第二章 物知らぬことなのたまひそ

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なんかあんまり心配になってしまったので…。

怒られるかなあ…と思ったけど。
私はそうっと、部屋に入って、縁側の、大久保さんの隣に座ってみた。

「…さっきは、ごめんなさい。もうしつこく言わないから…しばらく、ここにいていい?」
と、聞いてみた。

大久保さんは、ちらっと横目で私を見たけど、何も言わなかった。でもすぐにそっぽを向いてしまう。
怒っては…いないみたい。
いつもなら、ここで嫌味が出るとこなんだけど…嫌味を言う元気もないくらい、体調悪いのかな?

「月…きれいですね」
「別に、いつもと変わらん」

そんなふうに、軽い憎まれ口を言うのを聞くと、ちょっと安心する。

「じゃあなんで…月、見てたんですか?」
「ここの庭は殺風景だからな。他に見るものがない」

たしかに、大久保さんの部屋のあたりは、とうに花の終わったつつじの植え込みがあるくらいで、大したものは見えなかった。

「私の部屋の前みたいに、何か花を植えるといいかもしれませんね」

大久保さんの目の中で、何かが動いたように見えた。何か、心の奥のものが、ふっ、と表面に出かかって、すぐ消えたような感じ。

「あの花は…昨年末に植えたものだ。
南国の花だからな。おそらく、今年の冬は越せまい。根付かずに枯れるだろう」

「そうなんだ…。それもちょっと、かわいそうですね」

そう言いながら、私は全然別のことを考えた。
…この人って、こんな儚げな表情したっけ?

なんか、痩せたせいかなあ…。横顔を見ていて、いつもより、よけい線が細いなあ…まつ毛長いなあ…って思った。

「…可哀相?」
なぜか、大久保さんは小さく笑った。なんか…変な笑い方だった。自分自身をあざけるような、そんな感じの嫌な笑い方。
「…そうだな…違いない…」

私には、わけがわからなかった。何を考えているんだろう。

大久保さんは、私を見ようともせずに、話し続けた。

「あの花に限らず…薩摩の草木は、今までに何度も植えて試してみた。
だが、もともとぬくぬくと暖かい場所で育った植物だ。京の冬程度の寒さでも、あっさり枯れてしまう。
京都の近くには火山が無いからな。植木屋に言わせると、土もまったく違うらしい。土に灰を混ぜてやらなければ、夏でもあっさり枯れてしまう。

草木にしてみれば、いい迷惑だ。
自分のそばで愛でたいなどと、人間の…私の勝手な都合で、慣れ親しんだ故郷から遠い場所に留め置かれ、厳しい環境に耐えきれず、枯れてゆく…。

確かに…可哀相な話だ」

「…」

そうだね…確かに南九州と京都じゃ気候も違うもんね…と私は思ったけど…。
なんか…ただの花の話じゃない気もした。

だって、大久保さんという人は…何の目的もなしに、花のウンチクなんか、長々と話す人じゃない。
きっと、もっと…深刻な話をしてる。

でも、いったい何の話なんだろう?

「人の場合も…花と変わらん。それは…わかっている」
と、大久保さんは言った。
「ぬくぬくと平和な場所で育った花を…冬のような厳しい時代に、手元に置きたいなどと考えてはならんのだ…とは、わかっている」

「…それって、どういうことですか」

何か、話が全然見えない。

大久保さんは、そっぽを向いたまま、少し笑った。

「小娘の脳みそが軽いのも、時には助かるな」

「何ですか、それ!?」

大久保さんは、それには答えなかった。
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