【親の心、子知らず-親心と男心の狭間-】

【親の心、子知らず―親心と男心の狭間―】


「はぁ・・・」

大きくて分厚い自分の手の平を見つめ、悟空はもう何度目になるのかわからないため息をついた。
武術で鍛えられただけでなく、文明に頼らない生活で固くなった己の手の平。
きっと、痛かったに違いない。
あれから悟飯は、家を飛び出したきり、何時間経っても帰って来ない。
恐らく、喧嘩をした父親の顔など、見たくもないのだろう。
思わず可愛い息子の頬を、平手打ちで殴ってしまった。
ソファに腰掛けた悟空の背中は、自己嫌悪で知らず知らずのうちに丸くなる。
発端は、悟飯がターレスの元に遊びに行くと言い出したことだった。

『駄目だ!!父ちゃんは絶対に許さねぇぞ!!』

『・・・どうしても駄目ですか?』

『当たり前だ!あんなヤツのところになんか行ったら、どんな目に遭うかわかったもんじゃねぇぞ!』

『大丈夫ですよ、お父さん。ターレスはもう悪いことはしません』

『いいや、わかんねぇぞ。今は悪さしてなくても、これから悪さするかも知れねぇじゃねぇか!』

『そんな・・・』

『今だって、心ん中じゃ悪いこと企んでるかも知れねぇぞ』

『そんなことありません・・・!お父さん、ターレスは・・・』

『悟飯ッ!父ちゃんの言うことが聞けねぇのかッ!ヤツは信用できねぇ!』

『どうして、そう一方的に決めつけるんですか・・・!そんなの、お父さんらしくないよっ!』

『これだけ言っても、まだわからねぇのかッ!!』

悟飯とのやり取りの間に段々と感情的になってゆき、最後には言葉と同時につい手が出てしまった。
生まれて初めて父親に手を挙げられた悟飯はショックでその場に立ち竦み、次いで透明な涙が両目に盛り上がってきたかと思うと、『お父さんのバカッ!!』とお決まりの捨て台詞を吐いて家を飛び出して行った。
あっという間に舞空術で遠ざかる息子の後を、悟空は追おうとはしなかった。
行き先などおおよその検討がついていたし、悟飯が向かった先が予想通りなら、尚更不愉快になるから。
それに、父親を怒らせたことを、優しいあの子が後悔していない筈がない。

「はぁ・・・」

何度思い返してみても、出てくるのはため息ばかり。
このままここでこうしていてもラチがあかないと、悟飯を迎えに行こうかと悟空が腰を浮かせた時だった。

「ただいま・・・」

いつもより幾分元気のない声で、悟飯が帰って来た。

「悟飯・・・。どこ行ってたんだ、おめぇ」

「・・・うん・・・。ピッコロさんのとこ」

「ピッコロ・・・!?ピッコロんとこ行って、何してたんだ?」

「お父さんのこと、相談してました」

「そっか・・・。ピッコロは何て言ってた?」

『どうも悟空は過保護でいかんな。だが、ヤツの言うことは尤もだ。オレもターレスは信用できん。行くなとは言わんが、何かあったらすぐに逃げろ。用心するに越したことはない』

「お父さん、ターレスは独りぼっちなんだよ」

「えっ!?あ、あぁ、そうだなぁ・・・」

「なのに、信じてあげる人が一人もいなかったら、寂しいよ」

「・・・悟飯・・・」

子供故の純粋さ。
自己防衛の為に猜疑心を抱く大人にはない、疑うことを知らない子供特有の純粋な魂。
どこまでも人を信じ、他人の不幸を憂える、優しい心。
それが、悟飯を動かしていた。

「・・・わかった。オラはもう反対しねぇ・・・」

悟空の諦めたような呟きに、悟飯はパァッと顔を輝かせる。

悟飯がターレスと逢うなんて、どうにも我慢が出来なかった。
悟飯がターレスと逢っている、と思っただけで、どうしてか気持ちが落ち着かず、心がささくれ立った。
息子の味方でありたい親心と、許したくない男心。

はしゃぐ悟飯とは裏腹に、二つの心の狭間で揺れる悟空は、ただ黙って佇むしかなかった。





END

ここまでお読み戴きありがとうございました。
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