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七月の季節

 ――シャケだ。

 僕は月一のペースで、人がやっと一人歩けるかどうかというような獣道を歩いている。いや、正確には歩かされている。
 幼稚園からの幼馴染はとても偏屈なやつで、高校のときになにやら芸術の賞をとり、気が付けばそちらの世界で生計を立て始めていたのだ。

 一度、美術品を扱う店で奴の名前がついている作品を見たが驚くような値段が書かれていて、0が数桁間違ってるのではないかと店の人間に問いたいと思ったけど、数日後にはソールドアウトと張り付けられていた。
 そんな幼馴染に月一で世俗の物品を届け、様子をみてくるのが僕の役割になっているわけで、偏屈なあいつは山奥のさらに奥。獣道を抜けた先にあるログハウスに住み着いている。

 問題の岩というのはその獣道の途中、別れ道の真ん中にあるのだ。

 サイズとしては、平均的な成人男性である僕の胸辺りの高さで、僕が二人いれば余裕で一周かこめる程の大きさ。何かで削られたように上部が平らなのが特徴で苔が生えないというのは少し疑問といえるかな。

 最初に来たときは、その岩を気にすることはなかった。それよりも道に迷い、遭難しかけたという散々な思い出がよみがえる。
 そして、二回目。二回目のときは骨が乗っていた。尾頭付きの大きな鮭の骨。カラスか何かの野生動物が運んできたのかもと思って、早足で通り抜けたよ。

 三回目はさすがに驚いた。
 この辺りに川はないし、熊はいないと信じたいが……新鮮な小ぶりの鮭が生で横たわっていたんだ。

 正直、こんな訳の分からないことをするのは幼馴染だと思い問い詰めたが「しゃあ??」と、とぼけるばかりでらちがあかなかった。

 四回目は缶詰が乗っていた。アラスカ産の鮭の缶詰。
 五回目はパック入りの鮭の切り身。一切れ98円のやつ。
 六回目は銀色のスプーンの上にいくらが三粒、鎮座していて、七回目は瓶入りの鮭フレーク。

 八回目は再び尾頭付きの鮭がまるごと乗っていたのだが……まだ解凍中で冷気を放っていたのは記憶に新しい。

 九回目は奴を見捨ててやるという選択肢を考えたね。
 岩の上にあったのはおにぎりで、麓にあるコンビニのやつだった。賞味期限も「今日買ってきただろ」という日付けだった。もちろん具は鮭。

 そのおにぎりを持って、何故このようなことをしているのか訊ねたが、やはり「しゃあ??」と、とぼけるだけだった。

 今日で十回目だ。さすがにもう道に迷うこともない。獣道を進みながら今回は一体なにが置かれているのか楽しみな自分がいるわけだが、口が裂けてもそんなことは言わない。

 カルパッチョあたりか?? それとも再び骨か?? 焼かれているやつか?? 木彫りの鮭をくわえた熊の可能性も??

 岩の前に立った僕はこのまま山を下りようか迷った。
 今回置かれていたのは一枚の紙で、そこには墨で書いた文字で《絵に描いた鮭!!》とだけ書かれていたわけで……。

「だったらせめて、絵を描け!!」

 僕の叫びは山の中を響き渡ったが、今回も奴はいくら問いただしても「しゃあ??」というだけなのだろう。
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