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七月の季節

【夕焼教室】
 夕焼けのあの形容しがたい赤色を見ると、大人になった今でも早く家に帰らなければと思う事が多かった――

 教室の窓からは夕日が差し込んでいる。窓を開き口から吐き出したタバコの煙はその日差しにからまりながらゆっくりと透明になっていく。
 静寂というものは気を狂わす。とはよく言ったもので、誰かの持ち物であるMDプレイヤーを再生して誰が歌っているのかもわからない英語の曲が心の支えになりかけていた。

 吸い終わったタバコを灰皿と称した空き缶に捨て、近くの机の上に置く。その机には相合い傘が書かれているので女子のものなのだと思う。
 開け放ったままの窓からは生温かい風がなだれ込み、普段なら不快な程に音を立てていた大きなカーテンを揺らす。

 窓から眺めるこの学校という敷地を越えた向こうの街は、朱色に染まりながら遠くの煙突からは煙が上がり風で揺らめくのがよく見える。
 そんな風にはどこか色々な香りが混ざっていて、街の喧騒が聴こえそうだなんて考えるけれどイヤホンから流れる曲以外には何の音もない。

 人の姿というものをもうどのくらい見ていないだろうか。不思議なことに車は通るし、家に明かりがついたり消えたりすることもある。
 敷地外の街には変化がみられるのに、やはりそこにも人の姿はない。そこにもと言ったように、校内からも俺以外の人間はいつの間にか消えていた。

 普通に通っていたときは気にもしたことがなかったが、学校とは意外となんでもある。それはもちろん緊急事態に避難所にするためということもあるが、普通に生活するためのものは大抵揃っている気がする。というか、無いものを探す方がむづかしい。
 それに加えて、持ってきてはいけないと言っていても生徒という存在は様々なものを持ち込んでいるもので、このMDプレイヤーを始め、ゲーム機、漫画、お菓子と娯楽にも事欠かないことは驚きといえるだろう。

 ちなみにタバコは職員室と生徒指導室にあった。

 窓を閉め、その教室をあとにする。廊下は少し薄暗かったけれどだからこそ、窓の外の景色は本能的にもう何年もくぐっていない実家の玄関を思い起こさせる。

「カラスが鳴くから帰りましょ……」

 独り言をつぶやきながらポケットから煙草を取り出して火をつける。最後の一本だったので俺の手元には空箱があるわけだが、どういうシステムなのか窓枠にそれを一度置き5分程待つ。
 空だったはずの箱の中には17本のタバコが入っている。これを見つけたときと同じ本数。

 原理なんて知るわけがない。ただ、この状態になってからそうなんだというしかないわけで、タバコもお菓子も薬品も、消耗品は手から離して5分程経つと元の量に戻る。
 ただし何かを作っても、手から離すといつの間にか消えているし、逆に何かを壊してもいつの間にか修復されているというシステム。

 戻らないものといえばゲームのセーブデータくらいかもしれない。

 ちなみに窓の外の景色はといえば、ずっと夕焼。眠って起きると違う空模様になっていることはあるけれども、晴れた夕焼の空ばかり。
「家に帰りたいな……」
 自分が一体どのくらいの時間ここに居るのか、もう覚えていない。途中からわけがわからなくなってしまった。
 何故こんなことになっているのかは、俺自身が説明して欲しいほどで、そう、俺はただあの日校長に呼び出されて校長室で――あっ。いや、でも、まさか??
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