七月の季節
【全部、本物】
日常が壊れるなんて一瞬だ――。
僕は実家暮らしの一般的なサラリーマンだ。同じくサラリーマンの父と専業主婦の母。弟は家を出て他県で働いている。
その夜は翌日が休日だったので、僕はレンタルショップで借りてきた映画をリビングで見ていた。
我が家の決まりごとの一つとして、父が帰らない日は玄関のチェーンを閉めることというものがある。
今日は父は出張に出ているので、僕が帰宅したとき、たしかにチェーンを閉めた。
夜が更けていき、一緒に映画を見ていた母は唐突に「眠い」と言い、リビングの隣にある台所のさらに奥の寝室へと消えていく。
僕は特に何も考えずにその映画を見終え、次の映画を見始めた。すべて見終えた頃には深夜2時を回っていて、かなりな眠気に襲われていた。
寝る前にトイレには行っておこう思い、洗面所の方へ向かう。
この家は基本的にリビングを通らなければ何処へ行くこともできないタイプの間取りになっている。
洗面所に行くには玄関の前を通ることになるのだが、不意に玄関扉に目をやるとチェーンはかかっているのに鍵は開いているという状態になっていた。
チェーンを閉めなければいけないという思い込みから、うっかり鍵を閉め忘れてしまったのだと思い、鍵を閉めるとチリンと鈴の音がした。母が鍵につけている鈴の音。
玄関を開けて確認してみると、母親の鍵穴に母親が使っている鍵がついていた。
帰ったのは僕の方があとで、僕は僕の鍵で家に入ったからこんなことはおかしいと思ったがあまり気にせずに、リビングに戻り机の上に鍵を置く。
母はイビキがうるさい人で、テレビの音がなくなった今、寝室からリビングまでイビキが響いてきている。
改めてトイレに行こうと思ったらゲームの体力が満タンになった通知が届いたので、家の中で歩きスマホをしつつトイレに向かった。
我が家は元々全員がゲーム好きで、同じソシャゲをやっている。母親のアカウントがログイン中になっていて、僕は寝落ちしたんだなと思いながら、手探りでお手洗いの電気を点けようとする。
おかしい。電気が点かない。というより、すでについている。父が消し忘れることは多いが、母が消し忘れることはめずらしい。
そう思いながら扉を開ける。僕は一瞬、呼吸するのを忘れた。何故ならトイレの中で母親がぐったりと壁にもたれて冷たくなっていたからだ。
揺すっても反応はなく、第一に呼吸も脈もない。落としたことさえ気が付かなかったスマホを慌てて拾い上げて119番に連絡しようとした。
パニックになりながらも、ここに来るにはリビングを通らなきゃいけないし、それにさっきイビキも聞こえていたし、考える程にわからなくなる。夢でも見ているのだろうか。
コール音がして、オペレーターと電話が繋がる。とにかく、救急車を呼ぼう。
しどろもどろになりながら、状況を説明していると、背後から足音が聞こえる。
「何を騒いでるの??」
それは母親の声。振り返ると、今帰って来たかのような外出着の母親がそこにはいた。
手からスマホが滑り落ちていく。軽い音を立ててスマホが床に落ち、オペレーターが何かいっているのはわかった。けれど、僕はもう現状を言葉にすることが出来ない。
だって、どちらの、いや、どの母親も偽物には思えないからだ。
日常が壊れるなんて一瞬だ――。
僕は実家暮らしの一般的なサラリーマンだ。同じくサラリーマンの父と専業主婦の母。弟は家を出て他県で働いている。
その夜は翌日が休日だったので、僕はレンタルショップで借りてきた映画をリビングで見ていた。
我が家の決まりごとの一つとして、父が帰らない日は玄関のチェーンを閉めることというものがある。
今日は父は出張に出ているので、僕が帰宅したとき、たしかにチェーンを閉めた。
夜が更けていき、一緒に映画を見ていた母は唐突に「眠い」と言い、リビングの隣にある台所のさらに奥の寝室へと消えていく。
僕は特に何も考えずにその映画を見終え、次の映画を見始めた。すべて見終えた頃には深夜2時を回っていて、かなりな眠気に襲われていた。
寝る前にトイレには行っておこう思い、洗面所の方へ向かう。
この家は基本的にリビングを通らなければ何処へ行くこともできないタイプの間取りになっている。
洗面所に行くには玄関の前を通ることになるのだが、不意に玄関扉に目をやるとチェーンはかかっているのに鍵は開いているという状態になっていた。
チェーンを閉めなければいけないという思い込みから、うっかり鍵を閉め忘れてしまったのだと思い、鍵を閉めるとチリンと鈴の音がした。母が鍵につけている鈴の音。
玄関を開けて確認してみると、母親の鍵穴に母親が使っている鍵がついていた。
帰ったのは僕の方があとで、僕は僕の鍵で家に入ったからこんなことはおかしいと思ったがあまり気にせずに、リビングに戻り机の上に鍵を置く。
母はイビキがうるさい人で、テレビの音がなくなった今、寝室からリビングまでイビキが響いてきている。
改めてトイレに行こうと思ったらゲームの体力が満タンになった通知が届いたので、家の中で歩きスマホをしつつトイレに向かった。
我が家は元々全員がゲーム好きで、同じソシャゲをやっている。母親のアカウントがログイン中になっていて、僕は寝落ちしたんだなと思いながら、手探りでお手洗いの電気を点けようとする。
おかしい。電気が点かない。というより、すでについている。父が消し忘れることは多いが、母が消し忘れることはめずらしい。
そう思いながら扉を開ける。僕は一瞬、呼吸するのを忘れた。何故ならトイレの中で母親がぐったりと壁にもたれて冷たくなっていたからだ。
揺すっても反応はなく、第一に呼吸も脈もない。落としたことさえ気が付かなかったスマホを慌てて拾い上げて119番に連絡しようとした。
パニックになりながらも、ここに来るにはリビングを通らなきゃいけないし、それにさっきイビキも聞こえていたし、考える程にわからなくなる。夢でも見ているのだろうか。
コール音がして、オペレーターと電話が繋がる。とにかく、救急車を呼ぼう。
しどろもどろになりながら、状況を説明していると、背後から足音が聞こえる。
「何を騒いでるの??」
それは母親の声。振り返ると、今帰って来たかのような外出着の母親がそこにはいた。
手からスマホが滑り落ちていく。軽い音を立ててスマホが床に落ち、オペレーターが何かいっているのはわかった。けれど、僕はもう現状を言葉にすることが出来ない。
だって、どちらの、いや、どの母親も偽物には思えないからだ。