第七章 小娘、遁走する
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「そこはまあ…『今さらどの面下げて、帰って来いなどと頼めるか。男の沽券にかかわる』ということなんじゃないですか」
「だーっ!!男のひとって、ほんとややこしい」
「あの方は特別だと思いますよ」
「そんなこと言ったって、地上の神社を失くしちゃったのは、あの子がこっちに戻ってすぐ幕末に引き返しちゃったら、猩紅熱の治療を受けられなくて手遅れになるからでしょ?
店に来るのはどう考えたって病気が治って余裕が出てからなんだから、そこ説明すればメンツとか潰さないでも帰って来てくれって書けるじゃん」
と、カナコさんが頬をふくらませて話す姿に、つい苦笑してしまう。
「…そこは理屈じゃないんでしょうね。
男性心理として…特に好きな女性がかなり年下の場合は…やはり、何事にも達観している大人の余裕、なんてものを期待されているのは感じますから。
ついじたばたと、弱みを見せまいと必死で取り繕ってしまうものなんです。
ただ一言『戻って来てくれ』と書くことができずにあがいてしまう…という気持ちは、理解できます」
「…そういうものなの?」
「まあ、そうですね。
それに…杉浦さんには通じなかったようですが、彼女に帰って来てほしいということなら、大久保さん、書いてますよ」
「え?」
「『お前のことを忘れようと決意することの方が、はるかに簡単だ。そんなもの、特に意識せんでも、毎日何十回となくやっている』
…というのは、つまり、お前のことがどうしても忘れられないという意味ですよね」
「あっ。そか…」
カナコさんは目を見開いた。
「つまり、大久保さん、あの子に『戻れるものなら戻ってみろ』って言ったときは、戻って来るなというつもりだったんだろうけど…。
結局のところは、文字通り、戻ることが可能なら戻って来てくれってのが、本音だったわけか…。
そんなの、あんな手紙ひとつで察してくれって…さすがに回りくどすぎて、めまいがするんですけど」
「それでも彼女は、察しないなりに、彼の希望通りに行動して…戻って行ったじゃないですか」
「はあ…。ほんと、そういう意味では、あの二人ってお似合いだわ」
そう言って彼女は、イライラしたかのように髪の毛をいじってみせたが、表情は笑っていた。
「そか。だから和田さんは、最初から地下の遺跡の話をしなかったんでしょ?」
「何の話ですか?」
「最初にあの子がここに来たとき、そのまま地下の神社に連れて行けば、話は簡単だったよね?
あの子は、すぐにあのしめ縄を結んで…幕末に飛んでっちゃったと思う。
だけどそれじゃ…この時代のあちこちに残されてた大久保さんのあの子への想いを…全然知らないまま、幕末に帰っちゃうことになる。
それってちょっと、忍びないよね。
それよりも…一度、もう帰れないんだってあの子に思わせて、それでも戻りたい、何とかしたいって思うほどに…。
大久保さんの気持ちや…あの子の気持ちと、いっぺんちゃんと正面から向き合わせた方がいい。
そうすれば…あの子はもっと強くなる。
明治になって、あの子や大久保さんが立ち向かっていかなきゃいけないものを、乗り越えて行けるくらいに。
二度目に私らがここに来たとき、家族を説得しろって言ったのも、同じ理由よね。
都合の悪いものから目をそらさずに、ちゃんと前を見ろって、あの子に言いたかったわけでしょ?」
私は笑った。
「ご想像にお任せします」
「…そう言うと思った」
彼女は、はあ、ともう一度、大げさなため息をついて、おどけたようなポーズで、肩をすくめてみせた。
「…帰って、あの子の両親に頭を下げなきゃ。
警察とか動いて、大騒ぎになったら嫌だなあ…」
「杉浦ゆうという名の小娘の失踪では、警察は動きませんよ。そう図ってありますからね」
「…そうだった」
彼女は、安堵したようにフッと微笑んだが、同時に気が抜けたのか、聡明な横顔にひどくさびしそうな陰が走った。
これだけ友達思いの少女は、そうそうはいないだろうな、と私は少し感銘を受けている自分に気づいた。
私は言った。
「まあ、お疲れでしょう。東京に帰るのは、もう少し英気を養ってからでも問題はありませんよ。
よければ、夕飯もごちそうしますから、召し上がって行ってください。自慢じゃありませんが、私の作るアイリッシュシチューはなかなかいけるんです」
何だか少し、彼女を東京に帰すのが、惜しいような気分になっていた。
カナコさんは少し不思議そうな顔をして私を見ていたが、ちょうど着信があったらしく、携帯を取り出すと、言った。
「げ。
いとこからメールで、大叔母様がまた、ゆうの家に来てるって…」
彼女は、うう…と言いながら、手を口で押えると、困ったような顔でそっぽを向いた。
「杉浦さんのご両親の説得は、大叔母様に任せておけばいいじゃないですか」
「…そうする。今、東京に帰りたくない…」
カナコさんは大げさにため息をついて、テーブルにへたり込み、ちょっとふざけてますという顔でこちらをちらりと見た。
ああ、困ったぞ。
…と私は思った。
どうやら私は本気で、この少女のことを可愛くてしかたないと思い始めたらしい。
「だーっ!!男のひとって、ほんとややこしい」
「あの方は特別だと思いますよ」
「そんなこと言ったって、地上の神社を失くしちゃったのは、あの子がこっちに戻ってすぐ幕末に引き返しちゃったら、猩紅熱の治療を受けられなくて手遅れになるからでしょ?
