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【お隣さんと私】

 ニワトリが先かタマゴが先か。これは昔の哲学者の間で話し合われた原因と結果についてのジレンマ問題な訳だが、タマゴという時点でそれを暖める親鳥がいなければタマゴがヒナになるわけがないのだから答えは明白だと考えてしまうのだが、比喩表現だということを忘れてはいけなヰ――。

「と、言う話なんですよ。不思議だと思いませんか、お隣さん」
 最近、リビングにある窓から外に出て生け垣越しに隣人に話しかけるのが当たり前のようになっている。
「話はわかりました。ですが……」
 シャベルを地面に突き立て、普段の苦笑顔かアルカイックスマイルはどこに落としてしまったのかという無表情がこちらを向く。

「何故、その話を僕にするんですか」

 氷のように冷たい声と対応だ。こんなお隣さんは始めてだ。温厚とか温州みかんとかちびっこみかんを擬人化したような性格の人間だというのに。シャカ釈迦、釈迦って!! じゃないのか、オリオン製菓!!

「お隣さんは二重人格か、今、私が話しているのはお隣さんに擬態した別物だったり」
「ハァ??」

 零度だ液体窒素だ、冷凍ミカンだ。冷たい。痛い。たしかにちびっこみかんは冷凍ミカンをモチーフにしてるけど、ちゃんと笑顔がついているのに!!

 現状を確認してみよう。隣人はこの日が沈みかけた夕刻に何をしている?? そう。帰宅直後からシャベルで庭に穴を掘っている。広い範囲を掘るというよりも、深い穴を掘っているという感じだ。サイズ感は……「ニンゲン ノ アタマ ガ ハヰリソウダナ」
 頭上からの声に「そうそう。人間の頭部がすっぽり収まるくらいのサイズだよね」と返事をする。ヰっ??
 手探りで頭の上の毛玉を掴むと、また怠け虫は勝手に私の駄菓子を貪ってヰる。

「ねえ、あのお隣さんは本物だと思う??」
 生け垣の影に隠れながら先日から私に憑りついている怠け虫に相談してみた。
「ニオイ ハ ホンモノ ダナ」
 腐ったものでも食べるのに鼻がいいとは驚きだ。
「でも中身が完全に別物なんだよ」
 私は「見てて」と言ってから猫なで声で隣人に「何か手伝いましょうか??」などと言葉を投げてみる。隣人は鋭いというよりも鋭利な眼差しでこちらを一瞬見ると、その眼付と同様の一言を投げてきた。

「結構」

 普段はこちらがきいていない事までベラベラと語り続ける隣人が漢字にすれば二文字に集約される言葉しか口にしなかったというのは異常事態でしかない。
 いや、待てよ。先日の時間泥棒の一件があったときも口数は減っていたか。

 眉間にしわをよせていると怠け虫は「アンガイ コッチガ ホンショウ ダッタリ シテナ」と悟ったようなことを言う。いやいや、まさか。なんてやりとりをしていると隣人は家の中から風呂敷包みを持ってきた。丁度、人間の頭部くらいの大きさの。
 しかも耳を済ませれば『カエシテ……早く……カエシテ……苦しい……』といううめき声が。

 長年の隣人が殺人鬼だったという話も珍しくはない現代。私は慌てて隣人宅の庭に駆け込んだ。既にうめき声は穴の中から響いてて、お隣さんはそこに土をかけようとしている。

「ちょ、ちょっと待ったぁ!!!! 御用改めである!!!!」
 慌てすぎてまともな言葉が出てこなかった。普段のお隣さんならこういう場面では笑いをこらえるようにしつつもクツクツと笑う。だが、今は《お前も土に埋めてやろうか》と顔に書いてある。やはり隣人はシリアルキラーだったのか。だから、今まで存在に気が付かなかったのか。

「早くしてください」

 是非も言わせぬ言葉に危険を感じつつ、穴に近付き覗き込む。この隙に後頭部をシャベルで殴られるかもしれないので怠け虫を用心棒として頭に乗せておく。

「壺、です……ね??」
 穴の中には壺が収まっていて、『早く埋めて、土をかけて』とうめき声をあげている。
「壺がうめいてます」
 不安げにお隣さんを見上げると目を閉じて、コクリと船を漕いでから「正確にはタレです。焼き鳥の」と言う。

「最近のタレはうめくんですか??」
「最近のはうめかなヰ」

 お隣さんは目をこするとタレが入ってヰるという壺を入れた穴に土をかぶせていく。飛びそうな意識を繋ぎ止めるかのように「昨日の日が暮れてから、昔馴染みが突然持ってきて、一晩中枕元でうめかれて、眠れなくて、眠くて、眠い」と説明にならない説明を口にするとシャベルをしまうこともなく、縁側に倒れ込み「寝る」という言葉を最後に本当に眠ってしまった。

 私は怠け虫と顔を見合わせてから、自宅に戻り毛布をとってくると縁側でうめきながら眠るお隣さんにかける。
 隣人の話がどこまで本当なのかは私にはわからない。それでも今回一つだけハッキリしたことがあるとは思う――お隣さんを寝不足にしてはいけない!!
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