第九章 それぞれの選択
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半次郎は口に出しはしなかったが…。
お前は大義のためなら、愛する者も見殺しにするやつなのか。
そう、あの男の目は訴えていた。
もし口に出して尋ねられていたら…私はどう答えただろうか。
その通りだ、と言うしかあるまい。
薩長軍の兵隊四千人余の命と、小娘ひとりの命。
薩摩藩士五万人弱に対する責任と、小娘ひとりの命運。
日本人三千万人の未来と、小娘ひとりの未来。
秤にかけるまでもない。
あの、蚊とんぼのように軽い、やせぎすで色気のない小娘の命など…大義の前では虫けらのように軽い。
ふわりと抱き上げてやると、顔を真っ赤にして、じたばたと騒いでいた、あの小娘の命など。
そうしてまた、私の周囲で、虫けらのように人が死んでいく。
黒船来航、島津のお家騒動、安政のあの騒動、そして…順に並べるのすら困難なほどの幾多の出来事の中で、もう、どれだけの人間が不幸になり、消えて行ったか…私はいつ、数えるのを止めたのだろう。
お前は大義のためなら、愛する者も見殺しにするやつなのか…。そう、半次郎の目は訴えていたが…。
おそらく私の最大の罪は、あの娘を見殺しにしようとしていることではない。
私のような人間が、平和な世しか知らぬような娘に、近づいたことがそもそもの罪なのだ。
なぜ、分不相応にも、あの娘を自分の元に置きたいなどと考えた?
疎まれ嫌われるのが習い性になった薄汚れた人間が、あの娘にだけは好かれたいなどと、大それたことをなぜ願った?
今さら、後悔しても…もう間に合わんが。
まだ昼間だというのに、なぜか闇の中にいるように、周囲に黒いものが立ち込め、回っているように見えた。
だが、小娘…。
私は大義のために、誰よりも愛したお前を見殺しにしようとしている冷酷な男だが…。
お前が死んでしまったら、私はもうその先、自分が生き続けられる気がしない。
この戦に勝つまでだ。
幕府を見事倒したら、お前の後を追ってやる。だから、それまで、待っていろ…。
私は、ふらつく脚をだましだまし、もう一度立ち上がった。
とにかく、ここにへたり込んでいる時間は無い。
御所に行かねば…。
足元がおぼつかず、体がかしぎ、思わず壁に手をついた。
そこには白い垂れ幕がかかっていたが、手を放して前に進もうとすると、軍服の袖口の金ボタンにひっかかって、ぐいと引き戻された。
…こんなものまで、私の邪魔をするのか。
つい、かっとなった。
物に当り散らしても、意味はないのだが。
面倒だとばかり、ボタンに幕の紐が引っかかったまま、力任せに前に進み、ふり払おうとした。
はっきり言って、その時は何も考えていなかった。
ただ、無意識にしたことだ。
そして…。
当たり前の話ではあるのだが…。
引っ張られた垂れ幕は、全体が壁から外れて、私の上に落ちてきた。
大きく、ふわりと広がって…まるであの夜、小娘が落ちてきた、あの瞬間のように、ぱさりと軽い音を立てて、私の肩をおおった。
その時…。
あれは、完全に気の迷いだ。
だが、確かに気配を感じた。
化け女になったあの娘が…。
白くほのかに光って、触れることのできなかったあの時の小娘が…。
私の肩を抱いていた。
お前は大義のためなら、愛する者も見殺しにするやつなのか。
そう、あの男の目は訴えていた。
もし口に出して尋ねられていたら…私はどう答えただろうか。
その通りだ、と言うしかあるまい。
薩長軍の兵隊四千人余の命と、小娘ひとりの命。
薩摩藩士五万人弱に対する責任と、小娘ひとりの命運。
日本人三千万人の未来と、小娘ひとりの未来。
秤にかけるまでもない。
あの、蚊とんぼのように軽い、やせぎすで色気のない小娘の命など…大義の前では虫けらのように軽い。
ふわりと抱き上げてやると、顔を真っ赤にして、じたばたと騒いでいた、あの小娘の命など。
そうしてまた、私の周囲で、虫けらのように人が死んでいく。
黒船来航、島津のお家騒動、安政のあの騒動、そして…順に並べるのすら困難なほどの幾多の出来事の中で、もう、どれだけの人間が不幸になり、消えて行ったか…私はいつ、数えるのを止めたのだろう。
お前は大義のためなら、愛する者も見殺しにするやつなのか…。そう、半次郎の目は訴えていたが…。
おそらく私の最大の罪は、あの娘を見殺しにしようとしていることではない。
私のような人間が、平和な世しか知らぬような娘に、近づいたことがそもそもの罪なのだ。
なぜ、分不相応にも、あの娘を自分の元に置きたいなどと考えた?
疎まれ嫌われるのが習い性になった薄汚れた人間が、あの娘にだけは好かれたいなどと、大それたことをなぜ願った?
今さら、後悔しても…もう間に合わんが。
まだ昼間だというのに、なぜか闇の中にいるように、周囲に黒いものが立ち込め、回っているように見えた。
だが、小娘…。
私は大義のために、誰よりも愛したお前を見殺しにしようとしている冷酷な男だが…。
お前が死んでしまったら、私はもうその先、自分が生き続けられる気がしない。
この戦に勝つまでだ。
幕府を見事倒したら、お前の後を追ってやる。だから、それまで、待っていろ…。
私は、ふらつく脚をだましだまし、もう一度立ち上がった。
とにかく、ここにへたり込んでいる時間は無い。
御所に行かねば…。
足元がおぼつかず、体がかしぎ、思わず壁に手をついた。
そこには白い垂れ幕がかかっていたが、手を放して前に進もうとすると、軍服の袖口の金ボタンにひっかかって、ぐいと引き戻された。
…こんなものまで、私の邪魔をするのか。
つい、かっとなった。
物に当り散らしても、意味はないのだが。
面倒だとばかり、ボタンに幕の紐が引っかかったまま、力任せに前に進み、ふり払おうとした。
はっきり言って、その時は何も考えていなかった。
ただ、無意識にしたことだ。
そして…。
当たり前の話ではあるのだが…。
引っ張られた垂れ幕は、全体が壁から外れて、私の上に落ちてきた。
大きく、ふわりと広がって…まるであの夜、小娘が落ちてきた、あの瞬間のように、ぱさりと軽い音を立てて、私の肩をおおった。
その時…。
あれは、完全に気の迷いだ。
だが、確かに気配を感じた。
化け女になったあの娘が…。
白くほのかに光って、触れることのできなかったあの時の小娘が…。
私の肩を抱いていた。