第十章 炎上
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「ゆう…」
大久保さんは、そう言うと、なんかもう…ものすごーく意地悪そうな顔になった。
「お前はどうしても…私の理性を吹っ飛ばさずにはいられないらしいな」
私は、がしっと腰のあたりをつかまれて、引き寄せられた。
お…男の人の力って…こんなに強いの?
なんかその…逃げられないっつか…骨が折れそうだよっ。
もう片っぽの手で、私のあごが乱暴にくいっと上に向けられた。
数センチも離れていないとこで、大久保さんの唇が不満げにゆがむ。
「だいたいお前は最初に会った時からそうだ。
目の前にいるのに触れられん、体温も感じん…そんな状態なのをいいことに…。
まあ無防備にのほほんと、年端もいかん小僧っ子の劣情をあおるような真似をさんざんしくさって…。
藩邸に来てからも…なんだあれは。朝は日が高くなるまで、夜着をはだけて脚をおっ広げて眠りこけとるわ…。
京の夏は暑いですねなどと、縁側で水だらいに足つっ込んで、着物の裾を膝までまくり上げてはしゃぎまわっとるわ…」
え…と…。
なんか恨み言いわれてる気がするんですけど…いまいち、状況がつかめないんですが…。
「あの…れつじょうって…何ですか?」
「…お前は…」
大久保さんの体から、がっくりと力が抜けた。
そして、もう一度、こんどは何か大切な、こわれやすいものでも扱うように、私は抱きしめ直された。
「そういうセリフを…信頼しきってますという目をしながら、人の顔を見上げて言うな」
「へ…?」
大久保さんは、長い長いため息をついた。
「すまん…。嘘を、ついた。
お前を小娘と呼ばないと落ち着かんのは…そういう理由ではない…」
そう言ってから、大久保さんは、しばらく黙っていた。何を考えていたんだろう。
「…自分でも、なぜそうなのかは、よくわからん…。
お前を名前で呼んでしまう毎に…なぜか決まって…暗い深い淵のそばに立っているような、ざわざわとした心持ちになる」
「え…?」
私は大久保さんの顔を見ようとしたけど…なんか私の頭は、すっぽりと大久保さんの胸の中に入っちゃってて…彼の顔を見ることはできなかった。
淡々と、ほとんど感情を交えずに、大久保さんは話してたけど…。
その声は、いつもとはまったく違って…、喉に詰まって消えそうになるのを、無理やり絞り出しているような、かすれた声だった。
「理屈にあわん衝動だということは分かっている。
だが…今まで…私の周囲では、あまりに多くの人間が不幸になり過ぎた。死んだ者も大勢いる。
私がお前をただの小娘でなく…自分にとって特別な存在だと、言葉で認めてしまったら…。
その途端、今まで死んでいった者たちと同じように、お前の命も消えてしまうのだと…。
何か得体のしれないものが、胸の奥底から這い上がってきて…そう、私に告げる」
「そんなこと…」
「言ったろう。理屈に合わん、根拠もないということは承知している。
だから、自分でも、なぜ自分を抑えられんのか、理解できん。
お前を大切に思うほど、離したくないと感じるほど…。
私の中でもうひとりの私が、これ以上、近しくなっては危ない…と…。
それほど大事に思うなら、なぜ嫌われてやらんのだと騒ぎ立てる」
一言一言を絞り出そうとするたびに、大久保さんの肩は、ぴくりと震えた。
私は、正助君に無理やり「つらい」と言わせようとして、彼の肩がひどく震えて話せなくなってしまった時のことを思い出していた。
大久保さんは今ようやく、これが言えるようになったのかな、と私は思った。
私が未来へ帰ることはもうないって、やっと思えるようになったから…。
まだまだあいかわらず、言うことが難しいし、回りくどいけど…。
たぶんこの人にとっては、今のがぎりぎり言える限度なんだろな。
要するに、小娘と呼ぶのも嫌味を言うのも、私のことがすっごく大切だから、失うのが怖いってことだよね?
だったら、私がもうどこへも行かないって、もっと安心できたら…。
今までのように、幸せが突然消えちゃうなんてことはないって、心から納得してもらえたら…。
もっといろんな気持ちを、話してもらえるようになるのかな?
