七月の季節
【白い絵】
12月24日午後8時――。
その店はとても不思議な店でした。店内はとても狭いけれど、全体的にダークブラウンのアンティークで統一されていて、売り物はすべて綺麗な額縁に入れられた真っ白な絵のみ。
本当にただただ真っ白な絵なのに、気が付けば店内に入ってその絵を見つめてしまっていました。
「お客様」
声を掛けられハッと窓の外を見ると、イルミネーションが見事に輝いている。振り返ったそこにいた画商というには若く見える男性がいました。
その胸元には名前と共に店主と表記されていて、あまり疑わない性格のわたしは素直に若い店主さんだと思ったのです。
「良ければ暖かいお茶でも如何ですか??」
微笑み掛けられ、指し示られた店の奥にある赤い布が敷かれたテーブルには真っ白なティーカップが置かれている。
お言葉に甘えてテーブルに座ると「レモンティーは平気ですか??」と訊ねられ頷きました。店主さんは慣れた手つきで、紅茶を注ぐとスライスしたレモンをソッと入れてわたしの目の前で軽くかき混ぜるとそのレモンを取り除く。
「ハチミツはお好きな量をどうぞ」
綺麗な透明の瓶の中では琥珀色のハチミツがキラキラと輝いていた。不意に口から懐かしいという言葉がこぼれそうになったのですが、わたしは黙ったまま少量のハチミツをすくい取り紅茶に混ぜる。
「遠慮せずにもっと甘くされてもいいんですよ」
対面する席に座りながら店主さんがそう告げます。けれどわたしは首を横に振り「大人ですから」といって紅茶をゆっくりと口にふくむ。
やはり懐かしい味でした。思い出してはいけないという程に懐かしい風味が口の中に広がります。
「うちの店にある絵は見ての通り、真っ白な絵ばかりなのに皆さんアナタと同じように時間を忘れる程に魅入られるんですよ」
店主さんはお茶を飲むわたしを見ながら話を始めました。
「閉店時間を過ぎてもずっと絵を見つめる人も多くて、僕はそういったお客さんとこうしてお話しするのが一つの楽しみなんです」
カップをソーサーの上に置いて、座ったまま振り返り先ほどまで見ていた絵に視線を向けます。
「人によって様々なものが見えるそうなのですが、多くの方は“目に焼き付いて離れなかったもの”と表現されるんですよ。アナタにはどんなものが見えていたんですか??」
その問いかけにわたしは戸惑いました。何故ならわたしはずっと何かが見えそうで見えなかったからです。
だから、ずっと見続けてしまった。
素直にそのことを話すと店主さんは立ち上がり、店の一番奥。わたしの正面にある額縁の方へ歩いて行きました。そしてそこにかけられていた布を取り除いたのです。
その絵は他の絵と違って真っ白ではなく人の姿が、店主さんのといっても、今よりもずっと若い店主の絵が描かれていて……わたしは椅子を倒し、出口の方へ必死に走ります。けれど、扉は施錠されていて開かない。
店の外から軽快なクリスマスソングが流れる中、耳元で店主は嬉しそうに「やっと見つけることができました。あの家族の生き残りを」と囁いたのでした。
12月24日午後8時――。
その店はとても不思議な店でした。店内はとても狭いけれど、全体的にダークブラウンのアンティークで統一されていて、売り物はすべて綺麗な額縁に入れられた真っ白な絵のみ。
本当にただただ真っ白な絵なのに、気が付けば店内に入ってその絵を見つめてしまっていました。
「お客様」
声を掛けられハッと窓の外を見ると、イルミネーションが見事に輝いている。振り返ったそこにいた画商というには若く見える男性がいました。
その胸元には名前と共に店主と表記されていて、あまり疑わない性格のわたしは素直に若い店主さんだと思ったのです。
「良ければ暖かいお茶でも如何ですか??」
微笑み掛けられ、指し示られた店の奥にある赤い布が敷かれたテーブルには真っ白なティーカップが置かれている。
お言葉に甘えてテーブルに座ると「レモンティーは平気ですか??」と訊ねられ頷きました。店主さんは慣れた手つきで、紅茶を注ぐとスライスしたレモンをソッと入れてわたしの目の前で軽くかき混ぜるとそのレモンを取り除く。
「ハチミツはお好きな量をどうぞ」
綺麗な透明の瓶の中では琥珀色のハチミツがキラキラと輝いていた。不意に口から懐かしいという言葉がこぼれそうになったのですが、わたしは黙ったまま少量のハチミツをすくい取り紅茶に混ぜる。
「遠慮せずにもっと甘くされてもいいんですよ」
対面する席に座りながら店主さんがそう告げます。けれどわたしは首を横に振り「大人ですから」といって紅茶をゆっくりと口にふくむ。
やはり懐かしい味でした。思い出してはいけないという程に懐かしい風味が口の中に広がります。
「うちの店にある絵は見ての通り、真っ白な絵ばかりなのに皆さんアナタと同じように時間を忘れる程に魅入られるんですよ」
店主さんはお茶を飲むわたしを見ながら話を始めました。
「閉店時間を過ぎてもずっと絵を見つめる人も多くて、僕はそういったお客さんとこうしてお話しするのが一つの楽しみなんです」
カップをソーサーの上に置いて、座ったまま振り返り先ほどまで見ていた絵に視線を向けます。
「人によって様々なものが見えるそうなのですが、多くの方は“目に焼き付いて離れなかったもの”と表現されるんですよ。アナタにはどんなものが見えていたんですか??」
その問いかけにわたしは戸惑いました。何故ならわたしはずっと何かが見えそうで見えなかったからです。
だから、ずっと見続けてしまった。
素直にそのことを話すと店主さんは立ち上がり、店の一番奥。わたしの正面にある額縁の方へ歩いて行きました。そしてそこにかけられていた布を取り除いたのです。
その絵は他の絵と違って真っ白ではなく人の姿が、店主さんのといっても、今よりもずっと若い店主の絵が描かれていて……わたしは椅子を倒し、出口の方へ必死に走ります。けれど、扉は施錠されていて開かない。
店の外から軽快なクリスマスソングが流れる中、耳元で店主は嬉しそうに「やっと見つけることができました。あの家族の生き残りを」と囁いたのでした。