店に来るのはどう考えたって病気が治って余裕が出てからなんだから、そこ説明すればメンツとか潰さないでも帰って来てくれって書けるじゃん」
と、カナコさんが頬をふくらませて話す姿に、つい苦笑してしまう。
「…そこは理屈じゃないんでしょうね。
男性心理として…特に好きな女性がかなり年下の場合は…やはり、何事にも達観している大人の余裕、なんてものを期待されているのは感じますから。
ついじたばたと、弱みを見せまいと必死で取り繕ってしまうものなんです。
ただ一言『戻って来てくれ』と書くことができずにあがいてしまう…という気持ちは、理解できます」
「…そういうものなの?」
「まあ、そうですね。
それに…杉浦さんには通じなかったようですが、彼女に帰って来てほしいということなら、大久保さん、書いてますよ」
「え?」
「『お前のことを忘れようと決意することの方が、はるかに簡単だ。そんなもの、特に意識せんでも、毎日何十回となくやっている』
…というのは、つまり、お前のことがどうしても忘れられないという意味ですよね」
「あっ。そか…」
カナコさんは目を見開いた。
「つまり、大久保さん、あの子に『戻れるものなら戻ってみろ』って言ったときは、戻って来るなというつもりだったんだろうけど…。
結局のところは、文字通り、戻ることが可能なら戻って来てくれってのが、本音だったわけか…。
そんなの、あんな手紙ひとつで察してくれって…さすがに回りくどすぎて、めまいがするんですけど」
「それでも彼女は、察しないなりに、彼の希望通りに行動して…戻って行ったじゃないですか」
「はあ…。ほんと、そういう意味では、あの二人ってお似合いだわ」
そう言って彼女は、イライラしたかのように髪の毛をいじってみせたが、表情は笑っていた。
「そか。だから和田さんは、最初から地下の遺跡の話をしなかったんでしょ?」
「何の話ですか?」
「最初にあの子がここに来たとき、そのまま地下の神社に連れて行けば、話は簡単だったよね?
あの子は、すぐにあのしめ縄を結んで…幕末に飛んでっちゃったと思う。
だけどそれじゃ…この時代のあちこちに残されてた大久保さんのあの子への想いを…全然知らないまま、幕末に帰っちゃうことになる。
それってちょっと、忍びないよね。
それよりも…一度、もう帰れないんだってあの子に思わせて、それでも戻りたい、何とかしたいって思うほどに…。
大久保さんの気持ちや…あの子の気持ちと、いっぺんちゃんと正面から向き合わせた方がいい。
そうすれば…あの子はもっと強くなる。
明治になって、あの子や大久保さんが立ち向かっていかなきゃいけないものを、乗り越えて行けるくらいに。
二度目に私らがここに来たとき、家族を説得しろって言ったのも、同じ理由よね。
都合の悪いものから目をそらさずに、ちゃんと前を見ろって、あの子に言いたかったわけでしょ?」
私は笑った。
「ご想像にお任せします」
「…そう言うと思った」
彼女は、はあ、ともう一度、大げさなため息をついて、おどけたようなポーズで、肩をすくめてみせた。
「…帰って、あの子の両親に頭を下げなきゃ。
警察とか動いて、大騒ぎになったら嫌だなあ…」
「杉浦ゆうという名の小娘の失踪では、警察は動きませんよ。そう図ってありますからね」
「…そうだった」
彼女は、安堵したようにフッと微笑んだが、同時に気が抜けたのか、聡明な横顔にひどくさびしそうな陰が走った。
これだけ友達思いの少女は、そうそうはいないだろうな、と私は少し感銘を受けている自分に気づいた。
私は言った。
「まあ、お疲れでしょう。東京に帰るのは、もう少し英気を養ってからでも問題はありませんよ。
よければ、夕飯もごちそうしますから、召し上がって行ってください。自慢じゃありませんが、私の作るアイリッシュシチューはなかなかいけるんです」
何だか少し、彼女を東京に帰すのが、惜しいような気分になっていた。
カナコさんは少し不思議そうな顔をして私を見ていたが、ちょうど着信があったらしく、携帯を取り出すと、言った。
「げ。
いとこからメールで、大叔母様がまた、ゆうの家に来てるって…」
彼女は、うう…と言いながら、手を口で押えると、困ったような顔でそっぽを向いた。
「杉浦さんのご両親の説得は、大叔母様に任せておけばいいじゃないですか」
「…そうする。今、東京に帰りたくない…」
カナコさんは大げさにため息をついて、テーブルにへたり込み、ちょっとふざけてますという顔でこちらをちらりと見た。
ああ、困ったぞ。
…と私は思った。
どうやら私は本気で、この少女のことを可愛くてしかたないと思い始めたらしい。