大久保さんは、そう言うと、なんかもう…ものすごーく意地悪そうな顔になった。
「お前はどうしても…私の理性を吹っ飛ばさずにはいられないらしいな」
私は、がしっと腰のあたりをつかまれて、引き寄せられた。
お…男の人の力って…こんなに強いの?
なんかその…逃げられないっつか…骨が折れそうだよっ。
もう片っぽの手で、私のあごが乱暴にくいっと上に向けられた。
数センチも離れていないとこで、大久保さんの唇が不満げにゆがむ。
「だいたいお前は最初に会った時からそうだ。
目の前にいるのに触れられん、体温も感じん…そんな状態なのをいいことに…。
まあ無防備にのほほんと、年端もいかん小僧っ子の劣情をあおるような真似をさんざんしくさって…。
藩邸に来てからも…なんだあれは。朝は日が高くなるまで、夜着をはだけて脚をおっ広げて眠りこけとるわ…。
京の夏は暑いですねなどと、縁側で水だらいに足つっ込んで、着物の裾を膝までまくり上げてはしゃぎまわっとるわ…」
え…と…。
なんか恨み言いわれてる気がするんですけど…いまいち、状況がつかめないんですが…。
「あの…れつじょうって…何ですか?」
「…お前は…」
大久保さんの体から、がっくりと力が抜けた。
そして、もう一度、こんどは何か大切な、こわれやすいものでも扱うように、私は抱きしめ直された。
「そういうセリフを…信頼しきってますという目をしながら、人の顔を見上げて言うな」
「へ…?」
大久保さんは、長い長いため息をついた。
「すまん…。嘘を、ついた。
お前を小娘と呼ばないと落ち着かんのは…そういう理由ではない…」
そう言ってから、大久保さんは、しばらく黙っていた。何を考えていたんだろう。
「…自分でも、なぜそうなのかは、よくわからん…。
お前を名前で呼んでしまう毎に…なぜか決まって…暗い深い淵のそばに立っているような、ざわざわとした心持ちになる」
「え…?」
私は大久保さんの顔を見ようとしたけど…なんか私の頭は、すっぽりと大久保さんの胸の中に入っちゃってて…彼の顔を見ることはできなかった。
淡々と、ほとんど感情を交えずに、大久保さんは話してたけど…。
その声は、いつもとはまったく違って…、喉に詰まって消えそうになるのを、無理やり絞り出しているような、かすれた声だった。
「理屈にあわん衝動だということは分かっている。
だが…今まで…私の周囲では、あまりに多くの人間が不幸になり過ぎた。死んだ者も大勢いる。
私がお前をただの小娘でなく…自分にとって特別な存在だと、言葉で認めてしまったら…。
その途端、今まで死んでいった者たちと同じように、お前の命も消えてしまうのだと…。
何か得体のしれないものが、胸の奥底から這い上がってきて…そう、私に告げる」
「そんなこと…」
「言ったろう。理屈に合わん、根拠もないということは承知している。
だから、自分でも、なぜ自分を抑えられんのか、理解できん。
お前を大切に思うほど、離したくないと感じるほど…。
私の中でもうひとりの私が、これ以上、近しくなっては危ない…と…。
それほど大事に思うなら、なぜ嫌われてやらんのだと騒ぎ立てる」
一言一言を絞り出そうとするたびに、大久保さんの肩は、ぴくりと震えた。
私は、正助君に無理やり「つらい」と言わせようとして、彼の肩がひどく震えて話せなくなってしまった時のことを思い出していた。
大久保さんは今ようやく、これが言えるようになったのかな、と私は思った。
私が未来へ帰ることはもうないって、やっと思えるようになったから…。
まだまだあいかわらず、言うことが難しいし、回りくどいけど…。
たぶんこの人にとっては、今のがぎりぎり言える限度なんだろな。
要するに、小娘と呼ぶのも嫌味を言うのも、私のことがすっごく大切だから、失うのが怖いってことだよね?
だったら、私がもうどこへも行かないって、もっと安心できたら…。
今までのように、幸せが突然消えちゃうなんてことはないって、心から納得してもらえたら…。
もっといろんな気持ちを、話してもらえるようになるのかな?