第九章 それぞれの選択
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何がどうなったのかは、自分でもわからない。
ただ、無意識に笑い声が口から洩れていた。
そのうち、何やら本当に愉快になってきて、私は天を仰いで哄笑した。
ふと我に返ると、西郷がやけに深刻な顔で私を見ている。
こいつ、どうせ何か誤解しているだろうと思いつつ、つい、その誤解を上塗りしてしまうような物言いをしてしまう。
「ふん。ふざけるな。…なぜ、二者択一でなければならんのだ?」
「…利通…」
西郷、その同情心のこもった目を何とかしろ。気色悪い。
「なぜ、小娘の命と、倒幕と、二つに一つを選ぶ必要がある?…くだらん選択肢だな」
「くだらん?その二つのどこがくだらんと言うんだ?」
と、西郷は心底むっとしたように言い返した。
なぜお前が怒る?これは私の問題だ。
正義感が強いのもいいが、ひとのことまで自分のことのようにいちいち義憤に駆られるのも大概にしろ、と私は思った。
「くだらんものをくだらんと言って、どこが悪いっ!!」
私の声はいつの間にか、ひどく大きくなっていた。
「そのへんに転がっている凡庸な人間なら、額に青筋立てて、悩みに悩む選択肢かも知れん。
こんな選択をせねばならん私は、なんと不幸なのだと、悲劇の主人公を気取るかもしれん。
だがな。
この私を誰だと思っとる?
小娘の命と、倒幕と、二つに一つを選べ?
なんでそこで、どちらを捨てて、どちらを取るかなどと選ばねばならんのだ。
救わねばならんものが、同時に二つ飛び込んで来るなら、二つ同時に救うまでだっ」
「…」
西郷が、ぎょっとした顔で私を見た。
こいつ、狂ったかという目をしている。
ふふん。そこまで反応がいいと、啖呵の切りがいもあると言うものだ。
「悪いが、この大久保利通、一旦自分の背中に託されたものの命運は何であろうと、おいそれと切り捨てる気はさらさらない!
惚れた女ひとり救えんで男が務まるか。
斉彬公の時代から、我らが死屍累々と犠牲を払って追って来た夢が、今日かなうというのに、ここで放り出してたまるか。
小娘は、救いに行く。
もちろん、倒幕は成し遂げてみせる。
三下の志士なら、一度に両方できるだろうかなどと悩むだろうが、あいにくと私はそのへんの小物とは違う。
全部ひっくるめて、やらねばならんことはやる。
文句あるかっ」
西郷はしばらく茫然としていた。
「議(文句)は無か…」
と言いかけ、それから途中で笑い出した。
「何がおかしいっ」
「あんお御嬢に、そこまで惚れたか」
なぜそこでお前が、そこまで晴れ晴れとした笑顔になるんだ。しつこいようだが、これは私の問題だ。
「…ふん。勝手にほざけ」
私は、西郷を無視して、目の前の机上に広げられた、敵味方の布陣を示す地図をにらみつけた。
東進中の会津の砲兵部隊が薩摩藩邸に放った火は、折からの強風にあおられて川を渡り、南へ南へと燃え広がっていた。
小娘が目撃されたという場所に、何気なく指を置いた瞬間…。
どうしたものか、私には、小娘が今、どのあたりを逃げ回っているかが、ありありと判るような気がした。
単純馬鹿というものは、非常時には便利だな。
あの脳みその小さい娘なら、どうせただただ火に追われて、知った道を素直に逃げるしかできまい。行動が予測しやすくて、まことに助かる。
ただ、無意識に笑い声が口から洩れていた。
そのうち、何やら本当に愉快になってきて、私は天を仰いで哄笑した。
ふと我に返ると、西郷がやけに深刻な顔で私を見ている。
こいつ、どうせ何か誤解しているだろうと思いつつ、つい、その誤解を上塗りしてしまうような物言いをしてしまう。
「ふん。ふざけるな。…なぜ、二者択一でなければならんのだ?」
「…利通…」
西郷、その同情心のこもった目を何とかしろ。気色悪い。
「なぜ、小娘の命と、倒幕と、二つに一つを選ぶ必要がある?…くだらん選択肢だな」
「くだらん?その二つのどこがくだらんと言うんだ?」
と、西郷は心底むっとしたように言い返した。
なぜお前が怒る?これは私の問題だ。
正義感が強いのもいいが、ひとのことまで自分のことのようにいちいち義憤に駆られるのも大概にしろ、と私は思った。
「くだらんものをくだらんと言って、どこが悪いっ!!」
私の声はいつの間にか、ひどく大きくなっていた。
「そのへんに転がっている凡庸な人間なら、額に青筋立てて、悩みに悩む選択肢かも知れん。
こんな選択をせねばならん私は、なんと不幸なのだと、悲劇の主人公を気取るかもしれん。
だがな。
この私を誰だと思っとる?
小娘の命と、倒幕と、二つに一つを選べ?
なんでそこで、どちらを捨てて、どちらを取るかなどと選ばねばならんのだ。
救わねばならんものが、同時に二つ飛び込んで来るなら、二つ同時に救うまでだっ」
「…」
西郷が、ぎょっとした顔で私を見た。
こいつ、狂ったかという目をしている。
ふふん。そこまで反応がいいと、啖呵の切りがいもあると言うものだ。
「悪いが、この大久保利通、一旦自分の背中に託されたものの命運は何であろうと、おいそれと切り捨てる気はさらさらない!
惚れた女ひとり救えんで男が務まるか。
斉彬公の時代から、我らが死屍累々と犠牲を払って追って来た夢が、今日かなうというのに、ここで放り出してたまるか。
小娘は、救いに行く。
もちろん、倒幕は成し遂げてみせる。
三下の志士なら、一度に両方できるだろうかなどと悩むだろうが、あいにくと私はそのへんの小物とは違う。
全部ひっくるめて、やらねばならんことはやる。
文句あるかっ」
西郷はしばらく茫然としていた。
「議(文句)は無か…」
と言いかけ、それから途中で笑い出した。
「何がおかしいっ」
「あんお御嬢に、そこまで惚れたか」
なぜそこでお前が、そこまで晴れ晴れとした笑顔になるんだ。しつこいようだが、これは私の問題だ。
「…ふん。勝手にほざけ」
私は、西郷を無視して、目の前の机上に広げられた、敵味方の布陣を示す地図をにらみつけた。
東進中の会津の砲兵部隊が薩摩藩邸に放った火は、折からの強風にあおられて川を渡り、南へ南へと燃え広がっていた。
小娘が目撃されたという場所に、何気なく指を置いた瞬間…。
どうしたものか、私には、小娘が今、どのあたりを逃げ回っているかが、ありありと判るような気がした。
単純馬鹿というものは、非常時には便利だな。
あの脳みその小さい娘なら、どうせただただ火に追われて、知った道を素直に逃げるしかできまい。行動が予測しやすくて、まことに助かる。