第十章 炎上
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
木造の建物しかない町の中は、どこもかしこも火の海になっていた。
たくさんの家が炎を上げていて…。
周り中が真っ赤で、熱くて、目がちかちかした。
崩れて煤けた木材で、もう道なんか無くなってて…。
馬はすごい勢いで走りながら、焼け崩れた残骸の上を跳んだり、蹴っ飛ばしたりした。
もうもうと上がる黒い煙の中に突っ込んで、たてがみを振り、鼻息を上げていなないて、煙を散らそうとした。
「お、大久保さんっ…」
「喋るな。舌を噛むぞ」
ゆれる馬の上で、大久保さんの体にぎゅっと身を寄せると…。
なんだかもう、いろんなことでどきどきしてしまって…。
心臓がとんでもない速さで鳴り続けているのが、自分でもわかった。
大久保さんに、また会えた…。
それだけで、とにかくもう、何も言えなくなっちゃうくらい、嬉しかったんだけど…。
あんまり立て続けに、今まで経験も想像もしてなかったようなことばっかり起きて…。
なんだかもう、夢の世界にいるような心持ちがして、頭がぐるぐるした。
大久保さん…。
私、自分でも…。
怖いのか、嬉しいのか、恥ずかしいのか…。
ぜんぜん、わかんないよっ。
「…ふん」
大久保さんの横顔は、もうすっごい近くにあって、こんな今にも焼け死ぬかもしれないような状況なのに、面白がるような顔で笑ってた。
黒煙の中を突っ切ったり、煤が飛んで来たりしたせいで、大久保さんの頬や髪は、あちこち黒く汚れていたけど…。
炎に照らされた顔や、熱風で揺れ動く髪は、もう、なんだか知らないけどむちゃくちゃ格好よく見えて…。
あんまり余裕な表情してるもんだから、どう考えても二人とも焼け死ぬ寸前のはずなのに、なんか絶対助かるような気がしてしまっていた。
本当に…なんと言うか…こと頼りがいという点では…。
大久保さんって…半端なさすぎなんだもん…。
だけど…馬が大きく揺れて、私が必死でしがみつくと…。
私の胸に当たる黒い軍服の生地の向こうに、もうひとつの心臓が鳴っているのを感じた。
それは、私の心臓と同じくらいの、ものすごい速さで、同じように大きな音を立てていた。
とくんとくんとくんとくん…。
ぎゅっと抱きしめた胸の下で、二つの音はいつの間にかひとつになって…。
どっちがどっちの鼓動か、だんだんよくわかんなくなってきてしまった。
そして、やけどしそうなほど熱い炎と熱風にあぶられて、大久保さんの汗が、白い頬や首を伝って、小さな滝みたいになって、痩せて尖ったあごの先や、記章の付いたスタンドカラーの奥へと、流れ落ちていくのが見えた。
軍服の下がしっとりと湿り、服の上にも大きな汗じみができて、それが私のセーラー服にも伝わっていくのを感じたけど…。
私も怖いのと熱いので汗をかいてて…どっちの汗がどっちを濡らしているのか、よくわかんなかった。
黒くて固いウール生地の下に感じる大久保さんの体は、前に抱きしめられた時と同じで、見た目よりはがっしりしてたけど…。
でもやっぱり、別れたあの日より、また、痩せたな…と肩の骨に触れて思った。
やつれたって言ってもいいくらい。
きっと、私のいない間に、色んなたいへんなことがあったんだよね。
そう思った。
戦が始まるまでに…。
大久保さん…。
どんな辛いことを、通り越して来たんだろう。
私は…その間、ずっとそばにいたかったよ…。
何の役にも立てなかったかもしれないけど。
そう思ったら…私は…なんだかもう、胸がいっぱいになってきた。
こんな炎の中なのに…。
このまま死んじゃうかもしれないのに…。
それでも、今、大久保さんとこうして二人でいることが、ものすごく幸せだった。
戻って来れて、本当によかったと思った。
このまま馬の背に乗って、ずっとずっと遠くまで、世界の果てへだって連れて行ってくれればいいと思った。
だけど…。
馬は、走りに走って…開けた場所についた。
そこは、広い砂利が敷いてあるせいか、何本もの高い針葉樹に囲まれていたせいか…。
燃える伏見の町の中で、唯一、火が迫って来ていなくて、不思議なくらい静かだった。
そこは…。
大久保さんがあの日、私を未来に帰した場所。
