったように。
「ね、ターレス、これから何か予定が入ってる?入ってなければ、ディナーくらいなら付き合ってあげても良いんだけど」
いつになく強気な悟飯に気圧されて、ターレスはにべもなく頷いた。
ターレスのエスコートを期待して歩き出した悟飯に釣られてターレスが一歩を踏み出すと、前を向いたまま、ぽつりと悟飯が漏らす。
「僕、ターレスに何もプレゼントを用意して来なかったんだ。・・・ごめんね、ターレス」
俯き加減の悟飯の白い頬に、ほんのり朱がさしていた。
もう貰った、と後ろからターレスが声をかけると、何のことだと悟飯が小首を傾げる。
何も形に残る物ばかりがプレゼントではないと少年の悟飯が悟るまで、どうやら後数年の時間を必要とするらしかった。
END
ここまでお読み戴きありがとうございました。