第一章 それぞれの思惑
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半刻後。
【薩摩藩】大久保利通
藩邸に戻ると、ここ数日と変わらぬ忙しさで、藩士や使用人がばたばたと動き回っていた。
まあ、当然だ。
今回、西郷が坂本君たちを連れて帰郷する際には、藩邸に詰めていた者たちも、大半が帰る予定でいる。
藩邸内は、あたかも引っ越しでもするかのような騒ぎが続いていた。
その中で、西郷が、何やら書簡を持って首をひねりながら、つっ立っていた。
こちらに気づくと、何やら申し訳なさそうな顔をする。
「利通。例のゆうさんの件だが…やはり薩摩に…」
「ああ、連れて行ってくれ。頼む。まだ私と京に残ると渋っているが…」
「いや、それが…困ったことに…」
「何だ」
「久光公が…」
嫌な予感がした。
「おいが薩摩に下る際は、ゆうさんを連れて来い。あん人が薩摩に着いたら、その後は城に引き取る。これは命令だと…そう言ってきた」
「どういう意味だ…?西郷?」
「説明はない。ないが…おそらく…」
あの男の、細い目の奥の、蛇のようないやらしい光を思い出す。
「ゆうを人質にしたい…と言うわけか」
「ああ、まず間違いない」
久光公は、以前、藩内の倒幕派は気に食わんと、自分の家臣に殺し合いをさせた男だ。
それをどうにかだましだまし、ここまで薩摩藩の動きを引っ張って来るには、私も西郷も、相当の苦労をしたわけだが…。
いよいよ、倒幕が目前に見えて来て、具体的なものとなった今、あの男はまた、横やりを入れたくなったものらしい。
それに、幕府を倒せば、幕府のしくみである藩もなくなる。
それは許さん、とあの男は常々言っていた。
サムライのいない、人々が平等な世の中を作る…それはいい。
だが、薩摩藩は無くすな。島津家の領地は未来永劫、ほんのわずかなりと削ることは許さんと、ことあるごとに吠え立てる。
要するに、久光公は、「もし私の命令に逆らえば、小娘の命はない」と言いたいわけか。
私がこのまま倒幕を進めて、あの男の気に染まぬ動きをわずかでもしようものなら…。
あの男の得意なやり方で…つまり、小娘を、珊瑚礁の白い砂しかない、食べ物どころか水すらない無人島に、置き去りにして日干しにして殺す、と私を脅したいわけか。
くそっ。
小娘も、ずいぶんとあちこちから好かれたものだ。
京都にいても、薩摩に行っても、どいつもこいつもゆうを人質に狙う。
それも、小娘自身のせいではなく…。
この私の…弱点だから、という理由で。
「利通…」
西郷は困ったように言った。
「おまんがゆうさあを京に残したいなら、無理には連れて行かん。だが、おいの例もある。ただではすまんぞ」
「…そうだな」
以前、久光公は、西郷が自分の言うとおりに行動しなかったと言って、流罪にしたことがある。
本当に、島流しが好きな男だ。
ついでに言うと、どうやら毒殺も好きらしい。
…どうする?
どこへ小娘を逃がせば、最も確実に守れる?
たとえゆうを京都に引き留めても、それで私が流罪にされたら、守りきれんぞ。
私の留守に、薩摩に連れて行かれてしまうのがオチだ。
かと言って、どこか久光公の知らない場所へ匿ったとしても、手の者を使って食事に毒でも混ぜられたらやっかいだ。
だいたい、もうすぐ五十になろうという男が、十七八の小娘ひとりを城に引き取りたいと言ってくるなど…人質にする他にも、小娘に何をしようと考えているか、知れたものではない。
…くそっ。
確実な手を思いつかん。
思わず握りしめた拳の中で、ギリッと何かがこすれ合う音がして、気づいた。
先刻、沖田が届けに来た、キーホルダー。
【薩摩藩】大久保利通
藩邸に戻ると、ここ数日と変わらぬ忙しさで、藩士や使用人がばたばたと動き回っていた。
まあ、当然だ。
今回、西郷が坂本君たちを連れて帰郷する際には、藩邸に詰めていた者たちも、大半が帰る予定でいる。
藩邸内は、あたかも引っ越しでもするかのような騒ぎが続いていた。
その中で、西郷が、何やら書簡を持って首をひねりながら、つっ立っていた。
こちらに気づくと、何やら申し訳なさそうな顔をする。
「利通。例のゆうさんの件だが…やはり薩摩に…」
「ああ、連れて行ってくれ。頼む。まだ私と京に残ると渋っているが…」
「いや、それが…困ったことに…」
「何だ」
「久光公が…」
嫌な予感がした。
「おいが薩摩に下る際は、ゆうさんを連れて来い。あん人が薩摩に着いたら、その後は城に引き取る。これは命令だと…そう言ってきた」
「どういう意味だ…?西郷?」
「説明はない。ないが…おそらく…」
あの男の、細い目の奥の、蛇のようないやらしい光を思い出す。
「ゆうを人質にしたい…と言うわけか」
「ああ、まず間違いない」
久光公は、以前、藩内の倒幕派は気に食わんと、自分の家臣に殺し合いをさせた男だ。
それをどうにかだましだまし、ここまで薩摩藩の動きを引っ張って来るには、私も西郷も、相当の苦労をしたわけだが…。
いよいよ、倒幕が目前に見えて来て、具体的なものとなった今、あの男はまた、横やりを入れたくなったものらしい。
それに、幕府を倒せば、幕府のしくみである藩もなくなる。
それは許さん、とあの男は常々言っていた。
サムライのいない、人々が平等な世の中を作る…それはいい。
だが、薩摩藩は無くすな。島津家の領地は未来永劫、ほんのわずかなりと削ることは許さんと、ことあるごとに吠え立てる。
要するに、久光公は、「もし私の命令に逆らえば、小娘の命はない」と言いたいわけか。
私がこのまま倒幕を進めて、あの男の気に染まぬ動きをわずかでもしようものなら…。
あの男の得意なやり方で…つまり、小娘を、珊瑚礁の白い砂しかない、食べ物どころか水すらない無人島に、置き去りにして日干しにして殺す、と私を脅したいわけか。
くそっ。
小娘も、ずいぶんとあちこちから好かれたものだ。
京都にいても、薩摩に行っても、どいつもこいつもゆうを人質に狙う。
それも、小娘自身のせいではなく…。
この私の…弱点だから、という理由で。
「利通…」
西郷は困ったように言った。
「おまんがゆうさあを京に残したいなら、無理には連れて行かん。だが、おいの例もある。ただではすまんぞ」
「…そうだな」
以前、久光公は、西郷が自分の言うとおりに行動しなかったと言って、流罪にしたことがある。
本当に、島流しが好きな男だ。
ついでに言うと、どうやら毒殺も好きらしい。
…どうする?
どこへ小娘を逃がせば、最も確実に守れる?
たとえゆうを京都に引き留めても、それで私が流罪にされたら、守りきれんぞ。
私の留守に、薩摩に連れて行かれてしまうのがオチだ。
かと言って、どこか久光公の知らない場所へ匿ったとしても、手の者を使って食事に毒でも混ぜられたらやっかいだ。
だいたい、もうすぐ五十になろうという男が、十七八の小娘ひとりを城に引き取りたいと言ってくるなど…人質にする他にも、小娘に何をしようと考えているか、知れたものではない。
…くそっ。
確実な手を思いつかん。
思わず握りしめた拳の中で、ギリッと何かがこすれ合う音がして、気づいた。
先刻、沖田が届けに来た、キーホルダー。