第二章 物知らぬことなのたまひそ
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1866年。
【薩摩藩】大久保利通
ゆうの姿が消えると、神社は、また、何もなかったような普通の姿に戻った。
十何年前のあの時と変わらんな、と私は思った。
ただ、空に雲が増えて、朝だというのにあたりは暗くなり始めていた。
そう言えば、今朝も朝焼けが見事だったな…と私は思った。
まったく…私は二番煎じは好かんというのに…。また、ひと雨来そうだ。
濡れんうちに、藩邸に帰らねば。
十何年か前のあの日、薩摩の神社で小娘を見送った後…情けない話だが、私はしばらく熱を出して寝込んだ。
まあ、病み上がりだったこともあるが…。
吉之助…西郷には、飢え死にしかけたと思ったら、今度は恋煩いか、と笑われた。
また体調でも崩そうものなら、あいつに何を言われるか、わかったものではない。
目の隅で、影が動いた。私の死角の方向から、すっと人の姿が現れた。
「…半次郎、見ていたのか」
「ゆうさぁに危険がないように、しばらく見張っていろとのお言いつけじゃっで」
「…そうだったな」
「あげん心にもなかこっ言うて、ゆうさぁが御気の毒じゃしたなあ」
「余計なお世話だ。お前はさっさと藩邸に帰れ」
ふっと、また気配が消える。
ぽつりぽつりと、雨が降り始めた。
雨脚が早い。
これは、藩邸に帰るまでに、ずぶ濡れになりそうだ。
私は、ますます暗くなる空を見上げた。
ゆうは…雨に遭っていないといいのだが、と思った。
一瞬ちらりと見えた未来の風景は、夏の晴れた昼下がりに見えたものの…。
雨に打たれていまいか、冬の寒さに震えていまいか、夜露に濡れていまいか…少し、心配になった。
あの、めーるとやら言う奇妙な仕掛けは、無事に動いただろうか。
お琴に似た性格だと言う、ゆうの親友に、あの意味がきちんと伝わって、迎えに飛んで来てくれているといいのだが。
なぜか、急に可笑しくなった。
そうだな…。あの娘は、いつも、本人も気づかぬところで、私の気持ちをかき乱してきた。
そして私は…小娘にそうやって翻弄されている自分が、少しばかり嬉しかった。
だが、それも終わりだ。
もう一生、あの娘と会うことはないのだから。
雨は、いつの間にか本降りになっていた。
髪が濡れて、雨のしずくが、毛先からぽたりと落ちた。
月並みな言い草だが…。
雨は、便利だ。どんな顔をして歩いたところで…。
雨で濡れたのだと、言えば済む。
【薩摩藩】大久保利通
ゆうの姿が消えると、神社は、また、何もなかったような普通の姿に戻った。
十何年前のあの時と変わらんな、と私は思った。
ただ、空に雲が増えて、朝だというのにあたりは暗くなり始めていた。
そう言えば、今朝も朝焼けが見事だったな…と私は思った。
まったく…私は二番煎じは好かんというのに…。また、ひと雨来そうだ。
濡れんうちに、藩邸に帰らねば。
十何年か前のあの日、薩摩の神社で小娘を見送った後…情けない話だが、私はしばらく熱を出して寝込んだ。
まあ、病み上がりだったこともあるが…。
吉之助…西郷には、飢え死にしかけたと思ったら、今度は恋煩いか、と笑われた。
また体調でも崩そうものなら、あいつに何を言われるか、わかったものではない。
目の隅で、影が動いた。私の死角の方向から、すっと人の姿が現れた。
「…半次郎、見ていたのか」
「ゆうさぁに危険がないように、しばらく見張っていろとのお言いつけじゃっで」
「…そうだったな」
「あげん心にもなかこっ言うて、ゆうさぁが御気の毒じゃしたなあ」
「余計なお世話だ。お前はさっさと藩邸に帰れ」
ふっと、また気配が消える。
ぽつりぽつりと、雨が降り始めた。
雨脚が早い。
これは、藩邸に帰るまでに、ずぶ濡れになりそうだ。
私は、ますます暗くなる空を見上げた。
ゆうは…雨に遭っていないといいのだが、と思った。
一瞬ちらりと見えた未来の風景は、夏の晴れた昼下がりに見えたものの…。
雨に打たれていまいか、冬の寒さに震えていまいか、夜露に濡れていまいか…少し、心配になった。
あの、めーるとやら言う奇妙な仕掛けは、無事に動いただろうか。
お琴に似た性格だと言う、ゆうの親友に、あの意味がきちんと伝わって、迎えに飛んで来てくれているといいのだが。
なぜか、急に可笑しくなった。
そうだな…。あの娘は、いつも、本人も気づかぬところで、私の気持ちをかき乱してきた。
そして私は…小娘にそうやって翻弄されている自分が、少しばかり嬉しかった。
だが、それも終わりだ。
もう一生、あの娘と会うことはないのだから。
雨は、いつの間にか本降りになっていた。
髪が濡れて、雨のしずくが、毛先からぽたりと落ちた。
月並みな言い草だが…。
雨は、便利だ。どんな顔をして歩いたところで…。
雨で濡れたのだと、言えば済む。