現世クン美奈SSログ



『一日の始まりと終わりを(クン美奈)』


慌ただしい平日の朝、何度一緒に迎えたのだろう。
決まって愛を育んだ夜は、そのまま恋人の家に泊まる事がもう日課で、暗黙の了解となっていた。
公斗も、美奈子の無理をさせてしまっている事に罪悪感を抱いているから帰ることを強く促せない。触れた分、離れ難くもあるから余計だ。
恋とは何と厄介な病気だろうかと感じていた。どんどん好きになり、愛おしくなる。恐ろしい病だと思った。

「じゃあ、行ってくる」

起きてきた美奈子に一言そう言って玄関に一緒に向かい、身体を美奈子へ向ける。

「ちょっと待って」

そう言って美奈子は、公斗を呼び止めたかと思うとネクタイに手をかけた。
驚いた公斗だが、慣れた手つきでネクタイを整える美奈子に驚き、釘付けになる。
そして、ふと我に返り湧き上がった疑問を美奈子にぶつけた。

「ありがとう。ってちょっと待て!」
「ん?」

今度は公斗が“ちょっと待て”と言う台詞を言う番だった。
ネクタイを整える手つきが余りにも慣れすぎている。
まさか他にネクタイを必要とする男でもいるのかと疑心暗鬼になる。

「いや、妙にネクタイ慣れしているなと思ってな」
「ああ、中学校の時のセーラーがネクタイ結びだったのよ。後、パパ」
「ああ、何だ。そういう事か……」
「何で?」
「いや、別に何でもない」
「何でも無くない?」

美奈子がネクタイ慣れしている理由を聞き、安堵と共に妙な納得をしてホッとした。
他に男がいるのではと疑ってしまった己が恥ずかしい。
そして知られてはいけないと必死で隠そうといつもの仏頂面で取り繕うとしようとしたが、美奈子の鋭い洞察力でやり過ごせなくなり、白状させられてしまった。

「じゃ、じゃあ行ってくるからな」
「待って!」

気まづくなった公斗は、慌てて出ていこうとしたが、またここで美奈子に呼び止められてしまう。

「なん……」

何だ?との質問は美奈子の行為で封じられてしまった。
整えたネクタイを掴んだかと思うと公斗は美奈子の顔の高さまで引き寄せられ、唇にキスをされた。

「……ん」
「行ってらっしゃいのキス」

唇を離した美奈子は得意気にウインクをしながらそう言葉を発した。

「……」

突然の可愛い恋人の行動に、真面目な公斗でも最早行くのが嫌になりそうだったが、後ろ髪を引かれる思いで出勤した。
そしてその日の夜、帰宅した自宅にはまた美奈子が来ていた。

「美奈子……」
「……公斗」

朝にはなかった色気を含んだ顔で美奈子はネクタイに手をかけた。朝に整えたネクタイを、今度は解くために。




おわり

20241001 ネクタイの日

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