「ふん。どうせ」
と廊下の声は言った。
「お前のことだ。目が腫れ上がって見せられないだの何だの、つまらんことを気にしているのだろうがっ」

相当イライラした口調だ。
そりゃ怒るよね。いきなり出て行ったんだもん。それを叱りに来たのかな。

…私のこと、嫌いになったかな。
ああ、何、気にしてんだろ、私。嫌われた方がいいじゃん、この場合。

「お、大久保さん…もう少し、姉さんを傷つけない言い方ってもんが…」
「うるさいっ」
廊下で、何やら何人もがばたばた動く気配がする。

「…で、何を泣いている?」
声のトーンが変わった。深刻そうな声。
「家族が恋しくなったか?今後が不安なのか?それとも、何か他に苦しいことができたのか?」

ああ…そうだよね。
ただ叱るためなら、わざわざ来るわけない。
私が自分で考えるより真剣に、いつも私のことを考えてくれる人だから。

「やめてください」

「…どういう意味だ?」

「そうやって、誰にでも優しいこと、言わないでください。だから、勘違いしちゃうんです」

また、廊下でこそこそ話す声がする。
「…あれのどこが、誰にでも優しいんだ?」
「…おなごの欲目というものは、怖いのう」

「勘違い?」

「優しくするのは、お琴さんだけにしてください!私、変に舞い上がってた。馬鹿みたい…」

「…おい?」

「あんなきれいな人がいるのに、期待させないでください。私、勝てるわけないし」

「…なぜ、私があんな女に優しくせねばならんのだ?」

「ひどい!妊娠させといて、そんな言い方はないじゃないですか?!」

「何だと――!?」

「なんとっ!」
「二股かっ」
「許さんっ!」
「姉さんをだましたんスか?」
廊下が、いきなり騒がしくなった。
「こらっ!お前ら何をする!」
どたんばたんと何かがひっくり返る音が続く。

どさどさっ!
ばたん。

部屋と廊下をつなぐ襖が、倒れこんできた。

襖の上には。
大久保さんをいちばん下にして、以蔵に、武市さんに、龍馬さんに、慎ちゃん。

「…」
「…」

なんか、全員と目が合ってしまった。

気まずい、沈黙。

そのあとで。

大久保さんが吹き出した。
何がおかしいのか、大声で笑いだして、止まらない。
お腹を抱えて、苦しそうに笑い続けている。

「そうか…悋気か…。こっ…小娘が…悋気…」

りんきって、何よ。