例の、神社だった。
「降りろ」
と、ひどく冷たい声で、大久保さんは私に言った。
たくさんの家が炎を上げていて…。
周り中が真っ赤で、熱くて、目がちかちかした。
崩れて煤けた木材で、もう道なんか無くなってて…。
馬はすごい勢いで走りながら、焼け崩れた残骸の上を跳んだり、蹴っ飛ばしたりした。
もうもうと上がる黒い煙の中に突っ込んで、たてがみを振り、鼻息を上げていなないて、煙を散らそうとした。
「お、大久保さんっ…」
「喋るな。舌を噛むぞ」
ゆれる馬の上で、大久保さんの体にぎゅっと身を寄せると…。
なんだかもう、いろんなことでどきどきしてしまって…。
心臓がとんでもない速さで鳴り続けているのが、自分でもわかった。
大久保さんに、また会えた…。
それだけで、とにかくもう、何も言えなくなっちゃうくらい、嬉しかったんだけど…。
あんまり立て続けに、今まで経験も想像もしてなかったようなことばっかり起きて…。
なんだかもう、夢の世界にいるような心持ちがして、頭がぐるぐるした。
大久保さん…。
私、自分でも…。
怖いのか、嬉しいのか、恥ずかしいのか…。
ぜんぜん、わかんないよっ。
「…ふん」
大久保さんの横顔は、もうすっごい近くにあって、こんな今にも焼け死ぬかもしれないような状況なのに、面白がるような顔で笑ってた。
黒煙の中を突っ切ったり、煤が飛んで来たりしたせいで、大久保さんの頬や髪は、あちこち黒く汚れていたけど…。
炎に照らされた顔や、熱風で揺れ動く髪は、もう、なんだか知らないけどむちゃくちゃ格好よく見えて…。
あんまり余裕な表情してるもんだから、どう考えても二人とも焼け死ぬ寸前のはずなのに、なんか絶対助かるような気がしてしまっていた。
本当に…なんと言うか…こと頼りがいという点では…。
大久保さんって…半端なさすぎなんだもん…。
だけど…馬が大きく揺れて、私が必死でしがみつくと…。
私の胸に当たる黒い軍服の生地の向こうに、もうひとつの心臓が鳴っているのを感じた。
それは、私の心臓と同じくらいの、ものすごい速さで、同じように大きな音を立てていた。
とくんとくんとくんとくん…。
ぎゅっと抱きしめた胸の下で、二つの音はいつの間にかひとつになって…。
どっちがどっちの鼓動か、だんだんよくわかんなくなってきてしまった。
そして、やけどしそうなほど熱い炎と熱風にあぶられて、大久保さんの汗が、白い頬や首を伝って、小さな滝みたいになって、痩せて尖ったあごの先や、記章の付いたスタンドカラーの奥へと、流れ落ちていくのが見えた。
軍服の下がしっとりと湿り、服の上にも大きな汗じみができて、それが私のセーラー服にも伝わっていくのを感じたけど…。
私も怖いのと熱いので汗をかいてて…どっちの汗がどっちを濡らしているのか、よくわかんなかった。
黒くて固いウール生地の下に感じる大久保さんの体は、前に抱きしめられた時と同じで、見た目よりはがっしりしてたけど…。
でもやっぱり、別れたあの日より、また、痩せたな…と肩の骨に触れて思った。
やつれたって言ってもいいくらい。
きっと、私のいない間に、色んなたいへんなことがあったんだよね。
そう思った。
戦が始まるまでに…。
大久保さん…。
どんな辛いことを、通り越して来たんだろう。
私は…その間、ずっとそばにいたかったよ…。
何の役にも立てなかったかもしれないけど。
そう思ったら…私は…なんだかもう、胸がいっぱいになってきた。
こんな炎の中なのに…。
このまま死んじゃうかもしれないのに…。
それでも、今、大久保さんとこうして二人でいることが、ものすごく幸せだった。
戻って来れて、本当によかったと思った。
このまま馬の背に乗って、ずっとずっと遠くまで、世界の果てへだって連れて行ってくれればいいと思った。
だけど…。
馬は、走りに走って…開けた場所についた。
そこは、広い砂利が敷いてあるせいか、何本もの高い針葉樹に囲まれていたせいか…。
燃える伏見の町の中で、唯一、火が迫って来ていなくて、不思議なくらい静かだった。
そこは…。
大久保さんがあの日、私を未来に帰した場所。
例の、神社だった。
「降りろ」
と、ひどく冷たい声で、大久保さんは私に言った。